ビッグサプライズ
ホワイトハウスを出発してから小一時間ほどの夜10時過ぎ。
あんなに騒がしかった車内は静まり返り、ただ寝息だけがスヤスヤと聞こえる。
やっとお互いの元に戻って来た健人と雪見は、心から安堵したのだろう。
手を繋ぎ、頭を寄せ合って仲むつまじく眠ってる。
日本から13時間もかけてバタバタとやって来た優と翔平も、健人とホンギを
ワシントンに呼び出すという最初のミッションを無事クリアし、満足して眠りについた。
ホンギは…と言うと、ただ一人眠らずにこの不思議な日本人4人をしげしげと眺めてる。
ユウとショウヘイも人気俳優だって言うから、めちゃ忙しいはずなのに
ケントをユキミに合わせるために、わざわざ日本からやって来るなんて…。
しかも見ず知らずの俺まで一緒にヘリコプターに乗せてくれて、こんな高そうな
タキシードまで買ってくれるって…一体何者?
「…俺たちを不思議に思ってんだろ。」
「あれ?ユウ、起きてたの。」
「そんな熱い視線浴びせられたら寝てられんわ。」
優は笑いながらリムジンの冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、一本をホンギに手渡した。
「俺たちはね、みんな事務所が違うけどライバルじゃなくて同志なの。
親友を通り越して心の友、心友なんだ。あ、ちょっと難しい?」
「ムズカシイ…けど、ちょっとわかる。」
「健人が今頃、ゆき姉を想って辛い気持ちでいるんだろうな…って考えたら
居ても立ってもいられなくなってさ…。
あ、これがもし翔平だとしても同じだよ。俺と健人はきっと翔平の元に駆け付ける。
たとえそれが地球の裏側だとしてもね。
頭で考えるより先に身体が動くんだ。俺達きっと、一心同体なんだな。」
「イッシンドウタイ…?」
「そう、一心同体。心も体も一つになるほど強く結びつくこと。
だから健人の悲しみは俺らの悲しみ。健人の喜びは俺らの喜び。
健人はホンギが友達になってくれて、本当に嬉しそうに俺らにメールを送ってきた。
だから俺と翔平にとって、ホンギは最初から友達。
健人が気に入ったヤツだもん、間違いない。」
「俺もトモダチ…?韓国人の俺を…ユウのトモダチにしてくれるの…?」
ホンギの目は、見る見る間に涙で満たされた。
「アメリカに一人で渡って来て…必死に毎日生きて…。
芝居に対する情熱は誰にも負けないつもりだけど、お金がないから…
クラスメートとは遊びにも行けない。
そのうち誰も誘いもしなくなって…。
そんな時、ケントが日本から来たんだ。
俺は貧乏だから、って開き直って笑ったらケントは、じゃあうちでご飯食べよう!
ゆき姉の作るメシはプロ級だから!って誘ってくれて…。
ユキミは、私が帰国した後この家にケントと住んでやって、って…。
初めて会った俺に…だよ?そんなこと…初めて会ったヤツに言う?」
話しながらその時の感情を思い出したのだろう。
手を繋いで眠る健人と雪見を見つめて、ホンギは瞳からポロポロと涙をこぼし始めた。
「そっか…。そんなことがあったんだ。らしいな…。うん、健人とゆき姉らしい。
ホンギも…この二人が好きだろ?俺たちも大好きなんだよ。
だから今日からホンギも友達。俺たちの心友に仲間入りだ!」
「トモダチ…。俺もシンユウ…?うん…トモダチでありがとう…。」
オイオイと泣き出したホンギに優は慌てた。
「泣き上戸かよぉ!」と笑いながら、だけどちょっぴりもらい泣き。
異国の地で頑張ってるホンギを、心から応援したくなった。
「あ…運転手さん!もうすぐですよね?ホンギ、泣いてる場合じゃないぞ!
いよいよ本日最大のミッション現場に到着だ!
いいか?名付けて『トモダチ作戦』。手はず通り、抜かりなくやろーぜ!」
「ラジャ!」
車はニューヨークへ戻る途中の、ある田舎町に着いた。
爆睡最中に起こされた翔平は、まだ寝ぼけ眼。
健人と雪見は、アイマスクをしたまま車から降ろされた。
健人はホンギに手を引かれ、雪見は翔平に手を引かれてそろそろと歩く。
「ゆき姉、足元に気をつけて!
翔平っ!寝ぼけてないで、ちゃんとゆき姉のガイドになれよ!」
荷物を抱えて先頭を歩く優が、後ろを振り向いて叱咤する。
「やだー!こわーい!翔ちゃんのガイド、まったく信用ならない!」
「なんだとぉ!?」
「ねぇ!俺たちを、どこに連れてこうとしてるわけ?
ここどこ?静かだから街の中じゃなさそうだけど…。」
健人と雪見は、優たちの企みがまったくもって想像もつかない。
リムジン+目隠し=サプライズ…であることは間違いないと思うのだが…。
程なく、ギギーッ!と重たいドアの開く音がした。
「ようこそ。お待ちしてましたよ。さぁ、中へ。」
出て来たのは、穏やかな声の老人らしい。
まるで拉致でもされてきたかのような、目隠しの男女を見ても驚かない所を見ると、
どうやらこの老人も優たちの共犯者なのだろう。
「遅くなって申し訳ありません!大至急準備を整えますから、今しばらくお待ちを。
健人、ゆき姉!アイマスク、外していいよ。」
優が流暢な英語で老人に詫びたあと、やっと二人に目を開くことを許可した。
そこで健人と雪見が見たものは…。
「えっ…?マリア…像?ここ…教会?」
「どーゆーことっ?」
驚く二人を前に、ホンギが緊張の面もちで高らかと宣言した。
「只今より、サイトウケントとアサカユキミの結婚式を執り行います!
ふぅぅ…ちゃんと言えた。」
「うそっ!結婚式ぃ!?」
「ちょっ、ちょっと!俺たちの結婚式は3日後なんだけど?」
「3日後は俺も翔平も仕事だよ。だから今日に繰り上げさせてもらった。
二人っきりの結婚式なんて、寂しいこと言うなよ。」
「えっ…?」
「今日も3日後も変わりねーじゃん!
あ!そっちの教会とゆき姉のレンタルドレス店、調べられなかったから
キャンセルしてないんで。
2回やってもいいし、お好きにして(笑)」
「なによ、それ…。私達に何の断りもなく…。
まだ一つも心の準備が出来てないじゃない…。」
雪見は思いもしなかったサプライズに、涙をポロポロこぼしてる。
健人も、優と翔平がわざわざ日本から来てくれた本当の意味を今、理解した。
「お前らってヤツはまったく…。ありがとなっ。サンキュ…。」
健人が声を詰まらせてるのを見て、優と翔平は心底来て良かったと、
サプライズの成功にハイタッチして喜んだ。
ホンギはと言うと、またしても目をウルウルさせて…。
「俺も…看取り人に呼んでくれたんだ…。ユウとショウヘイが…。」
「それでホンギも一緒に呼び出されたのかー!
…って、看取り人って(笑)俺たちこれから息絶えるみたいじゃね?
誰だよ!ホンギに変な日本語教えたヤツ。どーせ翔平だろ(笑)」
「あ、バレた?(笑)ホンギすまん!間違えた。
看取り人じゃなくて見届け人ね。ニホンゴ ムズカシイ(笑)」
みんなの泣き笑い声が、小さな教会の中にこだました。
「じゃあ、ゆき姉。これに着替えてきて。俺たちからのプレゼント。」
優は抱えてきた大きな白い箱を雪見に手渡す。
そっと開けてみると…中には純白のウエディングドレスが入ってた。