素敵生活の始まり
「着いた!…って…ほんとにここ?ここに住むの?私達…。」
「うん、多分…。ここが俺たちの家…って凄くね!?
うっそ!マジかー!こんなスッゲーとこ借りてくれたんだ!やっべぇ!!」
タクシーを降り、二人してその建物を見上げてる。
何度も何度も手の中のメモを確認したが、どうやら本当にここが今日からの我が家らしい。
街中に在りながらロケーション最高な地区に建つ、プチリゾートホテルのような外観。
周りには緑が多く広がり、健人の大好きな美術館もある。
すぐ近くには大きなスーパーもあるし、最寄りの地下鉄駅から徒歩5分。
常務の小野寺が知人の口利きで、破格の家賃で二ヶ月借りてくれたのだ。
感謝感激雨あられ♪とにかく中に入ってみよ う。
「ナニコレ?これがアパート?ホテルの間違いじゃね?」
健人がつぶやいた感想は正しい。雪見も同じことを思った。
米国じゃ、日本のマンション並みの建物もアパートメントと呼ぶのは知ってたが
このエントランスは、マンションどころか本当にちょっとしたリゾートホテルである。
住む場所は、忙しい健人に代わって事務所が手配してくれた。
健人が示した条件は、多少家賃が高くても交通の便が良く治安も良い地域。
雪見が一人で留守番する場合も考えて、セキュリティのしっかりした建物。
一番重要なのは猫を2匹飼っても良い!ということ。
今野からの報告で、日本のウィークリーマンションのように家具家電など、
日常生活に必要な物はほぼ揃ってること。
アパートのエントランスには日本語の話せるコンシェルジュと、24時間在中の
ガードマンがいることを聞いていた。
でも、本当にこんなホテルみたいな建物がペット可なのか?
もし何かの手違いで、ペット御法度のアパートだったら…。
浮かれ気分が徐々に不安へと変わってく。
それを感じ取ったかのように、左手のズシリと重たいバッグの中から
「にゃ〜ん」とめめが声を上げた。
そうだ。突っ立ってても仕方ない。とにかく行動開始しなくては。
常務から、コンシェルジュに渡すようにと手渡された封筒がある。
日本語が出来ると言っても、どうせ片言だろう。
いざという時に備え、雪見がそれを手渡すことにする。
「Hi!」
第一印象が肝心と、明るく元気に声をかけた。隣で健人もペコリと頭を下げる。
すると映画『プリティウーマン』に出てくるリチャードギアそっくりのその紳士は
素敵な笑顔で二人に微笑み「こんにちは。ようこそニューヨークへ!
お待ちしておりました、斉藤様ご夫妻。」と、滑らかな日本語で挨拶し
深々と日本式にお辞儀したのだ。
いきなりの「斉藤様ご夫妻」には健人も雪見もビックリ!
片言どころかそんな高度な日本語を操り、しかも私達のことを知ってるなんて。
「えっ!?あ、こんにちは。日本語がとってもお上手ですね!
あの…斉藤です。今日から2ヶ月間お世話になります!
これ、あなたに渡すよう預かって来ました。」
「拝見します。」
封筒の中身を彼が読んでる間に思い出した。
そう言えば賃貸契約の書類に、便宜上「夫婦」と書いたんだっけ!
一人ずつの証明写真も貼らされたんだった。だから私達を知ってたのか。
一瞬『斉藤健人って米国でも有名人なんだ!』と思ったことを苦笑した。
それと同時に、心の準備もないまま初めて名乗った斉藤姓が急に気恥ずかしくなり
雪見は今頃頬が赤らむのを感じてた。
うなずきながら封書を読み終えた彼は、小さく「OK!」とつぶやき
「では、お部屋へご案内致します。」とカートに荷物を乗せ、エレベーターに乗り込んだ。
「そうだ忘れてた!ここって本当に猫飼ってもいいんですか?」
慌てて健人が大事なことを聞く。部屋に入ってからダメと言われちゃかなわない。
「もちろんですとも!ご安心下さい。そのように作られたアパートですから。
さぁ、猫ちゃんも長旅で疲れたことでしょう。
今日からこの部屋が、あなた達のマイホームですよ。」
そう言いながら701号室の扉を開けた。
最上階の角部屋。
ペントハウスとまではいかないが、窓の外に広がる景色とお洒落な内装に
二人は子供のように大はしゃぎ。
「やっべー!マジ、こんなとこに二ヶ月も住めんのぉ!?
すげー!こっちのベッドルーム、デカっ!
うわっ!バスルームもナニコレ!?外が丸見え(笑)」
「キャーッ!見て見て健人くんっ!外の景色がメチャ綺麗っ!
うわぁー!バルコニーまでオシャレだぁ〜!」
雪見はバルコニーに繋がるガラス戸を両手で押し開け、外に出て改めて
ニューヨークの風を肌で感じた。
長い髪がふわふわと風に踊る。
空を仰ぎ、「う〜ん!気持ちいぃ〜♪」と思い切り伸びをした。
その後ろ姿を部屋の中から目を細めて健人が眺めてたのだが、ふいに髪をかき上げた
雪見の仕草に胸がドキドキ高鳴って、思わずバルコニーへ飛び出し雪見の肩を抱き寄せた。
「ね!今日は天気いいから、これからここでメシ食わない?
シャンパン買ってきて引っ越し祝いしよ!夜になったら月見酒なんかも良くね?
ねぇ、疲れてる?これから一緒に買い出し行かない?」
「行く行くっ!ぜーんぜん疲れてなんかないよ!て言うか、良かった。
健人くんが元気になった♪」
雪見が嬉しそうに健人に抱きついて、顔を見上げる。
「え?俺?元気無かったっけ…?」
「あーいいのいいの!忘れてて。ついでに今朝のこともね。」
雪見が小さく付け加えた言葉を、健人が聞き逃すはずはない。
「今朝の…?あー思い出したーっ!そーだった!
俺キスの続きを、おあずけ食らってたんだぁ!
ニューヨークでね、って言ったよね?着いたよ、ニューヨーク!」
健人は雪見の頬を両手でそっと包んで瞳を見た。
「今日から毎日、時間はたっぷりあるからね。
演劇学校にだって二人で通うんだ。本当に24時間一緒に居るんだよ。
俺のこと、ずっと見ててね。写真もいっぱい撮って。
ゆき姉の24時間を俺にくれたら嬉しい。
俺は…俺の一生を…ゆき姉に…あげる。」
そう言って健人は、雪見に柔らかな唇を重ねた。
何度も何度も軽やかに重ねては離し、重ねては離しして、最後に力一杯抱きしめながら
長い長いキスをした。
パチパチパチ♪
「さすが日本の人気俳優さんですね!素敵なシーンを見させてもらいました。」
「え…!?」
しまったぁ!すっかりこの人の存在を忘れてたぁぁぁー!
「多分あなたは日本人で一番綺麗なキスをする男性だ。
もしあなたがハリウッドで成功する日がきたら、真っ先に私があなたの
熱烈なファンになることでしょう。
その日が来るのを今から楽しみにしています。
さぁそろそろバルコニーを締めて、この猫ちゃん達を放してあげてはいかが?」
「ヤバッ!すっかり忘れてたぁー!」
ご主人様のラブシーンのお陰で、予定時刻を大幅に遅れて解き放たれた二匹は
さっそく新しい我が家の探検に出かけて行った。
優秀なコンシェルジュも一礼して部屋を出て行ったあとは、約束通り
今朝の続きが待ってることだろう。
記念すべきNY1日目は、大きなベッドからスタートを切る。