表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
367/443

ドキドキ自己紹介

「みんなっ!ちょっと聞いてくれる?

今日から二ヶ月間レッスンに加わる新しい生徒さんを紹介するわ♪

ケントよ!私もネットで見て驚いたんだけど、日本で凄く人気のある俳優さんなの!

ねぇ、とってもキュートだと思わない?」


「いやいやいや、そんなことないです!」


早くもブロンドの受付嬢に気に入られた様子の健人は、照れて思わず

日本語で反応してしまった。

だが雪見は、健人の耳がきちんとネイティブな会話を聞き取り理解出来てると一安心。

健人を満面の笑みで「キュートだってぇ!良かったねー♪」と冷やかし

「さぁ頑張って自己紹介!」と小声でエールを贈った。


ゆき姉の笑顔見ると、なんか落ち着く…。

英会話…あんま自信無かったけど大丈夫な気がしてきた。

ゆき姉の事もみんなに受け入れてもらえるよう、ちゃんと紹介しなきゃな…。よーしっ!


健人のスイッチが俳優モードに切り替わる。

凛とした顔で前を向き、セリフのように滑らかに英語を操りだした。

パーソナルデータや留学動機、ダンスが好きなことやルービックキューブが得意なこと等々。

日本での俳優業に関してはあまり触れず、ただの生徒として皆に接して欲しかった。


身振り手振りを交えて一生懸命自分を表すさまを、皆が『Wow♪』という顔をして

にこやかに見守ってる。

雪見はその反応を目で確かめ『いいぞいいぞー!』と小さくガッツポーズした。


自己紹介の後には、隣の雪見を紹介した。

なぜかイタズラな目をして話し始めたのが気になるが…。


「彼女は日本の優秀なカメラマン、ユキミと言います。

あ、ついこの前までシンガーでもあったんですよ!彼女もキュートでしょ?

歌もめっちゃ上手いです!聞きたいって言ったら披露してくれますよ、きっと!」


「ちょ、ちょっと健人くんっ!なに言ってんのよ!余計な情報いらないってば!

こんなとこで私が歌えるわけないでしょっ!」


平和な顔して突っ立ってた雪見は、いきなりの健人のフリに大慌て!

そのイタズラ心を収めようと全力で否定したが、時すでに遅し…。

そこに居合わせたノリのいい8人ほどが間髪入れず拍手して、歌の披露を要求した。

ちょうど後から入ってきた生徒6人と先生らしき人まで「何事っ?」と

周りに事情を聞き、なんと拍手に賛同。

教室中が日本からやって来た小柄な二人組に、大いに興味を示してた。


困ったのはもちろん雪見である。

健人も、ほんのおふざけのつもりが収拾つかないほどの事態になって

さぞかし焦ってるであろう…と雪見は思い込んで健人に目をやる。

が…彼はなぜか不敵な笑みを浮かべて腕組みし、教室の盛り上がりを冷静に見渡してた。


『なんで?どういうこと?』


時計を見ると、あと少しで午後のレッスンが始まる時間。

この事態は雪見が歌わない限り収まりそうもない。


仕方ない、と雪見は覚悟を決めて一度だけ深呼吸。

騒がしさも気にせず目を閉じてスッと歌い出した。

それは雪見の十八番、「涙そうそう」

欧米にはないメロディーラインを「聖母マリアの歌声」と呼ばれた声に乗せて

教室の隅々を一気に満たす。


するとどうだろう。あれほどまでに騒がしかった人達が水を打ったように静まり返り

みんなが息を飲んで聞き入ってるのがわかった。

その反応に安堵した雪見は、久々に大声で歌うことの心地良さと幸福感を思い出し

ワンフレーズどころかフルバージョンを歌いきってしまった。


「ふぅぅぅ…。」


いつもと同じく息を吐ききって我に返る。

と、一瞬の間のあと割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こり、口々に賞賛の声を持ち寄って

雪見と健人を取り囲んだ。

そこで健人はおもむろに雪見紹介の続きをスピーチし始める。


「彼女は、僕の写真集撮影のために同行してもらいました。

レッスン風景なんかを、極力皆さんに迷惑が掛からないよう撮影するので

どうかよろしくお願いします。


あ、彼女の名前は覚えといて下さいねっ!

きっといつか、世界でも名の知れたフォトグラファーになりますから。」


「OK♪一生忘れないよ。日本の歌姫、ユキミだねっ!」


「違う違う!私はフォトグラファーよ!それに世界でなんか活躍しないし、歌は忘れて!」


「あんな歌を聴かせられて忘れろなんて、どうかしてるぜ!

脳ミソでもかち割らない限り、そりゃ無理な注文だ(笑)

でも俺たちは二人を歓迎するよ♪

俺はJames!こっちはJohn。それとLindaにMaryに…あーめんどくせぇ!

あとは自分たちで名乗れっ!」


教室中が笑いに包まれる。

二人を取り囲んだ年齢様々な生徒達が、次々と健人と雪見に手を差し出し

笑顔で「よろしくねっ!」と名前を名乗った。


「ハーイ!自己紹介はもう済んだわね?じゃあレッスンを始めるわよ!

ユキミ!みんなのこと、格好良く撮してあげてねっ♪

どこでどう撮してもらっても構わないから、自由にやってちょうだい。じゃ頑張って!」


「あ…いいんですかっ!?ありがとうございますっ!」

講師が雪見の健闘を祈るように、ウインクしてから授業が始まった。

どうやら健人の作戦は成功したようである。




「レッスン初日お疲れ様っ!カンパーイ!うーん、美味し〜い♪

今日のワインは格別な味がする!ね、これ食べてみて!

マーケットで変わった野菜見つけたからお肉とグリルしてみたんだけど

ワインとめっちゃ合うと思わない?こっちも自信作!

アーンてして!食べさせてあげる♪」


今夜は風が少し強いのでバルコニーでの夕飯はあきらめ、大きなソファー前にある

ローテーブルに料理を並べ、今日一日の労をねぎらった。

…にしても、雪見がさっきからテンション高くはしゃいでる。


「いいって、いいって!もう自分で食べるからっ!(笑)

ねぇ、そんなに今日は楽しかった?いい写真は撮れたの?」

健人が料理を頬張り赤ワインをゴクリと飲んで、隣に嬉しそうに座る雪見に聞いた。


「うん!めっちゃ楽しく仕事出来たよ!初日から良いショットがいっぱい撮れた!

健人くんは楽しかった?楽しかったでしょ?だっていつもの百倍輝いて見えたもん!」


「百倍…って(笑)俺いつもどんだけ輝いてないわけ?」


「違うよ!いつだって輝いてるけど今日は眩しくて目が開けられないくらいだったのっ!

すっごく楽しそうで笑顔がキラキラしてて、あんなに生き生きした健人くん、

今まで写真に撮ったことがない。本当に良かったね!留学を決めて…。

健人くんが幸せそうに笑ってるの見て、何回も泣きそうになったよ…。

やだ…。思い出したら今でも泣けるかも…。」


雪見が感極まったように涙ぐんでる。

その肩を、健人が笑いながらそっと抱き寄せた。


「俺が幸せそうに笑ってたとしたら、それはゆき姉のお陰だよ。

ずーっとね、『大丈夫だよ。心配しないで。』って声が聞こえてた気がする。

もし解らない言い回しが出てきても、ゆき姉に聞けばいいや!って安心してられた。

だから不安が何一つなくて、楽しくて仕方なかった。

ありがとね。ここまで付いてきてくれて…。」


「…えっ?」


「ほんとは病院に付いててあげたかったよね…。おばさんが大変な状態なのに…。」


「あ…!」


「今野さんに昨日空港で聞いたんだ。今まで知らなくてごめん…。

だから…。だから結婚式済んだら…日本に戻っていいよ。」



それはあまりにも悲しく微笑んだ、健人の精一杯の優しさだった…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ