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元カレの本心

「まぁ!見違えたわ!とっても綺麗!さすが、うちのスタッフね。

これで今日のパーティーの主役は、あなたに決まりよ♪」


「きっと今夜はみんながあなたに注目するわ!明日の反響が楽しみっ!

あなたのお陰で、うちのショップも大忙しになるもの!」


「どーも…。」


ヘアメイクが完了し、外が見える店の入り口付近で迎えの車を待つ間、

雪見は先程のエステティシャンらに囲まれ、ワイワイ騒がれてた。

入店したとき怪訝な顔してた鏡越しのマダム達も、目を見開いてこっちを見てる。


自分を褒めてくれてるのかドレスを褒めてるのか、はたまた腕のいい同僚を褒めてるのか。

いつもなら『なによ、失礼しちゃう!』と多少なりともムカツク場面だが、

今の雪見はそんな心境ではなかった。


ヘアメイクの間中、鏡の中の自分と、ずっと今回の事を考えてた。

学の心が読み切れない…。すべてのことに意味は有るのか、無いのか…と。


元カレに贈られた、過去の自分が好きだった色…。

昔の私なら、着心地の良い色だった。この色を身につけると、いつも冷静でいられた。

だが今は、それを身に付けてることが重大な間違いのような気がして心がざわつく。

そんな時、ふと、一人でいる健人の寂しげな横顔が頭をよぎった。


『ワシントン…行くのやめようかな…。健人くんに…会いたい…。』


一度思い出すと、会いたくて会いたくてたまらなくなる。

おばあちゃんちに預けられた子供のように『うちに帰りたい…。』と思ってしまった。


『私…なんてバカなんだろ…。何をいまさら学の手助けなんて…。

お人好しというよりバカだ!

私が今、寄り添って手助けしなきゃならないのは健人くんだけでしょ?

そのためにNYまで付いてきたんじゃない!

…そうだ…今ならまだ間に合う!』


衝動的にその場を立ち去ろうとしたその時、スーッと店の前に黒塗りのリムジンが滑り込む。

車から降りてきたのは…学だった…。


遅かった…。


雪見が視線を落とし溜め息をついたところへ、黒のタキシードを着こなし

普段はコンタクトなのに何故か黒縁メガネをかけた学が、店のドアを押し開けた。


「お待たせ。迎えに来たよ。」


その瞬間、雪見の周りに居た誰もが、キャーッ!と黄色い声を上げた。

健人の周りで起こる騒ぎようと同じでビックリしたが、学は慣れっこの様子で

別段気に掛けるふうでもない。

アメリカじゃ、そんな存在なの?あなたも…。


「うん。思った通り。雪見にはやっぱりブルーが良く似合う。

綺麗だよ。俺が今まで見た中で一番綺麗だ。」


「そ?ありがと。で、なんでメガネなの?」


「あぁ、これ?サイエンスティーチャーマナブのキャラは黒縁メガネをかけてんの。

言っとくけど、ここから先はどこから写真撮られるかわかんないから

お前も油断した顔すんなよ。」


「嘘でしょ!?私があなたと写真撮られていいはずないじゃないっ!

私、あと三日で結婚…!」


「まぁいい。これからワシントンまで、ちょっとしたドライブだ。

積もる話は車んなかでゆっくりしよう。じゃ、行くぞ!」

学は雪見の言葉を遮るようにいきなり手を繋ぎ、スタスタと店を出てしまった。


「えっ?ちょ、ちょっとぉ!支払いは?私、払ってないよー?」


そんなもん、現金払いなわけないのは解ってる。

いきなり手を繋がれたドキドキを、口が勝手にカモフラージュしただけだ。


リムジンに乗り込むまでのわずかな時間にも、学は通りがかりの人々に握手を求められる。

その光景はまるで日本での健人のようで、先に乗り込んだ車の窓から

雪見は不思議な気持ちでそれを眺めた。



大きなリムジンの中に二人きり…。


いや、正確には運転手も入れて三人なのだが、運転手は二人より遙か向こうで仕事してる。


この不自然な沈黙を、どうしたらよいのだろう…。

私達って、こんなに寡黙だっけ?違うよね。

もっと言いたい放題好き勝手なことを、寄ると触るとポンポン言い合ってたよね…。

心に隠し事が出来ないくらい、素直に言葉をぶつけ合ってた。

なのに何故、今はこんなに言葉を選んでるのだろう…。


学が物言わず、窓の外を流れる景色に目をやってる。


どうして…?どうして何も言わないの?

積もる話は車の中でしようって言ったのはそっちじゃない!

だったら何か話しかけなさいよ!いつまで黙ってるつもりなの。

あ…相変わらず綺麗な横顔…。


昔、私はこの人の横顔を眺めるのが好きだった…。


「あ、あの…さ…。なんでリムジン…?フツーのタクシーで良かったのに。」


我慢しきれず、雪見が先に口を開いた。

いや、またしても口が心をカモフラージュしてくれたのだ。

昔と変わらず綺麗な横顔に、ドキッとした事実を…。


「えっ?あぁ。どうせなら旅の途中も楽しもうと思って。

だって4時間半もフツーのタクシーじゃ、窮屈で疲れるだろ?」


「よ、4時間半っ!?え?ホワイトハウスまで4時間半もかかるのぉ!?

うそっ!じゃアムトラックの方が早いじゃないっ!3時間よ!

いや、飛行機ならもっと早いでしょ!なんで車にしちゃったのよぉ!

てか、それなら向こうに着いてから着替えれば良かったじゃないっ!

髪も崩れたらどうしてくれるの!あードレスもシワになっちゃうー!もーうぅ!!」


雪見は文句を機関銃のように繰り出した。

さっきまでの沈黙は粉々に撃ち抜かれ、一瞬で元通りの雪見に。

それを学がクスッと笑ったあと、嘘とも本気とも解らぬ横顔で、

また窓の外を眺めながらポツリと言った。


「長く一緒に居たかったから…。」


「えっ…?」


すぐには次の言葉が出てこない。

せっかく打ち破った沈黙が、また舞い戻って来てしまった。

だけどこのままでいいわけがない。

私達はこれから4時間半もこの密室に、隣り合っているのだから…。


いや…ある意味、ここが密室で良かったのかも知れない。

時間もたっぷり与えられた。全ての問題を解くための…。よしっ!


「…ねぇ。そこの冷蔵庫にビールは入ってる?あ、シャンパンでもいいけど。」


「えっ?…あぁ、どっちも入ってるけど…。」


「取りあえずビールかな?のど乾いちゃった。

せっかくリムジンで長旅だもん、開き直って楽しむことにする。

じゃ、カンパーイ!うーん、ウマイッ♪

あ…このドレスにビールは、やっぱお洒落じゃなかったな。

これ飲んだらシャンパンにしちゃお♪今日はご馳走になりまーす!

あ、私がリムジンに乗るの、初めてだと思ってたでしょ?

あまーい!乗ったことあるもんねー!」


さっきの言葉を問いただすでもなく上機嫌に飲み出した雪見を、学は訝しげに見る。

だが、そこにいる彼女は恋人だった頃と何一つ変わらず、綺麗で可愛くて

お酒が入ると様々なことを目を輝かせて語る人だった。


俺の初恋の人…。大好きだった人…。

一生一緒に居たかった人…。


そして今も…多分好きな人…。


「何にも変わんないや…。」


シャンパン一本を空ける頃、学がおしゃべり途中の雪見をジッと見つめてポツリと言った。

その瞳は元カノを懐かしんでる瞳ではなく、まるで今愛してる人にキスする手前の瞳…。


「ストップ!そろそろ本題に入らせてもらうよ、学…。」


「えっ…?」


彼は重要なことを一つ忘れてた。

雪見がシャンパン一本と缶ビール3本ごときで酔うはずもないことを…。



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