よみがえった記憶
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、アサカ様。
お持ちになられたドレスと靴をお預かり致します。バッグとアクセサリーはこちらへ。
では、全身エステルームへとご案内致します。」
「…え?全身エステ!?ここ、美容室…ですよね?
私そんなの予約してないし、髪のセットとメイクだけお願いしたいんですけど…。
それに顔のマッサージなら、さっき家でしてきたし…。」
「はぁ?失礼ですが…その状態で当店のドレスをお召しになられる…と?
ホワイトハウスの、あのパーティーへご出席になられるのですよ?」
「い、いけません…か?」「いけませんっ!!」
ドレスを買った超高級ブランドが経営する美容室は、ショップと同じ五番街の中程にあった。
当たり前の話だが、見ればどの客もセレブそうなマダムばかり。
場違いな客が間違って飛び込んで来たかと、みんなが鏡越しにチラチラこっちを見るので
納得はいかないが、ひとまずエステルームに退散しよう。
『大体、全身エステだなんて、ひとっことも聞いてないっつーの!
その状態で…って悪かったわね!ボロボロで。
33にもなれば、ちょっとの睡眠不足もお肌に出るのよっ!
まったく、どーりで学の予約時間が早かったわけだ!
どーせお店に言われるがままに、あぁそうですか、じゃあお願いします
ってエステも頼んじゃったってとこでしょ。
けど、いくら支払いは全部学持ちったって、エステ受けるのは私なんだから、
それぐらい伝えときなさいよ!
そんなつもりじゃなかったから、油断しまくりの状態で来ちゃったじゃないの!
てか学のヤツ、私に頭下げて頼んどきながら、ことごとく腹立つー!』
生まれたままの姿で、生まれて初めての全身エステを受ける。
まな板の上の鯉は、総出のエステティシャンによって調理スタート。
開始早々、今日のホワイトハウスへの招待がどれほど名誉な事で、
そこに集う女性陣の装いが、アメリカ中の注目をいかに集めるかという話を、
忙しく手を動かしたチーフらしき施術者から散々聞かされた。
『そうか、そーいうことね。やっと把握。
私は今日、ここのブランドの、ちょっとした広告塔ってことだ。
だからドレスを少しでも綺麗に見せるために、私を磨かなきゃならないって訳か。
…って、それも失礼な話でしょ!なんで私がこんな目に遭わなきゃなんないのっ!
全ては学のせいだ!あいつに彼女さえいれば、私はこんなことには…』
学への怒りで眉間に寄ったシワも強制的に排除されると、雪見は意に反して
すぅーっと眠りに落ちた。
「アサカ様!終わりましたよ。起きて下さいっ!
さぁドレスに着替えて、次はヘアメイクルームへどうぞ。」
小一時間も気持ち良く熟睡したせいか、頭も身体もスッキリ冴えてる。
四方が鏡張りのフィッティングルームでガウンを脱ぎ、恐る恐る自分の身体を眺めて見た。
『わ!むくみが取れて全身がキュッと引き締まった感じ♪
なんかメリハリボディになって、胸も大きく見えるのは気のせい?ラッキー♪』
血色も良くなったせいで顔色がワントーン明るくなり、見た目年齢も若返ったようだ。
『へぇーっ!エステの威力って凄いんだぁ!これ、三日後まで持続してるかな?
だったら嬉しいな。
私ってば…なーんにも考えちゃいなかったけど、健人くんと結婚するんだもん、
これぐらいのこと、式の前にしとかなきゃダメだったな…。
て言うか、これからはエステとかフィットネスとか一生懸命通って、
綺麗と若さを維持する努力、しなきゃダメだよね…。もっと自覚しなくちゃ…。
私はあの斉藤健人の…12歳も年上の奥さんになるんだから…。』
図らずも挙式前にタダで高級エステを受けられたことを、ラッキー♪と喜ぶ。
しかし一方で、ここんとこずっと忘れてた、変えようのない事実を思い出し、
しばし裸のままで鏡の前に立ち尽くしてた。
そこへ…。
「アサカ様!お伝えするのを忘れてました!
そこにナシド様からのお届け物を置いておきました。
今日のドレスと合わせてお召しになるように、との事です。」
「え?学からの…お届け物?」
フィッティングルームの隅に、ピンクのリボンが掛かった箱が置いてある。
なんだろう…?とリボンを解き開けてみると…
「なっ、なによ、これーっ!?」
なんとそれは、いかにも高級そうな総レースのブラジャーとショーツだった!
『あいつぅぅう!一体どーいうつもりよっ!
もうすぐ結婚する元カノに下着贈るって、どーいう神経!?』
と、またしても息巻いた。
が、少し冷静になると、自分は下着のことなどまったく頭にも無かったことに気付く。
超高級ドレスを着るというのに、普段身につけてるままで家を出てきたのだ。
『ま、まぁ…ね。ドレスが高いんだから、下着もこれぐらいのを付けなきゃ格好悪いよね。
それにこのドレス、背中が開いてるってこと、すっかり忘れてた!ヤバイヤバイ!
…にしても派手な色!地中海ブルーって言うの?水着みたい。
そういや今って、薄い色の服に濃い色の下着をわざと透けさせるのが流行って
どっかの雑誌で見たな…。
これも店員の言いなりになって買わされちゃったんだろーね、きっと。
え?これってドレスと同じブランドだ!ひゃ〜!一体セットでいくら?』
ブランドには一切興味ない雪見だが、庶民の悲しいサガで金額だけはどうも気になる。
「まぁ、いっぱい稼いでるみたいだし…今回はバイト代としてもらっとこ♪」
独り言を言いながら、下着を身につけドレスを着る。
鏡を見ると、その地中海ブルーの下着が淡いブルーのシフォンドレスと重なり合って、
ドレス一枚で着た時よりも、よりアクティブで若々しく見えた。
フィッティングルームから出て靴を履き、全身を鏡で映してみる。
すると、今まで忘れてた記憶がスッと蘇った。
そうだ…。私は昔、ブルーの服が大好きだったんだ…。
今は着ることのないブルーの服が…。
そう…学の恋人だったあの頃…。