密室の告白
「今のうちに…確認しておきたいことがあるの。
私が今日ホワイトハウスへ行く理由は、あなたが女性同伴で招待されたパーティーなのに
連れてく人がいないから…。
それと、余興でやるサイエンスショーのアシスタントには、私が適任だから。
それで間違いない…よね?」
「そうだけど…。」
「つまり、パーティーが終わったら私の任務は全て完了、ってことよね?
私の立場も、同じ大学で科学を学んだゼミ仲間…そうよね?」
雪見は少しの酒の影響もみせず、冷静に論理的に学を問いただした。
それはもしかすると、身にまとってるブルーのお陰かもしれない…
と、頭の隅でぼんやり思う。
だとすると、学が雪見にブルーのドレスを贈ったのは失敗だ。
もし元カノに対して下心があるのなら、もっと冷静さを失わせる色を贈らないと。
たとえば妖艶な深紅のドレスを…。
「昔の恋人…じゃダメなのか…?」
「バッカじゃないの!?アメリカ大統領に向かって『昔の恋人です。』
って紹介が正しいわけないでしょ!?」
「じゃあ…雪見が俺の恋人だったって事実は…もう…なかったことになるのか…?」
学の声が微かに震えてる。
見ると、メガネの奥の瞳に涙が浮かび、それを隠すように視線をそらした。
「ちょ、ちょっとぉ!なに涙ぐんでるのよ!何も泣くことないでしょ!?
なんであんたは昔っから、酔うとすぐ泣くかなぁー!もう飲んじゃダメっ!
ほんっと、相変わらずお酒が弱いんだから。」
雪見は学の手からシャンパングラスを取り上げ、グイッと残りを飲み干した。
恋人同士だった、あの頃のように…。
「あのねっ、もうすぐ私達、34にもなるんだよ?
学だって元カノが私一人なんてこと、ないでしょ?
あんたの履歴書から元カノの一人や二人削除したって、何の不都合もないでしょ。
てゆーか、なんで今、彼女がいないのよ!
あんたに彼女さえいたら、私がわざわざワシントンまで行く必要なかったのにぃ!」
結局話は堂々巡りになってしまう。
だが…学は次に衝撃的なことを口にした。
「今まで好きになったのは…雪見しかいない…。」
「…えっ?」
言葉の意味が咄嗟には理解出来なかった。
イママデスキニナッタノハ ユキミシカイナイ…?
初恋の相手が私だって言うのは、付き合ってた時に何回も聞いてたけど…。
「まさか…私と別れたあと8年間、誰とも付き合ってないって意味!?
なんで?あんたは私が言うのもなんだけど、モテてもいいはずよ?
客観的に見てかなりのイケメンだし、背も高いしスタイルいいし。
頭はもちろんいいに決まってるけど、性格だってそれなりに優しいし…。
しかも今はテレビの人気者なんでしょ?お金も稼いでる。
それなのに、どうして?これじゃ5年も付き合ってた私が、変わり者みたいじゃない!
見る目ないなー世の中の女子は。なんでこんないい男をほっとくかな。
あ、そっか!モテないからヤケになって研究に没頭して、あの何とか賞を獲ったんだ!
それはそれで嬉しいような悲しいような話だけど(笑)」
雪見はケラケラ笑いながら激励のつもりで「ま、頑張りなさいよっ!」
と、隣に座る学の肩をポンと叩く。
全ては可哀想な元カレにかけた最大限の慰めの言葉だった。
が、次の瞬間、あろう事かグイと引き寄せられ、力一杯抱き締められた。
「ちょっ、ちょっと!離してっ!」
「…雪見以上の人はいないから…。雪見より好きになれそうな人を見つけられない…。」
「えっ…?」
軽いめまいがした。
耳元でささやかれた言葉たちが、頭ん中をグルグルと回ってる。
腕の中から逃れようともがいてもみたが、男が本気で抱き締める力に
女が勝てるわけはなかった。
心のどこかで恐れてたことが、姿を現した…。
「……どーゆーつもり?
今、自分が何を言ったか…自分が何してんのか、わかってんの?
私があと3日で結婚式って、知ってるでしょ?なんなの、一体!」
「だから…今しかない…。今日がラストチャンス…だろ?
俺…今でも雪見のこと…愛し…」
「ストーップ!止めてーっ!!運転手さん!ここで止めてっ!
It's raining here!ここで降りますっ!」
突然の雪見の大声と急ブレーキに、学は驚いて腕を緩めた。
「お、降りるって、な、なに言ってんだよっ!!
こんなとこで降りて、ヒッチハイクでもしてあいつんとこ帰ろうってのかっ!?
そんなカッコじゃ襲われるに決まってんだろっ!バカかっ!!」
雪見の必死の形相に、学は戦意を喪失した。
「やっぱり玉砕か…。そうだよな…。
いくら俺がこっちの芸能界に入ったとしても、アイツに勝てるわけないか…。
フフッ…。自分でも呆れてるよ。俺の顔見るのも嫌になったんだろ…?」
「ち、違うっ!ト、トイレーッ!そこのトイレに行きたいのっ!
ここで寄らなきゃ車の中で漏らしちゃうーっ!!ドア早く開けてーっ!!」
「…はぃ?」
シャンパン一本と缶ビール3缶は、雪見を酔わせないまでも、トイレを4時間半
我慢させることは出来なかった…。
その頃アカデミーでレッスン中の健人らは、今しがた入ってきた教師に集合をかけられ、
教室の真ん中に集められた。
「みんな、聞いてちょうだい!今年の発表会の詳細が決まったわ。
今年は6月15日!去年がミュージカルだったから今年は舞台。
演目は…『ロミオとジュリエット』に決定しましたっ!」
その瞬間、教室中にワォ!と大歓声が上がった。
だが途中留学で詳しい事情を知らない健人は、隣のホンギに小声で聞いた。
「なに?発表会って。」
「日本じゃ学芸会って言うんだっけ?学習の成果を披露する会みたいなの。
毎年アカデミーの大ホールにタダでお客さん入れて、舞台をやるんだ。
あ、ミュージカルの年もあるけどねっ。
で、この発表会のお客さんってのが、一般の人に混じって業界関係者もわんさか!
良い原石を探しに来るんだよ。だからみんな必死さ。」
「ふーん…。」
健人は、たった2ヶ月短期留学生の自分には関係ない話だなと思い、
次々発表されてくキャストをぼんやり聞いていた。
ゆき姉…今頃、どのあたりかな…。もう着いたのかな…。
ナシドさんとは…何にもないに決まってるか…。
これでも気にしてないつもりだった。
だけど、ふとした瞬間思い出しては頭をよぎる。
学が突然マンションに、雪見を訪ねて来たあの日のことを…。
「…で、ジュリエットは、ローラ!ロミオは…ケントよ!!」
「ケ、ケントだって!やったーっ!凄いよっ!ケントが主役だぁー!」
「……え?」
自分の事のように喜ぶホンギに抱きつかれ、頬にキスされてボーゼンとする。
他のクラスメイト達も「おめでとう!」「スゲーや!」と周りを取り囲み祝福の嵐だ。
よくわかんないけど、なんか嬉しい…。
早く…早くゆき姉に伝えたい…。絶対喜んでくれるから…。
今すぐ会って伝えたい…。会いたいよ…。
その時だった。
事務のお姉さんが教室に入ってきて、先生に何やら耳打ちしてる。
「…そう、わかったわ。ケント!日本のあなたの事務所から緊急連絡よ!
大至急、ダウンタウン・マンハッタンヘリポートまで来るようにって!」
「えっ!?ヘリポート…?」訳がわからず健人は目をパチクリ。
「あ…ホンギも一緒に連れて来るようにって伝言だそうよ。
発表会の稽古開始はあなたの結婚式が済んでからにするわ。さぁ早く行きなさいっ!」
「へ?俺…も!?」
一体この事態は、どーゆーことっ?