夢のかけら
「もしもし、今野さん?ほんっとうにごめんなさいっ!
今回のことは事務所にも迷惑かけてしまったみたいで…申し訳ないです。でも私は…」
『ちょっと待てっ!まずは俺の話を最後まで聞いてくれ。
ネットでお前の歌が凄いことになってるのは…知ってるか?』
「えっ?ネット?いえ…こっちのニュースに出たみたいなのは、さっき
教会の神父様から聞きましたけど…。
どこの誰かもわからない私なんかが大統領の前で歌うって、前代未聞だったんでしょうね。
そんなのがニュースになるんだから、何も事件のない平和な日だったんだなぁーと思って。」
『はぁ?なに頓珍漢な、のんびりしたこと言ってんだよっ!自分の名前を検索してみろ!
お前がホワイトハウスで歌ってる動画の再生回数が、とんでもないことになってるから!』
「えっ?」
『それが話題になって、今世界中から問い合わせが殺到してる。
英語話せる奴が何人もはいないから、こっちは対応にてんてこ舞いだ。
英語圏以外からの問い合わせには、もうお手上げ状態だよ。
そうだっ!お前が着てたドレスの超高級ブランドからも、正式にオファーが来てるぞっ!
東洋人初のイメージキャラクターモデルとして採用したいそうだ。
俺にはその凄さがまったく想像付かないが、事務所の女子どもが大騒ぎしてるよ。
何でも英国王室御用達として有名なブランドらしいじゃないか!』
「えぇ…まぁ…。」
今野の口調が熱くなればなるほど、雪見の心は冷めてゆく。
それは確かに一般常識的には凄い事なのかも知れないが、今の雪見には
心を動かすほどの効力は持ち合わせてはいなかった。
それどころか、どうやったらこの騒ぎが収まり、何事もなかったことに出来るのか、
それだけがひどく気がかりだった。
なんでこれからスタートって時に、こんなことになっちゃったの?
私はただ平凡に、健人くんの奥さん業に就きたいだけのに…。
最初の予定通りでいいのよ。
健人くんがいつもベストな状態で仕事が出来るよう、一生懸命サポートしながら
カメラマンの仕事を淡々とやっていく。
猫かふぇだって本腰入れて取り組みたいし、これ以上余計なことを増やしたくない。
母さんの看病だって…。
いや…母さんのことには触れないでおこう。身内のことで迷惑掛けたくない…。
でも…一体誰が何の目的で、私の歌なんかをネットに流したんだろ…。
『とにかく、だ。これはお前にとってビッグチャンスなんだぞっ!
お前の望みが叶うんだ!』
「えっ?私の…望み?」
『そうだ。健人の結婚相手として、誰もが納得するほどの人物になりたい、
って言ってたじゃないか。
世界に認めてもらえたら、誰がお前に文句をつけられる?
文句なしの嫁さんになれるだろ?』
消えずにくすぶってたコンプレックスが、再び頭をもたげる。
みずきの亡くなったお父さんのお陰で、少しは写真のお仕事も増えたけど…。
健人くんと当麻くんのお陰で、アーティストとしてツアーも出来たけど…。
でも所詮はただの猫カメラマン…という自分自身に勝手に付けた肩書きが、
いつも両肩から覆い被さってた。
健人くんに相応しい奥さんって…どんな人だろう…。
やっぱり…ただの猫カメラマンよりも、世界に名の知れたアーティスト?
それとも高級ブランドのイメージモデル…?
段々と自分の気持ちが解らなくなる。
今のままでいいのか。
それともこれから世界に羽ばたくであろう健人に合わせ、自分も跳ね上がった方が良いのか…。
『とにかく国際電話で長話もなんだから、一度大至急戻って来い。
この場で解決するような事態ではなくなってる。
小野寺常務からの命令だ。いいな?わかったな?
健人はもう…夢のかけらを握ってるぞ。ガチャッ。』
「えっ!?ちょっ、ちょっと待って下さいっ!」
なにっ?どういう意味?健人くんが、もう夢のかけらを握ってる、って…。
あ…!私の作った…歌?
「♪夢は強く願えば叶うから 怖がらないで目を閉じて
君のまぶたに写った景色を どうか忘れないでいて
いつか同じ景色が見えたなら ためらわないで手を伸ばそう
君の夢は僕の夢 きっといつか叶えてあげる
記念の写真を二人で写そう
未来は誰にもわからないけど
ひとつ確かに言えるのは 君の隣りに僕がいること
緑の風に二人で吹かれて 今より遠くへ飛んで行けたら
きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず♪」
今野からの電話を切ったと思ったら突如歌い出した雪見に、みんなは
何事があったのかと驚いてる。
だが、久しぶりに聴くその曲は優の心にも、翔平、ホンギの心にも、
そして勿論健人の心にもググッと奥深く染み込んできて、それぞれが
自分の事を歌ってくれてるような錯覚に陥った。
「この歌って…本当にいい歌だったんだね。
今、めっちゃ感動した。泣きそうになった。ゆき姉はやっぱスゲーや。」
翔平が、ガラにもなくしみじみと雪見を褒める。
だが雪見は、自分の歌の中から今野の言った謎解きの答えを探そうと必死で
翔平の話など、まるで聞いちゃいないのだが…。
「俺たち…もう夢のかけらを握ってるかな…。」
ポツリと言った優の言葉に、男4人が自分の手のひらに視線を落とす。
みな同じ俳優業だが、徐々に進む道が分かれてきた。
優はミュージカルの世界に、翔平はドラマには欠かせない若手俳優に、
健人は今や映画の主演続きだ。
だがホンギは…。
「俺の手には…まだなーんにも入ってないや…。」
「ホンギ…。」
日本ですでに活躍し、押しも押されもしない人気を確立してる3人と違って
ホンギは今だ模索中。必死にもがいて這い上がろうとしてる底辺にいる。
こんなリムジンを友達のためにチャーターするなんて、夢のまた夢…。
時計をふと見ると、ちょうど真夜中の12時で、急にシンデレラの魔法が解けたように
現実を思い出してしまった。
「でも…今日はめっちゃ楽しかったなぁ…。夢みたいな時間だった。
だって8時間くらい前には俺、アカデミーにいたんだよ?
それが一本の電話でケントと一緒に呼び出されて、生まれて初めてヘリコプターに乗って…。
ワシントンに着いたらユウとショウヘイが『やぁ!』って待ってて、
ご飯ご馳走してくれて、一生縁のないような店でタキシード買ってくれて
リムジンに乗ってホワイトハウスへ…なんて、夢としか思えないよね(笑)」
優たちもハッと我に返った。
自分らのペースにホンギも巻き込んでしまったが、まざまざと見せられた格差に
ホンギは傷付いてしまったのではないか、と…。
「ごめん…。初対面のホンギをここまで振り回すって、ないよなー!」
「違う違うっ!そーいう意味じゃないよ。俺も頑張ろう!って目標が持てた。
いつかハリウッドで必ず活躍する俳優になってやる!ってね。
そしたら今度は俺がユウとショウヘイを日本から呼びつけるよ。
『カジノ貸し切ったから遊びに来ない?』ってね。」
そう言って笑ったホンギは本当にいい奴だと誰もが思った。
いつかみんなでハリウッド映画に出よう。
4人の友情の物語を、巨匠と呼ばれる監督に撮ってもらおう。
その日が来るまで、より一層精進の日々も悪くない。
だが…そんな夢の日は、思いの外すぐ近くの未来で待ってるようだ。
ホワイトハウス前でイタズラ半分に行った撮影会&雪見の歌の動画は、
この車の中で戯れてる間にもじわじわと世界に広がり、エネルギーを蓄えていた。
5人がつないだ手の中に、夢のかけらはもう入ってる。