愛の形
昨日と変わらない夜明け。昨日と同じ朝陽。昨日の続きの爽やかな風…。
バルコニーから見える景色に昨日との違いは何も無い。
ただひとつ違うことと言えば…この景色を眺められる期限が短くなったことだけ…。
そう…たったそれだけのこと…。何の問題もない。
そうでしょ?雪見…。
ニューヨーク2度目の夜明け。
雪見はベッドに健人を残し、一人バルコニーでオレンジ色の朝陽を浴びていた。
ほとんど眠らず朝まで健人の寝顔をぼんやり眺めてたことは、酔って熟睡してた健人には
気付かれはしなかっただろう。
昨夜はあれから二人でとことん飲んで、とことん語り合った。
今までも充分語り合ってきたつもりだったが、まだまだ知らないことが多すぎた。
私たちは、まだすべてをさらけ出してはいなかったのだ。
でも…。昨日私たちは、またひとつ絆を強くした自負がある。
誰よりも相手を愛する気持ち、お互いを思いやる心、その家族にも注ぐ愛…。
ひとつひとつ身も心も裸にし、確認し合った。
嬉しかったのは、健人がいつの間にか母のことを「おばさん」ではなく
「お母さん」と呼んでたこと。
だから私は素直に健人の助言を受け入れられたのかも知れない。
結果的に二人揃ってのNY生活は、雪見の帰国により大幅に縮小されるが
ここで暮らす12日間は、きっと今までに過ごしたどの時間よりも濃厚で濃密で、
一生忘れられない日々となるだろう。
さぁ今日も一日が始まる。
挙式まであと8日。一分たりとも無駄には出来ない。
2ヶ月かけて撮る予定だった健人の写真を、挙式までに撮り終えなければならないのだ。
全身全霊、自分の命を賭けて健人を撮そう。
「うーん…!おはよ。もう早、起きてんの…?」
健人が寝ぼけ眼をこすりながらバルコニーへやって来た。
「あ、おはよう!健人くんこそ、もう起きちゃったの?
今日はお休みなんだから、まだ寝てても良かったのに。」
「すっげー熟睡したから大丈夫。今日はゆき姉とデートだもん、寝ちゃいられないよ。…って、めっちゃ身体冷えてるやん!風邪引くよ。中に入ろ?」
「あと少しだけ朝陽を浴びさせて。
このオレンジ色が一日のエネルギーをくれる気がするの。綺麗だよね…。」
「ほんとだね…。」
健人が雪見の身体を暖めるように、背中から優しく包み込む。
二人ひとつに重なって、お互いの体温を感じながら同じ方向の同じ太陽を望む。
あ…もしかして、これこそが私たちの望む生き方なのかも知れない。
どんな時でも二人心を一つに重ね合い、同じ方を向いて同じ目的地に向かって歩いてく。
お互い時には手を引いて、時には背中を押し、同じ山を登って行く。
その山の頂上から見える景色に、同じ感動の涙を流す…。
それこそが『結婚』という名の、愛の形ではなかろうか。
目的地が一緒なら、たとえ別々の道を歩いてたとしても行き着く先は同じ場所。
そう!同じ場所にたどり着くんだ。
「よーし!エネルギー満タン入りましたー!(笑)
さ、温かいカフェオレ飲みながら、朝ご飯作ろーっと。
あ、今日からは容赦なくバチバチ撮るからね!覚悟しといて。」
「わかってるって!世界一の写真集を作るんでしょ?
勿論全面的に協力しますとも。でーも!その前に…愛を深めてからねっ♪」
そう言いながら健人は、雪見をひょいとお姫様抱っこしてバルコニーから連れ去った。
油断してた雪見は足をばたつかせたが、下ろすつもりはないらしい。
「えーっ!昨日充分深めたでしょ!?朝ご飯作る時間がなくなるよー!」
「朝飯はその辺でサンドイッチでも買えばいいの!
俺のエネルギーも満タンにしないと、今日一日良いモデルはできません!(笑)」
いつもは寝起きの悪い健人なのに、今朝はエンジン全開フルスロットル。
残された時間を惜しむように、何度も何度も雪見の愛を確かめた。
この人の全てが永遠に俺のものでありますように…と。
「じゃ健人くん、場所を移動しよう。まずはどこに行きたい?」
近所にある公園のサンドイッチワゴンの前で、カフェオレ片手にローストビーフサンドを
美味しそうに頬張る健人。
それを一通り撮影し、カメラを下ろした雪見が聞いた。
「えっ?どこでもいいの?俺が決めていいの?」
「そうだよ。今回の写真集はカメラマン主導じゃなく被写体主導だもの。
健人くんの本物のニューヨーク生活を撮すんだから。
うーん、そうだな。例えるなら斉藤健人のドキュメンタリー写真集って感じかな。
リアルに斉藤健人を感じられる写真集にしたいの。
あ、そーだ!いい題名思いついちゃったぁ〜♪
『REAL〜リアル〜』にしよーっと!メモっとかなきゃ。」
雪見がキャッキャ言いながら、冷めたカフェオレを飲み干す。
ファインダーを覗いてる雪見はプロの鋭い目をしてるが、一旦カメラを下ろすと
今が楽しくて仕方ないという顔で健人を見るので、健人の顔も思わずほころんだ。
街中を移動中、雪見と手を繋いで歩いてても誰も振り返らない。
スクランブル交差点の真ん中でキスしたって、誰も気に留めない。
博物館の中でも、美術館の有名な彫刻の前でも、黒山の人だかりは
健人を見てるわけではなく、みな展示品を向いている。
日本と違い、なんて自由で気の使わない時間。二人きりの世界。
だが…。はたと気付いた。
この人達が、誰もが振り返るほどにならなきゃ、世界に出たとは言えないんだ…。
けれど…それは自由と引き替えに得なければならないもの。
だけど…いつかは必ず手に入れたいもの。
…そっか!ゆき姉さえそばにいてくれたら、自由なんて取るに足らないや!
「よしゃ!次行こ、次っ!」
「めめー!ラッキー!ただいまー!遅くなってゴメンね!すぐご飯あげるから。
あー久々にいっぱい歩いたら、もう足がパンパン!お風呂入ろーっと!」
今日一日の撮影ノルマをこなし、カジュアルなフレンチレストランで
美味しいディナーとワインを楽しんだ二人は、上機嫌でアパートへと戻って来た。
窓の外には、煌めく夜景が広がる時間。
バスルームから雪見の鼻歌が聞こえてる。
このペントハウスでもっとも綺麗な夜景を眺められるのは、贅沢な造りのバスルームなのだ。
「俺も入ろーっと!」
「キャーッ!なんで入ってくんのよー!後から入ってよー!」
突然健人がドアを開けて入って来たので、雪見は慌ててバスタブに身を沈める。
普段はあまりしないのだが、この時はバブルバスにしておいた自分を褒めてやった。
どうもベッド以外で裸の健人と向き合うのは照れて仕方ない。
あまりにも眩しすぎる肢体。
たくましくしなやかに鍛え上げられた筋肉。
絶妙なバランスで散りばめられたホクロ。
その存在を主張する喉仏。
そして…私を優しく撫でる無骨な指…。
ファインダーを通してなら見れるのに、生身のセクシーな男の身体は刺激が強すぎた。
と言うよりも、それなりに努力してるとはいえ、自分の裸身を一回りも若い男に晒すのは
酔ってでもいない限り勇気がいることだ。
なのに…。
「なにやってんの?一緒に夜景見ようと思ったのに。スッゲー!めっちゃ綺麗やん!
にしてもこのバスルーム、完璧二人で入るように造られてるよね。
きっと愛は大事だよ、ってことなんだな♪」
ザブンとバスタブに飛び込んだ健人は雪見と向かい合い、「愛してる。ゆき姉は?」
と強制的に返事を求めた。
「そりゃ決まってるでしょ?」
「どう決まってんのさ。」
「愛してるに決まってんでしょっ!もーぅ!意地悪だなー。」
「へへっ!良く出来ました。よしよし!」
子供のような笑顔で頭を撫でた後、健人は雪見を引き寄せキスをした。
宝石を散りばめたような窓の外の夜景が、二人の儀式をそっと見守る。
この愛が永遠でありますようにと祈りながら…。