元カレの逆襲
「あのぉー!サイトウケントですがぁー!
ここに来るようにって、言われて来たんですけどー!」
訳がわからぬまま、教室から追い立てられるようにタクシーに飛び乗った健人とホンギ。
指示通り、マンハッタンの川べりにあるヘリポートまで来たはいいが、
事務所からここへ呼び出される理由が皆目見当も付かず。
大体事務所の誰が電話を?なんでホンギを知ってんの?
てゆーか、まさかの…いたずら電話?
半信半疑の恐る恐る、だが爆音のなか大声で地上係員に名乗って聞いた。
「サイトウ様ですね?お待ちしてました。あの2番ヘリにご搭乗下さい!」
係員はキリリと向こうを指さした。
「…え?うそっ!俺たちがですかぁ!?誰かの間違いじゃなく?
て言うか、一体このヘリって、どこ行き…?」
「ワシントンまでのフライトです!」
「ワ、ワシントン!!??」
「雪見っ!着いたぞ、ホワイトハウスだ!起きろっ!」
学に声を掛けられ、雪見はう〜ん!と大きく伸びをした。
大騒ぎをしてハイウェイのトイレに駆け込み、ホッとしてリムジンに戻ったあと…。
「今のは聞かなかったことにする!おやすみっ!」と一方的に言い渡し
学から離れた座席に移って居眠りを決め込んだ。
寝たふりしながら今後の対策を練るはずが、あっという間に夢の中。
そして、あっという間のホワイトハウス。
さてさて、この密室にいるうちに、二人の関係だけは明確にしておかなければ。
「いい?私達はよくコンビ組んで、小学校なんかにサイエンス実験の出前をした
同じ大学のゼミ仲間だからねっ!
それは嘘じゃないんだから、何も問題はないでしょ?
あ!そ・れ・と!
ただの同級生なんで、一切手も繋がなければ腕も組んで歩きませんから!」
「はぁ?普通女性同伴のパーティーったら、男が女をエスコートして歩くのが常識だろ?」
「お断りっ!どーせ車から一歩降りたら、あんた目当てに集まった人達に写メられて
その場でツイッターに流されるに決まってる!
もし手を繋いで歩いて、有らぬ噂立てられたらどーすんのよ!
やっと健人ファンに認めてもらって結婚する私の立場はどーしてくれんの?
あんた、元カノがどーなってもいいってわけ?」
雪見がめちゃくちゃ恐い顔でにらんでる。
あんた呼ばわりする時は、相当本気と決まってた。
こんな時は、ひとまず撤退するのが賢いだろう。
「しゃーない。元カノのために我慢すっか。」
学は雪見に散々な言われようをしたにも関わらず「元カノ」という言葉の復活に
機嫌良く笑ってる。
まったくどうして男ってヤツは、過去の女をいつまでも大事に大事に
ポケットにしまっておきたがるんだろ…。
夕刻6時。ホワイトハウス前には報道陣を始め大勢の観光客やファンが
何層にも重なって、次々に滑り込んでくるリムジンに歓声を上げている。
車の中で初めて聞かされたのだが、ここ数年このパーティー参加者は、
ホワイトハウスに入る前に一旦車を降り、報道陣が用意したレッドカーペット上で
ホワイトハウスをバックに簡単な会見をするのが恒例だと言う。
その時の模様が翌日のワイドショーを賑わせ、女性陣の着ていたドレスが
大変な話題を呼ぶらしい。
それで合点がいった。
あの店が総力を結集して雪見を仕上げたわけが。
今さら、イヤだ!テレビになんて映りたくない!とわめいたところで
どうすることもできない。
もう着いてしまったのだから。
しゃーない!戦闘開始とまいりますか!
先に降りた学に大絶叫が巻き起こった。
その想定以上の歓声を耳にして、雪見は車から降りるのを一瞬躊躇する。
あーやだなー!このままUターンして帰ってもらおうかな…。
いーや、ダメダメっ!そんなこと出来るわけないじゃない!
…よしっ!久々にカリスマモデルにでも成りきるか!
雪見は、身にまとってるドレスの力を信じることにした。
自分はこのブランドのトップモデルよ!と暗示を掛け、指の先からつま先まで
抜かりなくリムジンからスッと姿を現した。
その瞬間の黄色い大歓声ときたら!
見たこともない東洋人のはずなのに、そのドレスのお陰で誰もが雪見を
有名女優かカリスマモデルと勘違いしたようだ。
今は素人が一瞬で世界中に映像を配信出来る時代。
どこの誰だかも知らないはずなのに、ブルーのドレスを着て颯爽と登場した雪見の姿は
瞬く間に世界を駆けめぐった。
「え?うそーっ!ちょ、ちょっと香織っ!これ見て!雪見じゃないの?これぇ!!」
「真由子、シーッ!なに大声出してるのよ。店の隅っこの人までこっち見たでしょ!?
…って、うそっ!?え?雪見っ!?何やってんの?ホワイトハウスの前で!
しかも…一緒にいるのは元カレっ!?どーいうことっ!?」
タブレット端末を見ながら東京ど真ん中のスタバで二人が上げた大声は、
確実にみんなの興味をそそってしまった。
ヤバッ!他の客も一斉に検索し出したぞっ!
「あっ!次に到着したゲストは、今アメリカ中で大旋風を巻き起こしてる日本人科学者、
サイエンスティーチャーマナブです!
淡いブルーのドレスがとてもお似合いな美女を同伴されてます。
お二人とも、どうぞこちらへ!」
報道陣代表レポーターに促され、学は雪見の背中に手を添え前へ押し出したのだが、
その手はスッと下に下がり、あろう事か雪見の腰に回された。
「ちょ、ちょっとぉ!何してんのよっ!」
顔はにこやかに前を向いてたが、雪見は小声で学に警告を与えた。
「あれっ?手を繋ぐのと腕を組むのは禁止されたけど、腰に手を回したらダメとは
聞いてないけど?」
学も小声で飄々と言ってのけた後、記者からの質問に流暢な英語で受け答えし出す。
それを引きつりそうな笑顔で聞いてた雪見は、次に学の口から飛び出した言葉に耳を疑った。
「彼女ですか?僕の…良きパートナーです。」
その瞬間、会場がどよめいて一斉にカメラのフラッシュがたかれる。
辺りが真っ白になったと同じく、雪見の頭ん中も真っ白。
「な、なに言ってんのよっ!違うでしょっ!?今すぐ訂正しなさいっ!」
「あれ?誤解を招く表現だったかな?
今日のパーティーで僕たち、サイエンスショーを披露するんです。
大統領ご一家が、有難いことに僕の番組のファンでいらして。
大統領たっての希望で余興としてやらせてもらうことになったんです。
彼女は大学在学中に同じゼミで、昔からサイエンスショーの良きパートナーでした。」
何事も無かったかのように学はインタビューを終え、二人は観衆に軽く手を挙げたあと
再びリムジンに乗り込み、ホワイトハウスのゲートをくぐった。
「どーいうつもりっ?私が言った日本語が理解出来なかった?」
ドアがバタンと閉まると同時に、雪見は学を問い詰めた。
だが当の本人は、雪見の詰問にも一切答えず黙りこくったまま…。
また寂しげな横顔で窓の外を眺めてる。
予測不能の最大級の危機感が、雪見を身震いさせた。
だがもうすぐ、大統領一家が出迎えるエントランスに到着する。
落ち着け、自分っ!