元カレと奇跡の再会
「どうしたのっ!?どうして学がここにいるの?」
びっくりして立ち上がった雪見の服は泥だらけ。
だが本人は、まだその事実に気付かない。
ただただ目の前に現れた元カレが信じられず、ボーゼンと立ち尽くしてる。
立ち尽くしてたのは学も同じなのだが…。
「どうして…って、それ俺のセリフだけど…どうしたの?その服…。」
「え?…服?…キャーッ!なにこれっ!なんでこんなに泥んこなのぉぉ!?」
日本語のわからない見物人たちも、パントマイムのように一人で大騒ぎしながら
泥を払ってる雪見に大笑い。
「相変わらずだな、雪見は…。」
苦笑いした学が懐かしそうに歩み寄る。
そして仕立ての良いのスーツのポケットから、真っ白なハンカチを取り出し
「はい。」と雪見に差し出した。
「あ…ありがと。でも…いい。汚しちゃうから。
あーあぁ…。このお洋服買ったばっかりなのにな…。」
『雪見は…俺に会ったことよりも、洋服の心配をするのか…。』
学は少し気落ちしたが、このままここで別れるわけにはいかない、と
雪見を連れて立ち去ろうとした。
「雪見!こんなとこじゃ何だから、とにかく行こう。」
「ちょ、ちょっと!まなぶっ!」
学が右手で雪見の手首をつかみ、左手でカメラバッグを持ち上げて
見物人の間を抜けようとしたその時だった。
「もしかして…サイエンスティーチャーのマナブ?」
「えっ?ほんとだっ!テレビに出てるマナブ先生だー!」
「テレビで見るよりずっとステキッ!先生、サイン下さいっ!」
「私と写真撮ってーっ!!」
突然その場が騒然とし、雪見も学も囲まれて身動きが取れなくなってしまった。
日本で雪見が健人と共にファンに囲まれることはあっても、まさかこんな
ニューヨークの公園で、元カレが原因で取り囲まれる日が来ようとは!
「なっ、なんなのっ?サイエンスティーチャーのマナブ…って!
テレビに出てるの?学が?ウソでしょ?
あんなに凄い賞を獲ったのに…辞めちゃったの?科学者…。」
『雪見が悲しそうな顔をした!?俺のために…?』
雪見はまだ俺のことを気に掛けてくれてたのかと、なんだか嬉しかった。
久々に心が沸き立った。
「違うよ。辞めてなんかないさ。
でもデンマークの研究所から、こっちに拠点を移したんだ。
そしたら今の上司の命令で、どーゆーわけかテレビに出ることになっちゃって。
まぁ詳しい話は後でしよう。ちょっとだけ、ここで待ってて。」
そう言いながら学は「サインだけなら応じます。」と雪見から集団を離すため、
少し離れた場所へと移動した。
その様子をぼんやりと、雪見が木陰で眺めてる。
学がサインなんかしてる…。みんなが写真撮ってる…。
どうしたんだろ?こっちの芸能事務所にでも入っちゃったのかな…。
この人…こんなに洗練されてた人だっけ?随分高そうなスーツ着てるし…。
やっぱり学ってイケメンなんだ。ふーん…。
てか…なんで私、こんなとこに居るんだろ…。
そうだ、帰って着替えて健人くんを迎えに行く準備しなくちゃ!
雪見は我に返ったようにカメラバッグを手に持ち、学が忙しそうにサインしてるうちに
黙って公園出口へ向かおうと歩き出した。
ところが…。
「マナブ先生っ!彼女、帰っちゃいますよ!いいんですかっ!?」
「大事な話があるんでしょっ!私達はいいから早く追いかけてっ!」
またしても後ろから、見物人たちの大騒ぎが耳に飛び込んできた。
な、なんなのよっ!
まさか学、あのおばちゃん達に私のこと「元カノ」とかって話したんじゃ…!?
英語が出来るって良いことばかりじゃない!と、この時初めてそう思った。
もしも私が英語を理解できなかったら、何も気に留めることなくスタスタと
ここを立ち去れたのに、と…。
「雪見、待てよっ!せっかくこんなとこで奇跡の再会したのに、それはないだろ?」
学が日本語でそう言った後、スーツの内ポケットにペンを仕舞い込み
「じゃ、ありがとう。」と見物人に軽く手を挙げ笑顔を見せる。
それからおもむろに向かって来たのだが、冷ややかな目をした雪見が待ち受けた。
「随分とエライ先生になったものね。
まぁ、なんとか賞を獲った世界的権威なんだから偉いんだろうけど。
でも何なの?いつからそんな気取った嫌なヤツになっちゃったわけ?」
「相変わらず容赦ないね、雪見は。何をそんなにいらついてんの?
ま、いいや。ここじゃなんだから、近くでお茶でも飲みながら話そう。
それぐらいの時間はあるよね?
俺が声を掛けなかったら、まだまだ猫を追っかけてただろうから。」
「ま、まぁ…。」
さすがに言い返す言葉もなかった。
事実、学に声を掛けられてなかったら、健人を迎えに行く時間も忘れて
猫を追いかけてた可能性が非常に高い。その点は学に感謝しよう。
「じゃ…少しだけね。私も夕方から用事があるから、帰って着替えないと。
…て言うか、この格好じゃカフェにも入れないよ…。」
どこにどう寝っ転がればこんなに服が汚れるのか、我ながら不思議だ。
あーあぁ…。これ健人くんが、似合うねっ!て言ってくれたのに…。
今日のミュージカルデート用に買ったお洋服だったのにな…。
自分の服を見ながらしょんぼりしてる雪見を、学がいきなり手を引いた。
「おいでっ!少し早いけど誕生日プレゼントを買ってあげる。タクシーっ!」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!どこ行く気っ!?」
雪見は、公園出口に停まってたタクシーに無理矢理押し込められ、
学によって風のごとく連れ去られた。
この広い地球上のこの場所この時間に、元カレと元カノが偶然にも出会う確立とは
一体如何ほどか。
科学者先生ならそれぐらいの計算、ものの数分で答えをはじき出すだろう。
もちろんそんな先生と机を並べた雪見にも、その気があれば計算できる。
だが…。
奇跡と呼ばれる事例の中には、少なからず人為が加わってる場合があることを
雪見はもっとよく知っておくべきである。