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変わらぬ重圧 変わらぬ不安

「ゆき姉、まだぁ〜!?服なんて、着てりゃなんだっていいからっ!

せっかく早起きしたのに、これじゃ美術館寄ってく時間なくなるよー!」

玄関先で待ちぼうけの健人が、しびれを切らして叫んでる。


只今午前10時。

演劇学校の入校が午後1時からなので、その前に近くの美術館を見て、

どこかで早めのランチしてから学校へ行こう!と話が盛り上がっていた。

なのに雪見ときたら、さっきから小一時間ほども洋服を取っ替え引っ替え。

今だ寝室から出てこない。…と、やっとお出ましのようだ。


「ごめんごめんっ!どう?やっぱこれにしたんだけど…。

あ…なんか靴履いたら今イチかな…。あっちの方が良かったか…。」


玄関ホールの大きな鏡の前で、クルクル回りながらまたしても悩み始めた雪見。

それを見て、寝室に逆戻りされちゃかなわん!と危機感を抱いた健人が

後ろから雪見をギュッと抱き締め、一芝居打って事の収束をはかろうとした。


「ねぇ…。ゆき姉は何を着てても綺麗だよ。

これ以上綺麗になったら俺、ここでゆき姉を襲っちゃうよ?」

さすがにこの急いでる時にそんな気は起きないが、健人は雪見の首筋にキスをする。


陽の光が差し込む鏡に、大きく映し出された二人の姿。

真昼だというのにエロティックな映画のワンシーンのようで、背筋がゾクッと弓なりになる。

が、我に返った雪見が慌てて健人に待ったをかけた。


「ちょ、ちょっとストーップ!わかった!もう行こ!

うん、これでいいや。少しはちゃんとしたカメラマンに見えるよね?」


「うん、見える見えるっ!」

健人は作戦成功!と、サッと雪見の首筋から唇を離す。


「てゆーかさぁ。ちゃんとしたカメラマンて何?

学校に撮影の許可もらってんだから、カメラマンに見えるとか見えないとか関係なくね?」


ヘンなこと言うなぁと笑って聞いた。

だが…。雪見から返ってきた返答は、ここまでの自分のセリフを後悔させた。


「だって私…。カメラマンだけど健人くんの奥さん…なんだよ?

健人くんに不釣り合いだとか…思われたくない…。」


「えっ…?」


鏡の中の雪見が急に顔を曇らせ、視線を落として言ったのだ。

その瞳に、見る見る間に涙が浮かぶのが見えた。


「ちょっ!ゆき姉っ!?なんで泣くのさっ!」


慌てて雪見の肩に手を掛け、自分の方を振り向かせる。

が、その振動で、決壊ギリギリだった涙はあっけなく頬を伝って流れ落ちた。


「だって…。1時間も悩んだのにお洋服決まらなくって…。

健人くんの奥さんでカメラマンって…どんな格好したらいいのか…

ぜんぜんわかんなくなっちゃった…。」


「そんなこと…悩んでたの?ばっかだなぁ…。」

ポロポロ涙しながら話す少女のような雪見に、胸がキュンと熱くなり

思わず強く抱き締めた。


「ゆき姉はゆき姉のまんまでいいんだって!俺もう百万回は言ってるよね?

服だって何だって、自分の好きなようにしていいんだよ。

つーか、いきなり変えられたら俺がヤダ!

今のゆき姉が好きなのに、違う人みたいになったら俺が居心地悪い!」


「ほんとに…?ほんとに私、何も変わらなくて大丈夫…?

だってあの演劇学校、ハリウッドデビューするチャンスはたくさん与えてくれるけど

役者や周りの環境も精査するって聞いてるから…。」


「だから?だからなに。そのために品行方正な奥さんになろうとしてんの?

言っとくけど、俺はチャンスが多いからあの学校をチョイスしたわけじゃないよ。

あそこに行けば、世界中の演劇論を学べると思ったから選んだだけ。

そりゃいつかは役者として世界を見てみたいって気はあるけど、芝居をすんのは俺だよ?

周りの環境とかってなに関係あんだろ?

そんなもんで決められちゃ、たまったもんじゃない!

そこだけが唯一ムカツクとこなんだが、どーしてもあの学校で勉強したくてさ。

ごめんねっ!そのお陰でゆき姉に嫌な思いさせちゃった。

てゆーわけで、俺に気を使うこと一切ありません!

今まで通り、ガンガン突っ走っちゃって下さいっ!」

健人はそう言ってニッコリと笑って見せた。


やっと安心したように笑顔になった雪見。

成熟した色気を漂わす格好いい大人だと思った次の瞬間、もう純真無垢な少女だったりする。

この人がその時々で見せる全く違った顔は、いつも健人の意表をつきドキッとさせる。


だが今の言葉を反すうすると、雪見の心の底辺が今だ何も変わってないことに愕然とした。

自分が斉藤健人の妻として、どんな時も過不足無くふさわしく見えないといけない。

健人の評判を、自分が落とすことがあっては決してならない。


雪見が自らに課してる間違った重圧から、どうしたら俺は解放してやることが出来るだろ…。

キスして抱き締めて頭を撫でながら、ぼんやりと考える。と…。


「ごめん…。」


雪見が腕の中で小さく呟いた。その声が胸にチクッと針を刺す。

なんで謝んだよ…。何が「ごめん」なんだよっ…。


「なに…が?」

聞き返すのには勇気がいった。もしも最悪な事を言い出したら…。


「あの…ね…。お腹すいたから…先にご飯食べに行きたい。」


「…え?ゴハン…って……ははははっ!お腹空いたのぉ?

そっか!朝飯作ったのに、ゆき姉カフェオレしか飲まなかったもんね!そーなんだぁ!」

健人はお腹を抱えて大笑いした。

笑いながら安堵し、結婚を断られることを一瞬でも想像した自分を更に笑った。


「だってぇ!緊張して喉を通らなかったんだもん…。

お腹すいた…。美味しいランチに行きたい!」


「よっしゃあ!じゃあ今日の芸術鑑賞はやーめたっ!

行こうと思えばいつでも行けるもんね。腹が減っては戦は出来ぬ!

カメラマン浅香雪見が戦闘開始するには、まずはエネルギーを満タンにしないとねっ。」


「うんっ!コンシェルジュさんにお薦めのお店、聞いちゃお♪」


雪見の頬にパッと赤みが差す。

嬉々としてエレベーターに乗り込む雪見の背中を見つめながら、だけど健人は苦笑いした。


俺もまだ…振られる恐怖と戦ってんだな…。知らなかった…。



本物の結婚式まで、あと11日…。


二人の心の転がる石は、それまでにどこか安定した窪みを見つけられるだろうか…。


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