固めの杯
「ねぇ!ほんとに寄ってかないの?
ホテルで仮眠するぐらいなら、うちで寝てけばいいのに。
大きなゲストルームもあるんだよ?お風呂だってホテルに負けないぐらい広いし。
朝ご飯食べていきなよー。」
「そーだよ、荷物全部リムジンに積んであんだろ?うちで着替えて風呂入ってけよ。
てか、8時半の便なら寝てる暇なんてないって!うちで飲み直そうぜ!」
深夜3時、ニューヨーク到着。
健人の高級アパートメント前で、リムジンから降りた5人が押し問答してるのだが、
その光景が異様すぎる。
真夜中に黒のタキシードを着た男4人と、純白のウェディングドレスに身を包んだ女が1人。
間違っても、四股した花嫁を巡って花婿4人が言い争ってる修羅場…ではない。
「ねぇ、そんなに風呂押し?(笑)そんなに豪華な部屋なの?
優!ちょっとだけ寄ってこーぜ!俺、豪華な風呂見てみたーい!」
「ダメだよっ!そんな居心地良さそうなとこでまったりしたら飛行機に乗り遅れる。
それに俺もお前も、事務所に呼び出し食らってんだぞ!」
「じゃーさ、じゃーさ、飛行機一便遅らせよう!せっかく来たんだからさぁ!
事務所には早い便が取れなかったって言えばいいじゃん。
何もホイホイ怒られに、急いで帰ることないって。
ゆき姉の美味い朝飯、食ってから帰ろーぜ!」
「ダメだっちゅーのっ!」
優と翔平が揉めてるとこへ、ホンギがポンと単語を投下した。
「シンコンショヤ。」
「キャーッ!誰よー!またホンギくんにヘンな日本語教えたのっ!
どーせまた翔ちゃんでしょ?ホンギくん、そんな日本語覚えなくていいからね!」
「俺じゃねーし!」
「俺だよっ!てか、早く気付けよ翔平っ(笑)」
優の言葉にやっと翔平が、なるほど!という顔をした。
「あ、そーいうことね!スマンスマン(笑)
いやぁーお名残惜しいですが、この辺でおいとまさせて頂きます。
本日はおめでとうございました。さ、帰ろ!」
翔平が頭をぺこんと下げ、とっととリムジンに乗り込む真似をした。
それをみんなが笑って見てる。
「ほんと、ありがとな!わざわざ来てくれて…。
お陰で一生忘れない結婚式が挙げられた。
こんな友達持ってる奴って他にいないよね…。俺は幸せもんだわ。」
健人は一人ずつに「ありがとう。」と言いながら、心を込めてギュッとハグした。
大好きな友と、またしばしのお別れ…。
良かったね、健人くん。
こんな友達がいてくれたら、私は何にも心配いらないや…。
たとえこの先、どんなことがあろうとも…。
あれ?やだ…涙が出てくる…。
「なんでゆき姉が泣いてんの?」
闇にまぎれて涙を拭こうと思ったのに、翔平に見つかってしまった。
涙の理由なんて、いつもはっきり答えられるとは限らない…。
「なんでだろね。勝手に涙が出てきちゃった。
なんか男の友情っていいなーって、感動したんだよ、きっと…。
それか、翔ちゃんが事務所に叱られてる姿を思い浮かべたか(笑)」
「なんでやねんっ!(笑)」
どうにかみんなも笑ってくれた。
不用意な涙で心配かけてはならない。気をつけなきゃ…。
「そーだっ!健人くん。あのビール、みんなにも飲ませてあげても…いい?」
「あのビール…?あぁ!大統領からもらったやつね。
いいよ。あんなの飲める機会滅多にないから、みんなで味見しよう!」
またしてもリムジンの冷蔵庫に置き忘れるとこだった『ホワイトハウス・ハニーエール』
雪見は慌てて車に乗り込み、冷えたビール2本を手にして再び4人の元へ。
「最後にこれで固めの杯をしよう!」
「固めの杯ぃ!?」
別れ際の雪見の提案に、みんなが目をパチクリ。
さすがのホンギも知らない日本語だったらしく、隣の翔平に「なに?カタメノサカズキって?」
と意味を尋ねた。
「ヤクザが映画でよくやるやつ。」
「ホンギくん、翔ちゃんに聞かないで優くんに聞いて。」
「えーっ!優だって『シンコンショヤ』とか教えたのに、俺だけひどくね?」
「ショーヘーッ!!」
久しぶりに炸裂した、しんのすけ&みさえ的会話に健人も優も大笑い。
ホンギはと言うと、この二人の不思議な関係と肝心な言葉の意味が解らずキョトンとしてる。
「日本じゃ、血の繋がらない他人同士が家族みたいな絆を誓う時や、約束事を
より確かにするためにする儀式なんだ。
本当は盃に注いだ酒を酌み交わすんだけどね。
でもいいね。俺たち今日から家族だ!」
雪見の差し出したビールが、月夜と街灯に照らされキラキラしてる。
その茶色い小瓶が月光の力を残らず吸収してくれてるようで、みんなは
目に見えないパワーが蓄えられる様子を、ただジッと眺めてた。
「このビールはね、大統領が私に『いつか健人くんを連れてここへ戻っておいで。』
っていう意味を込めてプレゼントしてくれた物なの。
私は健人くんだけじゃなく、みんなにもハリウッド…いや世界で活躍する役者になって欲しい。
そう心から願ってる。だから…いつかみんなで大統領の招待を受けて、
このビールを飲みにホワイトハウスへ行こう!
きっと叶う…。強く願えば叶うから…。」
雪見はそう言いながらキャップを外し、まずは健人に一本目のライトビールを差し出した。
健人は『俺が最初に飲んでもいいの?』という顔をして周りを見回したが、
みんなは「もちろん! 」とニコニコしてうなずいた。
ゴクッゴクッと二口飲んでから健人が優にビールを手渡す。
優も二口飲んで次の翔平へ。翔平も同じく二口飲んでホンギに差し出した。
「俺も…いいの?」
「あったり前じゃん!俺たち心友だろ?」
「そーそー!」
ホンギは目に涙をいっぱい溜めてビールを受け取り、この出会いに感謝しながら
大事に喉へと流し込んだ。
そして二口飲み終わると今度は雪見に差し出すではないか。
「あ…私はいいの。ほら、ホワイトハウスでいっぱい飲んで来たから。
みんなで飲んで。」
「違う…。ユキミもシンユウ。」
「…えっ?私…も?」
にっこり微笑んだホンギの思わぬ言葉に心の隙を突かれ、一気に涙が溢れ出る。
ポロポロポロ…。
月の光を浴びた真珠の涙を、みんなは温かな眼差しで見守った。
「ほらっ!早く飲んで。」
健人に促され、コクンとうなずいた雪見はビールをゴクッゴクッと全部飲み干した。
「あーっ!全部飲んだぁぁぁ!俺もまだ飲みたかったのにぃぃ〜!
二本目はゆき姉が最初に飲んでっ!」
翔平に叱られ、みんなに笑われ、雪見も涙を拭きながら笑顔になった。
それから開けた二本目の『ホワイトハウス・ハニーエール』のダークビールは
翔平の言いつけ通り、最初に雪見が二口飲んで健人に手渡し、健人から優へ、
優から翔平へ、翔平からホンギへと笑顔と共に手渡された。
ゴクッゴクッゴクッ!「あーおいしかった♪」
「あ゛ーっっ!!テメェーッ!また全部飲みやがったなぁぁぁ!!」
真夜中のニューヨークの街角に、ホンギを追いかけ回す翔平の声と
キャハハハ!と大笑いするみんなの声が響き渡る。
たった今、契りを結んだ5人は、この場所から新たなる夢への第一歩を
踏み出すことに心踊った。
待ってろよ、ハリウッド!!
いつかみんなで戻って来るから!!