忘れ得ぬ想い…
「Ladies and gentlemen!It's show time!」
話には聞いてたが、同じオープニング曲が流れただけでこの歓声とは恐れ入った。
ホールにいるのは大統領が招待した紳士淑女のはずだが、皆が子供のようにはしゃいでる。
その中でも一番はしゃいでたのは、最前列に陣取る大統領一家であった。
「うそーっ!?なに、この盛り上がりぃ?あんた一体どんな番組に出てんのよ!?
えーっ!私にどんな顔して、前に出てけって言うのぉ!?」
まさに始まらんとしてる今になって、迂闊にも聞いてしまった学の頼みを後悔してる。
「昔と同じにやってくれればいい。」と言うから引き受けたのに、どこが同じなものか!
日本の小学生のそれとはワケが違うノリに、すっかり冷静さを見失った。
「雪見っ!落ち着け。いいんだよ、昔やってた通りで。
大人はみんな、昔の子供なんだから。
いい年した大人が子供に返ってワクワクできるから、俺の番組は人気があるんだ。
お前、大学の頃は子供を楽しませながら実験進めんの、得意だったろ?
あのまんまでいいんだ。そこにいる客を大人だと思ってはいけない。
わかったな?じゃあ Here we go!」
「え?ちょっ、ちょっと待ってぇ〜!!
なにそれ?どーいうこと?意味わかんな〜い!」
学と一緒に登場するはずが、戸惑ってて雪見は一歩出遅れた。
大歓声を浴びる学の後を追い、ホールの袖から小走りに、だけど華麗に
姿を現した…と思ったら!
次の瞬間、慣れないハイヒールが着慣れない自分のドレスの裾を踏んづけて…
ドッテーン!観客の目の前で盛大に転んでしまったではないか!
「痛ったぁ〜!!」
その瞬間の大爆笑ときたら!
思い切り膝小僧を打ち付けて痛がってると言うのに、まるでお笑い番組の観客みたいに
お腹を抱えてみんなが笑ってる。もちろん大統領一家も。
恥ずかしいと言うよりも、何なの?このリアクションは?と唖然とする。
すると涼しい顔したサイエンスティーチャーマナブが、観客に向かって
ウインクしながら言った。
「いかがです?今日のアシスタントのノリも、最高でしょ!?」
「いいぞーっ!最高っ!!」
「頑張れよ〜!!」
「…え?ノリ…って?ウケ狙いじゃないんですけど…。」
どうやら学の人気サイエンス番組とは、アメリカ人が大好きなコメディタッチの番組らしい。
どおりで最初から空気が違うわけだ。
しかも助け起こすでもなく、お手並み拝見と言わんばかりにこっちを見てる学が
やたらと憎らしい。
こんなことなら、ちゃんとリサーチしとけば良かった…。
私にお笑いの才能なんて、これっぽっちもないのにどーすんのよ?
でも…やるしかないんだよね…。やらなきゃ帰れないんだよね…。
…よしっ!なら、やってやろーじゃないのっ!
ここ一番の頭の切り替えは健人並みに早い。
やるしかないと答えが出たなら、途端に度胸が据わり人格も変わる。
それはまるで女優のように…。
オーバーリアクション気味に痛がり、膝をさすりながら立ち上がった雪見は
何を思ったか、にこやかに大統領に近づく。
「失礼!大統領。このビール、痛み止め代わりに頂いても構いません?」
小首を傾げてそう言うと、たった今、ウェイターが注いだばかりのビールグラスを
素早く大統領の手から奪い取り、ゴクゴクと一息に飲み干すではないか!
「はぁーっ…美味しかったぁ!今までに飲んだことない味!ごちそうさまっ!
さて、美味しいビールのお礼に、大統領ファミリーにはこちらに来て頂いて…
私の助手になってもらいます♪」
「おいっ!お前さんが助手だろーが!助手が助手付けてどーすんだよ!
さては…仕事サボる気してんな?」
観客に手伝わせるのは、学と雪見のサイエンス授業ではお約束。
そうすることによって一気に客席との距離が縮まり、一体感が生まれるのだ。
ファンだという大統領一家が、それはそれは嬉しそうに実験テーブルまで歩み寄り、
まずは学と握手を交わすと会場からは大歓声が。
いよいよ本日のお楽しみ、サイエンスショーの始まり始まり〜!
「ふぅぅぅ…なんとか終わった…。どーにか切り抜けた…。もうダメ…。」
雪見はドジでキュートなアシスタントを見事に演じつつも、実験では学と共に
事故のないよう常に細心の注意を払いながら、科学の面白さを伝える手助けをする。
最後に浴びた大喝采が今回のミッション成功を物語ったが、雪見はもう
控え室のソファーから動く気力もないほど、ヘトヘトに疲れ切ってた。
そこへ学が、泡まで美味しそうに注がれたビールグラスを両手に持ってやって来た。
「お疲れっ!雪見のお陰で大成功だった。
今、大統領にも最大級の賛辞をもらってきたよ。ほんとにありがとな。
無事の任務完了に乾杯しよう。雪見がさっき飲んだのと同じのを持ってきたから。」
「うそっ!さっきのビール!?
あれ、めちゃ美味しかったから、仕事が終わったらいっぱい飲みたかったんだぁ!
サンキュ♪じゃ、カンパーイ!う〜ん、うまーいっ!!」
「 このビールはね、『ホワイトハウス・ハニー・エール』って言って
ここで造られたビールなんだ。」
「ここで…って?」
「このホワイトハウスん中には、ビール醸造所まであるんだよ。スゲーよな!
うん、ほのかに蜂蜜の香りがする。これはライトの方。
もう一種類ダークってのもあるから、これ飲んだらホールに行って飲んで来よう。
俺ね…今回招待の話を上司に聞いた時、すぐに雪見の顔が浮かんで…。
どうしても雪見にこれを飲ませてやりたいと思った。絶対喜ぶと思って…。」
少し照れくさそうにそう言うと、学は大して飲めないビールをゴクゴクと飲み干した。
「学…。そんなに私のこと気に掛けてくれてた…の?
て言うか、私イコールお酒のイメージは一生消えないのね(笑)
でも私…あと3日で結婚…」
言いかけた途中で学は… 雪見に8年ぶりのキスをした…。