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新しい朝

『うーん…。もう朝なの…?なんか寝た気がしないな…。

頭がぼーっとしてる…。昨日飲み過ぎたんだっけ…?

えっと…昨日は…そう、お天気だから昼間っからバルコニーで健人くんと

シャンパン開けて、夜はお月さま見ながらワイン…。

…え?バルコニー…で?


…って、そーだっ!ここ、ニューヨークじゃん!

私達、昨日からニューヨークにいるんだったぁ〜!

なに私ってば寝ぼけたこと言ってんだろっ!

ヤバッ!今朝しか出来ない、大事な大事な仕事があったんだぁ〜!!』


雪見は一気に目が覚め、ガバッとベッドから身体を起こす。

が、隣に寝てる健人が「う…んっ…。」と寝返りを打ったので『まずいっ!』

と、そーっとベッドを下りた。


米国留学、初めての朝。時計の針は6時ちょっと過ぎ。

だが健人は、二ヶ月間を過ごす高級アパートメントのキングサイズベッドで、

幸せそうな顔してまだ寝てる。

今日から演劇学校に編入するが、毎週金曜のレッスンは午後から。

なのでもうしばらく寝かせておこう。てか、今すぐ起きられちゃ困るのだ。


雪見は物音を立てぬよう、カメラバッグからそっと一眼レフとデジカメを取り出す。

広い寝室の片隅には、まだ荷ほどきされてない荷物が山のように積まれてた。


今朝しか出来ない大事な仕事。

それは…NY初めての朝陽を浴びて眠る健人を撮ること。

新しい写真集の表紙には絶対このショット!と決めていた。


自分が健人を撮る意義に気付いた今、仕事に嘘はつきたくない。

初めての朝の健人を残したいと思ってるのだから、明日やあさっての健人ではダメなのだ。

その時の空気や匂い、目覚めた時の緊張感や期待感、幸福感やあるいは気だるさ…。

それは初日と二日目では明らかに違うはず。

たとえ今日、私が寝坊してその瞬間を撮り損ねたとしても、一旦起きてしまった健人に

見事な寝たふりをしてもらってまで撮る意味は、今の私には無い。

私はスタジオでグラビア写真を撮るカメラマンとは、明らかに役割が違うのだ。


今日からの二ヶ月、健人のもっとも近くで24時間見つめていられるチケットを

この世でたった一人、私は手にしてる。

そんなプラチナチケットを持ってるのだから、私にしか出来ない事に使わねばバチが当たる。

私はカメラマン。ならばその私が果たすべき役割とは、健人の「今」を写し取り

世の人々に斉藤健人の本質を、更に広く知らしめる事ではないのか。


でもこれって報道カメラマンの仕事だよね?

じゃ今度から猫カメラマンじゃなくて、報道カメラマンって名乗っちゃう?


そうクスッと笑ったら、亡き父の顔が頭に浮かんだ。

今思えば、父の仕事も報道カメラマンと同じであったように思う。

子供の笑顔が大好きで、世界中を旅しては子供たちの笑顔だけを写し歩いたが

とりわけ多く訪れていたのは、貧しい国や戦争に苦しんだ国。

本当は、その笑顔の裏に隠れてる涙や悲しみこそが、父が一番に伝えたかった事のような気がする。


父さんと私、どうやら似たもの親子みたいだよ。


よしっ!私は健人専属報道カメラマンを目指そう!

「今」の健人から見え隠れする感情を、世間に伝えるのが私の仕事なんだ。

そうと心が確信したら、いきなり仕事モードが全開になる。


雪見は長い髪をクルクルッと器用に結い上げ、まずは一眼レフを手に取った。

真っ白なシーツに顔をうずめて眠る健人は、まるで日溜まりで気持ちよさげに眠る子猫のよう。

ワクワクしながらカメラを覗き、その柔らかな朝陽に包まれた天使のような寝顔に

夢中でシャッターを切る。


キャーッ!絶対いいっ!

こんな寝顔が写真集になったら、女子はみんな悶絶もんでしょ!

やだ、涙出そう…。神様ありがとう!素敵な天使を地上に降ろしてくれて…。

カシャカシャッ!カシャッ!


「うーん…。ん…?なに…?なにしてんの…? 」

健人が片目だけを開け、眩しい光の中に立つ雪見を確認してる。


『ヤバッ!もう早お目覚めかぁ!急げ急げっ!』

雪見は健人の問いにも答えず、とにかくシャッターを切り続けた。


「ちょっとぉ…。俺の許可なく、なに朝から撮ってんだよぉ…。」


「常務から、ちゃーんと許可もらってるもんねー!

てゆーか、次の写真集はニューヨーク暮らしの一冊にするって決めたでしょ?

いいから喋らないでフツーにしてて。」


寝起きの悪い健人は一瞬ムスッとした顔を見せたものの、まだ半分寝ぼけまなこ。

だが次の瞬間、いきなり両目をパチッと見開いた。

そしておもむろにベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、メガネを掛けたのである。


「えーっ!なんでもうメガネ掛けちゃうの!?」


「なんでって、起きたらいつもメガネ掛けてんじゃん!俺のフツーでしょ?これが。

いいから仕事しなよ。好きなだけ撮っていいよ。」


健人はなぜか先程とは打って変わり、どこか嬉しげだ。

ベッドにうつぶせになって頬杖ついたり、気だるく髪をかき上げたかと思うと溜め息ついたり。

ジーッとカメラを見据えて視線を外さない。


え?なに、この色気…。

しかもなんでカメラから目をそらさないの…?


「ねぇ!不自然でしょ、そんな視線!

朝っぱらからそんな顔、いつもしてないじゃん。

私はフツーの健人くんを撮りたいのっ!

スタジオのグラビア撮影じゃないんだから、顔を作らないでよぉ!

私が撮ってる意味がないじゃないの!」

雪見がカメラを下ろし、不服そうに頬を膨らます。


「え?俺のせい?ウソでしょ?ゆき姉のせいだから!」

「なんでっ?カメラマンの私が悪いって言うの?」


「しゃーない。じゃカメラ貸して。証拠見せてやっから。

もー少し楽しんでたかったんだけどなー。」

健人がデジカメを受け取り、なぜかニヤニヤしながら雪見に向かってシャッターを切る。


「ちょっとーっ!なんで私を撮ったの?意味わかんないし。」


「いーから、これ見てみ!

こんなシルエット朝っぱらから見せられて、男がフツーの顔を維持出来ると思う?

いや、この場合あれがフツーだって!」

健人から手渡されたカメラを再生し、雪見は思わず悲鳴に近い声を上げた。


「ヤダーッ!なんでもっと早く言ってくんないのよぉーっ!! 」


そこに写ってたのは、素肌にキャミソールとショーツを身につけただけの雪見。

朝陽に浮かび上がるシルエットには、胸の小さな突起までもがくっきりと、

まるで裸のままカメラを構えているかのようにも見えたのだ。


信じらんない!こんな姿でずっと健人くんを撮り続けてたなんて!

そういや寝起きと同時に仕事モードに入っちゃったんだ。恥ずかし過ぎる…私。


「この撮影会のギャラは高いよ?今すぐ払ってもらわないとなぁー。」

そう笑いながら健人は雪見の手首をつかみ、グイッと力強くベッドに引き寄せた。


「ねぇ。俺はカメラマンと同居してんじゃなくて、奥さんと暮らしてんでしょ?」


「お、奥さん…?」


「そうだよ。昨日執事さんに斉藤様ご夫妻って呼ばれたじゃん!

今日からはちゃんと奥さんのフリしてねっ!

それと仕事もいいけど、できれば朝は奥さん業を優先して欲しい。

シャッターの音で目覚めんじゃなく、例えばこんなふうに…。」


健人が再び雪見をベッドに横たえ、優しいキスをする。

その途端、雪見の背中の仕事スイッチもOFFになった。


今日から始まる新たな関係。

まだほんとの結婚は先だけど、予行練習と参りましょうか♪


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