仲間からの贈り物
「『ケント&ユキミ、結婚おめでとう!!』だって…。なんでみんな知ってんだ?
…あ!さてはホンギだな?てか、なんで誰もいないの?」
黒板には隙間がないほど祝福の言葉が踊ってるのに、教室には誰もいない。
いつもならみんなで賑やかに、ウォーミングアップの最中なのに…。
「あっ健人くん、ここ見てっ!『大ホールに来い』って書いてあるよ!」
黒板の隅に小さく書かれたメッセージを見つけ出した二人は、今来た廊下を戻り
正面玄関横にあるメモリアル大ホールの重たい扉を恐る恐る開けてみた。
すると…。
パン、パンパーン♪
盛大にクラッカーを鳴らす乾いた音と共に、クラスメイト達の「結婚おめでとう!」
の大合唱が両側からライスシャワーのように降り注ぎ、二人は一瞬で
ハグ攻め質問攻めに合ってしまった。
「ニュースもYou Tubeも見たよ!すっげぇんだねっ!二人って。」
「ユキミがハリウッド女優みたいに綺麗だったし、ケントのタキシード姿が
セクシーでクラクラしたわ!」
「私は友達にメールして自慢しちゃった!私のクラスメイトなのよ♪って。」
「ユキミの歌がヤバかったよ!大統領の前で歌うなんてスゲーや!」
「ホワイトハウス前の撮影会みたいな動画も、みんな格好良かったぁ!
ねぇ、あの一緒に居た友達も日本の俳優なの?今度紹介してーっ!」
「ホンギも想定外に格好良かったよな?アジアの若手人気俳優って感じで(笑)」
「あ…ホンギは?これ仕掛けたのってホンギでしょ?」
健人が周りを見回すが、ホンギの姿は見当たらない。
「あぁそうだよ。俺が一番乗りかと思ってたら、ホンギが相当早くから
黒板にメッセージ書いてたみたい。」
「そうそう!そんで二人が昨日結婚式挙げたこと、嬉しそうに教えてくれて、
みんなでお祝いしようってことになって。」
「教室でクラッカー鳴らして騒ぐと発砲事件と間違えられたら困るからって、
ホール使えるように先生に交渉してくれたの。」
「あ、一時限目はこのまま舞台で発表会の稽古するってさ。
あれ?でも戻って来ないね、あいつ。」
その時だった。
ホールの重厚な扉が少し開いてホンギがヒョコッと顔を出した。
「あれーっ!もう来ちゃってた?
シンコンショヤだから、もっとギリギリかと思ったのにー。」
「ホ、ホンギくんっ!その日本語は早く忘れてっ!」
雪見は慌てて「シーッ!」と人差し指を口に当てたが、みんなはキョトンとするだけ。
「ホンギ、遅っせーよ!もうすぐレッスン始まっちゃうよ?」
「間に合わないかと思ったー!ねぇ、いいの見つかった?」
「ゴメンゴメン!店探して頼み込むのに手間取った!
でも何とか良い感じの見つけたよ♪ほら!」
そう言いながらホンギは、ポケットの中からグレーの小箱を取りだして
健人と雪見の前に差し出した。
「これ…俺たちからのお祝い。みんないっぱいカンパしてくれたよ。
あ、俺は相変わらず飯代だけね(笑)ユキミ、開けてみて。」
ホンギから手渡された小箱をそっと開けてみる。
中には大小二つの銀色に輝く指輪が入っていた。
「これって…もしかして結婚指輪?」
「えへへっ、一応そのつもり。ほら、ケントが日本に忘れて来ちゃったって言うからさ。」
「まだそこ突いてくんの?」
健人が苦笑いしながら雪見を見ると、雪見も目を潤ませて笑ってた。
「ほんとはね、プラチナとかって言う高いやつにしたかったんだけど、
今回はシルバーで我慢してね。
あ、その代わり愛だけはいっぱい込めといたから。」
「今回は、って(笑)今回しかねーよ。」
健人はホンギに悪態つきながらも、嬉しそうに笑って雪見の肩をギュッと抱き寄せる。
二人の周りをぐるりと取り囲んだみんなも、ニコニコしながらその様子を見守った。
雪見が、小さい方の指輪を指先でそっとつまみ上げる。
指輪のサイズなんてホンギは知らないはずなのに、見た目どうやら丁度良さそうだ。
その内側には、何やら文字が刻まれていた。
「Always with yoy K&Y…いつも…一緒に?」
「そうだよ。ケントとユキミは離れていても、いつも一緒にいるんだ。
そして俺たちも、心はいつも一緒にいるよ。結婚おめでとう!」
雪見は、自分の帰国によって結婚早々離れ離れになってしまう二人を励ますために
ホンギがあえてこの言葉を選んだのだとすぐにわかった。
その優しさに涙して「ありがとう…。」とホンギに抱きつくと、
走って戻ってきたらしい摩天楼の匂いがした。
「ちょっ、ちょっとユキミっ!抱きつく相手を間違ってるよ(笑)
さぁ二人とも、ステージに上がって!昨日の結婚式の続きをしよう!」
「おっ、いいねぇ〜!ちょうどロミジュリの教会のセットが出来上がってるし♪」
「あ!俺、ロレンス神父だ!よしよし。いい式を挙げて差し上げよう。」
発表会で神父役をやるジョンは、途端に声を切り替えた。
「えっ!?うそっ!そんなのいいって!ちょっ…」
「もう先生が来ちゃうよー!私、部外者なのに怒られるって!」
健人と雪見は仲間達によって、あっという間にステージ上まで押し運ばれた。
そこには、一ヶ月後に控えた発表会のセットの一部がすでに置かれていて、
壁に大きな十字架が掛かり、傍らには聖母マリア像が立っていた。
「お二人とも、前へ。」
すでにロレンス神父になりきってるジョンが神妙な面もちで、自分の前に来るよう二人を促す。
みんなは結婚式に立ち会う参列者の気持ちで、温かな眼差しを向けた。
「健やかなる時も病めるときも…。」
ジョンが発表会本番のような声で真剣に語り出した時、健人と雪見は観念して
その儀式を素直に受け入れることにした。
「では、指輪の交換を。」
神父役のジョンが差し出した小箱から、健人が小さな指輪をつまみ上げ雪見の左手を取る。
が、そこには先客の指輪が…。
「あ…これ、外さなきゃね(笑)」
「俺も(笑)」
二人は、お守りのように身につけてた指輪をそっと抜き取り、ポケットに仕舞い込む。
この初めてのペアリングも宝物だが、今はみんなの愛が詰まった新しい指輪を身につけたい。
雪見の左手薬指に、スッと真新しい輝きが宿る。
それを揺れる涙の向こう側からジッと眺めると、輝きが何倍にも増して見えた。
今度は雪見が健人の手を取る。
だが、スッと薬指に収まるかに見えた指輪は、残念ながら第二関節の手前で
無情にも通せんぼされてしまった。
「あちゃーっ!やっぱ失敗したかー!ケントって見かけに寄らず指が図太いんだね。」
「指が図太いって…。ビミョーに日本語間違ってる(笑)
いいよ、あとでサイズ直してもらうから。
ほんっと、ありがとね、みんな。大事にします。指輪もユキミも…。」
健人が照れながらも雪見の肩を抱き寄せると、仲間達からは大歓声が。
「まだ誓いのキスが終わってないぞー!」
「そーだそーだ!キスしないと結婚式が終わらなーい!」
みんなにはやし立てられ、二人は顔を見合わせてしきりに照れる。
しかしこの状況では、本当にキスしないと稽古に入れそうもなかったので、
健人と雪見は再び向かい合い、お互いを見つめて笑った後、そっと唇を重ねてキスをした。
「おめでとう!」の大合唱と冷やかしを浴びて、二人は恥ずかしそうに、
だけどこの上なく幸せそうに笑ってる。
「そろそろ結婚式は終わったかしら?じゃあ今から稽古を始めるわよ!」
ドアの向こうで終わるのを待っててくれたであろう先生が、微笑みながら入って来た。
お裾分けされた幸せにまだ空気が浮かれる中、雪見は慌てて舞台を降りる。
だが…その後ろ姿をたった一人だけ、睨み付けるようにして見送る者があった。
これから健人と大恋愛を演じる、ジュリエット役のローラである。