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義妹の嘘

「もしもし、母さん?」


健人とホンギはリビングで熟睡中。

寝室のドアも閉めてるとは言え、真夜中の静まり返った家の中に

雪見の良く通る声は思いのほか響いた。

しまった!と小さく舌を出し、今度はヒソヒソと呼びかける。


「母さん?雪見だけど。どう?調子は。」


「あ…お姉さん!?ひろ実です!ご無沙汰してましたぁ。

え?今、ニューヨークからですか?時差って確か13時間?」


「…えっ?うそ、ひろ実ちゃん!?久しぶりー!元気だった?

あれぇ?私、間違えてひろ実ちゃんにかけちゃったぁ?」


ひろ実とは雪見の弟、雅彦の嫁である。

雪見の5歳年下で28歳。結婚3年目で、まだ子供には恵まれない。

結婚当初は横浜に住んでたが、去年雅彦の転勤で神戸に引っ越した。


「あ、違います違います!私、お義母さんのお見舞いに来てるんです。

お義母さん、今…熟睡してて…。」


「そうなの?ごめんねー!わざわざ来てくれてるのに。

今日は東京に泊まるの?あ、もしかして留守宅を見に来てくれた?」


「あ…。はいっ!そうです。雅彦が行って来いって。

しばらくお義母さんとこに泊まらせてもらいます。」


「偉そうだなぁー相変わらず(笑)。ひろ実ちゃんも大変なダンナを持ったもんだ。

でもありがとねっ!私も助かるし母さんも喜んでるでしょ。

あーあのね、母さんには怒られると思うんだけど…。

私、来週結婚式終わったら…日本に帰ることにしたから。」


「えぇーっ!?帰る…って、新婚早々健人くんを一人置いて来ちゃうんですかぁ!?」


ひろ実の声は確実に病室内にこだましたはず。

母さんが起きちゃうよ!と笑いながらたしなめて、そうなった経緯を話した。


「健人くんがねっ、ゆき姉の母さんは俺の母さんでもあるんだから、

ちゃんと看病してくれないと困る、って。

健人くんて、ほんとはすっごい寂しがり屋さんなんだけどねっ。

でも私の代わりにそばに居てくれる人、今日みっけたんだぁ!だから大丈夫なの♪」


新婚の奥さんの代わりになる人って?…と疑問符が浮かんだが、雪見の上機嫌な声と

のろけ混じりの話に少なからず安堵する。


「お姉さん…幸せそうで良かった!お義母さんも安心して寝てられる…。」


「…えっ?」


「あ…いや、お昼寝から起きたら話しておきますねっ。」


「あーちょっと待って!やっぱ話さなくていい。

母さんに言ったら『帰ってこなくていいから!』って絶対言われそうだもん。

結婚式の二日後には帰るつもりだけど、母さんにはナイショにしといて。

わっ、ヤバッ!健人くんが起きちゃったかも。大きな声で喋りすぎた(笑)

ひろ実ちゃんも、ずっと母さんに付いてなくていいからね!

たまには羽伸ばして、買い物でもしておいで。じゃーまたねっ!

ちょっとの間、母さんをよろしく!」


義姉らしい、早口で慌ただしい電話だったとクスッと笑いながらケータイを切り、

それを義母の枕元にそっと置いた。


「お義母さん、聞こえた?お姉さんからの電話だったよ。

元気そうだったから安心してね。凄く幸せそうな声してた。

良かったね、お義母さん…。」


ひろ実は…出来ることなら目覚めて欲しいと義母の耳元で話して聞かせた。


「もう少し頑張ってね。お姉さんが帰って来るから…。

あれで良かったんでしょ?早く帰れって言わなくて良かったんだよね?

私、お義母さんとの約束、ちゃんと守ってるよ…。

手紙に書いてあった通りにしてるから…。

お姉さんに黙ってるの辛いけど…お義母さんと約束したもんね…。

ごめんね…。何にもしてあげられない嫁で…。ごめ…ん…。」


ベッドサイドでとうとうひろ実は泣き出した。

苦しくて苦しくて、背負い込んだものが辛すぎて…。

だけれど嫁として最後の仕事をやり遂げなければと自分に言い聞かせ、

涙を拭いて義母を見る。


義母の返事がうっすらとでも聞こえるのではないかと、しばし耳を傾けた。

が…そんなことはあるはずもなく、義母は堅く目を閉じたまま眠り続けてる。

この世とあの世の、境界線ギリギリに置かれた白いベッドの上で…。

もう永遠に覚めることのないお昼寝中…。




「ゆき姉…?まだ起きてるの?」


寝室を小さくノックして健人が入って来た。

ベッドの上で本を読んでたフリをした雪見は、別に隠すことでもないやと本を閉じ、

母に電話したら義妹が来てたと報告した。


「そう!良かったね。これで少しは安心できるじゃん!

まぁ、ゆき姉の嬉しそうな声が聞こえたから、そんなことだろうと思った。」


「あ…やっぱ聞こえてた?」


「聞こえてた(笑)。

で、お母さんの具合はどうだった?少しはいいみたい?」


「今、お昼寝中だったの。向こうは3時だもん。ちょうど眠くなる頃だよね。

今度起きてそうな時間に電話してみる。

でもついついタイミングを逃しちゃうんだよなぁー。

13時間の時差って、病人相手だと難しい(笑)」


「アラームでも掛けておきなさいっ!」


健人は笑いながらベッドに腰を下ろし、雪見の手から本を抜き取ったあと

両手でそっとメガネを外して本の上に重ね、サイドテーブルにぽんと置いた。


「ゆき姉の隣じゃないと眠れない。」

「うそだー!ホンギくんの隣で気持ちよさそうに寝てたからっ。」


真剣な目をして言う健人がおかしかった。

まるで夜中に目を覚まし、子供部屋を抜け出してきた男の子みたいに可愛くて、

クスクス笑いながら雪見は軽くキスをした。


「こんなことじゃ先が思いやられますけど?」

「大丈夫。その時が来たらガマンする。でも今はガマン出来ない。」


雪見に唇を押しつけながらベッドに倒れ込み、何度も何度もキスをする。

が、突然顔を離して何を言い出すのかと思ったら…。


「さっきの電話みたいな声は出さないでねっ。

ゆき姉の声って、この家じゃスゲェ響く事がよくわかった。」


「じゃあ、ずっと唇ふさいでて…。」


二人は再びキスを重ね、お互いを熱く激しく求め合うも、永遠の愛を誓うかのように

最後のその瞬間まで唇を離すことはしなかった。



白々と夜が明ける。


このベッドの上で二人揃って朝陽を浴びられるのも、あとわずか…。

雪見は、隣で眠る天使の長いまつげがキラキラ光を弾くさまを、飽きずに眺めてた。

右側を下にして眠る彼と、左側を下にしなきゃ眠れない私。


目を覚ますといつも目の前にいた人が居ない朝ってきっと…寂しいよね…。

ごめんね、健人くん…。

頬のほくろにそっと口づけて、雪見は静かにベッドを下りる。


また新しい朝が生まれた。


昨日に留まっていたくても、否応なしに今日は生まれる。

明日もあさってもその先も、新しい朝と共に今日が生まれる。


窓の向こうの景色は、どんな一日を補償してくれるのか。

それさえも解らぬ自分に微かな不安を覚えながらも雪見は

今日をスタートさせる扉を開いた。


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