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元カレ、一生のお願い

「雪見、着いたよ!降りて。まったく、どんだけ眠たかったんだか(笑)」


「えっ?着いた…って、ここ…!?」


どうやら雪見はタクシーに乗り込んだ瞬間、爆睡したらしい。

まぁ無理もない。

健人、ホンギと飲んだ後、ほとんど眠らず朝まで健人の寝顔を見てたうえ、

ついさっきまで公園を駆け回ってたのだから。


時間にしてほんのわずかだった気がするのに、いきなり場所がワープしてて驚いた。

学に促されて降り立った先…。

そこは世界の高級ショップがずらりと並ぶ、言わずと知れたニューヨーク五番街であった。


「ちょ、ちょっとぉ!人が寝てる間に、何てとこに連れてきたのよ!

こんなお店に、このカッコで入れるわけがないでしょ!?

大体、少しだけお茶しよって話だったのに、なんで五番街になんか…」


「ストーップ!それ以上店先でわめくなら、その口を縫いつけてもらうぞ!

お前が泥だらけでカフェにも入れないって言うから連れて来たんだろーが!

誕生日プレゼント買ってやるって言ってんだから、つべこべ言わずに、とっとと入れっ!」


「な、なによっ!えらそーに!学が恥かいても知らないからっ!」


いつになく強気な態度に憤慨したが、学がさっさと店に入ってしまったので

仕方なく雪見も後に続いてドアを押し開けた。

…が、足を踏み入れた瞬間、回れ右して帰りたくなった。

あまりにも自分の格好が場違いで、恥をかくのはやはり自分だとすぐ気付いたのだ。

ところが…。


「いらっしゃいませ、ナシド様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」


店にはすでに何人かの上客が品定めしてたのだが、その金持ちそうなご婦人方が振り向く前に

スッと出迎えた店員によって、店の二階へと案内された。


訳もわからず雪見は学の後について、入り口すぐ横にある重厚な階段を上っていく。

すると真っ先に目に飛び込んできたのは緋色の絨毯と、これまた高級そうな応接セット。

その向こうにはブティックハンガー3台に、何やら女性服がずらりと並んでるではないか。

状況が把握できないまま立ち尽くした雪見をよそに、学はまるで常連客かのような落ち着きで

ブロンドヘアの美人店員と会話してる。


「電話した物はチョイスしておいてくれましたか?」


「もちろんでございます。お見受けしたところ、当店のモデルより着こなして下さりそうで

嬉しゅうございますわ。」


「は、はいっ!?」

思わず雪見は日本語で反応してしまった。


なに言ってんの?この人。

モデルより着こなして下さりそうで…って、私はご覧の通り洋服を泥だらけにする

猫カメラマンだっちゅーのっ!

こんな高級店にはご縁がございませんっ!イヤミかっ!!

まったく、なんで学も私をこんなとこに連れてくるかなーっ!

5年も付き合った彼女の服の傾向くらい、覚えとけっ!


…て、いかんいかん。

どうも同い年の学に対してはキカナイ私が出現する。

健人くんと一緒だと、優しい自分でいられるのにな…。

健人くん、レッスン頑張ってるかな…。やっぱり帰らないで見てれば良かったな…。

会いたくなっちゃったよ…健人くん…。


そーよ!こんなとこで時間食ってる場合じゃないっ!

ここは大人しく学のしたいようにさせて、さっさとお茶も済ませて

健人くんを迎えに行かなくちゃ!

ブランド服なんて興味ないから何だっていいや。選ぶのもメンドクサイ。

うん、どーせお金出すのは学だし、その辺のやつにテキトーに着替えてここを出よう!


「この中から好きなの選んでいいの?私にプレゼントしてくれるんでしょ?学が。

じゃ、これでいい!これ下さいっ!

あ、着替えて行きたいんで、この値札取ってもらえますか?

……え?う、うそっ!こんなに高いのぉ!?ただの白シャツがぁあ!?」


雪見は、ふと目にした値札に驚き、思わず本音をぶちまけた。

しかし「え?うそっ!」以降は日本語で叫んだので、店員は何を言われたのか解らず

取りあえずの愛想笑いをして、タグを外しにその場を離れた。


「お前なぁ!なんてこと言うんだよっ!この店がどんな店だか知ってんの?」

学が呆れ顔して雪見を見てる。


「失礼ねっ!さすがに私だって知ってるわよ!

英国王室御用達!各国のセレブがこぞって着るドレスが有名なお店でしょ?

だ・か・らっ!なーんでそんなお店に、カフェに着てくようなカジュアル服を買いに来る?

まぁ、Mr.ナシドは世界に名の知れた科学者さんで、仕立ての良さそうなスーツ着てるし、

こんなとこに躊躇せず入るくらいだから、研究以外でもお金稼いでるようだけど…。

もう、そんなことどーでもいいから、早く着替えてお茶しに行こう!」


何の変哲もない白シャツだろうが、高級品を買ってもらうには違いない。

なのに散々悪態をつく自分を大人げないなと思いつつ、戻ってきた店員から

シャツを受け取り、試着室に入ろうとした時だった。


「雪見!ちょっとこれも着てみて。」


学が後ろから付いてきて、何やらもう一枚手渡された。

スルッと広げてみるとそれは…淡いブルーの柔らかな生地で出来た…

ロングドレスであった。


「な、なによ、これっ!

いくら誕生日プレゼントったって、こんな高い物もらえないからっ!

第一、私の生活にドレスなんて、まったく必要なしっ!

着ないもの買ったって無駄にするだけ!戻してきて。」


雪見はスパッと言い放ち、その超高級ドレスを学に突き返した。

だが…学はなぜかとても真剣な眼差しで雪見に懇願するのだ。


「頼むから、着るだけ着てみて…。」


なに?どうしたっていうの?

こんなドレス、私の趣味じゃないことぐらい知ってるよね?

まさか元カノに、こんなの着せてみたかった願望があったの?

はぁぁ…。ここで揉めたって時間がかかるだけか…。

しょうがない…。着るだけタダだもんね。早くこの店から出たいよ、まったく…。


「わかった!貸してっ!着て見せればいいんでしょ?

言っとくけど似合っちゃうよ!けど、ぜーったいに『イ・ラ・ナ・イ』からねっ!」


雪見がしつこく念押ししてから試着室のドアを閉める。

それから程なくして出てきた彼女に、ブロンド店員が「Wow!」と目を丸くした。


淡いブルーの細身のロングドレスは、雪見のためにしつらえたかのように

サイズ、デザイン共にぴったりと馴染んでる。

見るからに柔らかそうな手触りの生地は、学の前では強気な雪見をふんわり包み、

おしとやかに、だけど知的に演出してた。


「とても良くお似合いですよ!あ、髪はアップにした方がもっと引き立つかと。

ちょっと失礼!ほらっ!いかがです?この方がグッと洗練されますでしょ?」


店員が、店の売り物と思われるヘアアクセサリーを手に取り、慣れた手つきで雪見の髪を

くるくるっとアップにして見せた。


どうです!私の見立てに間違いはないでしょ?と言うようなドヤ顔で、店員は学を見る。

雪見も自分の格好が恥ずかしくてたまらないのだが、早く学を満足させ

この店を出たい一心で、モデル並みのポージングをして見せた。


「どう?案の定、似合ってるでしょ?満足してくれた?

わ!もうこんな時間!早く着替えてお茶しに行こう。

あ、このシャツ、ありがとねっ!有り難く着させてもらいます。

じゃ、すぐ着替えるから待ってて。」


無言で見つめてる学を構ってる暇はない。

こんな高いドレス、汚したら大変!早く脱がなきゃ、と雪見が試着室のドアを

閉めようとしたその時だった。


「一生に一度の頼みがある…。

そのドレスを着て明後日、俺と一緒にパーティーに出て欲しい。」


「…えっ?あ、あさってぇ!?」


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