ドタバタNY上陸!
「ねぇ。二人きりで並んで座るのって初めてだよね?
なんかさぁ…新婚旅行に行くカップルみたいじゃない?えへっ♪
機内食楽しみだなぁ!ワインも美味しいだろうなぁ〜♪
飛行機ってワクワクするよね!離陸の瞬間がジェットコースターみたいだしさ。
あーディズニーランドとか行きたいなーっ!
絶叫マシン、いっぱい乗りたーい!健人くんも好きだよね?絶叫系!
でもそんな時間ないよね…?健人くんの学校、忙しいよね?」
離陸前の機内は、遊園地のアトラクションに並んでるかのごとく高揚感に溢れてる。
その片棒を担ぐのは、もちろん雪見。
まるで修学旅行に出かける女子高生のごとく、キャッキャと落ち着きがない。
いつもはそれを「もうちょっと静かにしてくれる?」とたしなめる健人だったが
今日は雪見が本当に楽しそうに笑ってるのが嬉しくて可愛くて、肘掛けに頬杖ついて
顔をジィーッと眺めてた。
「な、なにっ?顔になんかついてる!?」
「いや、俺のSPさんが、ずいぶん楽しそうだなーって。」
健人が笑いながら言うと、雪見はハッとした顔で口を両手で押さえた。
「ごめんっ!私、ついはしゃいじゃって!誰かに…バレちゃった?」
「いやいやいや、もうとっくにバレてるでしょー(笑)
でも気にしなくていいよ。今日からそんなの気にしない気にしない!
新婚旅行に行くカップルみたいじゃなくて、ほんとにそうなんだから。」
にっこり笑った健人がそっと手を伸ばし、窓側に座る雪見の右手を握る。
その左手薬指には、健人が初めて雪見にプレゼントするためにお揃いで作った
『YUKIMI LOVE』と刻まれた思い出のリングが、しっかりとはめられていた。
もちろん雪見の薬指にも、お守りのようにいつだって『KENTO LOVE』リングは輝いてる。
「ねぇっ!そー言えば結婚指輪って持って来たよね?」
「え?」
4月7日(木)現地時間午前10時45分。
12時間45分のフライトを終え、やっとジョン・F・ケネディ国際空港に着陸。
時差は13時間。日本の方が13時間進んでる。
よって日本を飛び立ったのが4月7日の午前11時なのに、タイムマシンに乗って
まるで逆戻りしたかのよう。
時間は掛かったが無事手続きを済ませ、めめとラッキーを受け取り感動の対面を果たす。
「二人とも、いい子にしてたんだねっ!良かったぁー!
さ、早く新しいお家へ行こう!あと少しだけ、いい子にしてるんだよ。
着いたらすぐに出してあげるから♪」
雪見と健人は猫の入ったバッグを一つずつ持ち、その他にも大きなキャリーケースを押してる。
こんな大荷物じゃ、タクシーに乗るしかない。
二人は忘れ物がないか何度も周りを確認し、「よしっ!」と外へ出た。
身体のあちこちは痛いが、存分に飲んだワインのお陰で睡眠不足は解消し雪見は気分爽快。
「う〜ん!着いたぁ〜♪」と大きく伸びをして深呼吸。これからの新生活に心躍らせた。
が、一方の健人はと言うと…。
「…にしても、なーんであんな大事なもの忘れちゃうんだよ、俺っ!
ばっかじゃねーの!マジ腹立つわー!ほんっとゴメン!はぁぁぁ…。」
そう!溜め息ついてるこの人が、結婚指輪を忘れた張本人。
十日後に挙げる二人きりの簡素な挙式で、指輪の交換と婚姻届の署名捺印は
メインイベントとも言える重要な儀式。
なのに、肝心の指輪を大事に大事に仕舞い込み過ぎて忘れてくるという、
らしからぬ大失態をやらかしてしまった。
健人の落ち込みようときたら、それはそれはハンパなかった。
飛行機の中でも雪見に謝り通しだったし、あんなに楽しみにしてた食事とワインも
溜め息つきながらじゃ美味いもへったくれもなかっただろう。可哀想に。
その責任感と完璧主義のお陰で、この失態は自分じゃ許し難いらしい。
「ほんとにもういいんだって!なに一人で落ち込んでんの?
確かめなかった私も悪かったんだってばぁ!
私はなーんとも思ってないんだよ?今してる指輪でいいじゃん!
指輪を盗まれたわけじゃないし、家に帰ったらちゃんとあるんだからさ。
健人くん、言ってたくせに!ゆき姉さえいればいいって(笑)
私がここにいるんだからいいでしょ?
それに私はこっちの方が、むしろ思い入れがあって好きだな〜♪」
雪見は左手を高く掲げ、ニューヨークの太陽にかざしてみた。
指輪がキラキラ輝いてる。二人の未来のように眩しく美しく。
そしてこの手のひらの向こうの太陽が、けさ日本で見てきた夜明けの朝陽と同じだなんて
なんだか少し不思議な気がする。
でも、知らない土地で偶然出会った同郷の人みたいでホッとした。
また会えたね、太陽さん。今朝の私達を知ってるのはあなただけ。
私達もあなたが日本で綺麗な朝陽だったこと、知ってるよ。
今日からしばらく、ここでお世話になります。
どうか私達のこと、よろしくねっ!
雪見はにっこり微笑んで左手を下ろし健人を見た。
「さぁ、行こっか!めめ達を早く出してあげよう。どんなアパートかワクワクするぅ♪
あ、あそこがタクシー乗り場だ!こっちじゃイエローキャブに乗らないと危ないからねー。」
そう言いながら荷物を再び両手に持ち、歩き出そうとした時だった。
「タクシーに乗るんだろ?」
後ろから片言の日本語で、にこやかに声を掛けられた。
しまった!白タクの客引きだ!
「No Thank You♪」
雪見はトラブルにならないよう笑顔で丁重に断った。だが…。
「お前、今、手を挙げただろう!タクシー呼んだよな?
だからわざわざ来てやったんだ!さぁ乗ってもらおうか!」
その小太りな男は、どこか訛りのある英語で笑顔から一転怖い顔してまくし立て、
雪見のトランクを強引に運ぼうと手を掛けた。
一瞬、足がすくむ。
健人が何かを英語で言おうとしてるのだが「Stop!」しか出てこないで慌ててる。
そのこわばった顔を見て、雪見の背中のスイッチが0Nになった!
「ちょっとぉ!いい加減にしなさいよ!大人しい日本人だと思ってなめんじゃないわよ!
よくも記念すべき第一歩に泥を塗ってくれたわねっ!
あんたのそのツラ、一生忘れないから覚えておきなさいっ!」
雪見は仁王立ちになり、流暢な英語で早口にまくし立てた。
それもかなりのオーバーアクション、ハリウッド女優も顔負けの凄みと迫力で。
男は、可愛い小さな女の子(嬉しいことにそう見えてるはず)の豹変に目をまん丸くし、
思いの外あっさりとトランクから手を離した。
「I accept your apology!(分かればよろしい!)
さ、健人くん、行こ行こっ♪なんかお腹も空いちゃった(笑)」
「あ…う、うん!俺、ラッキーも持ってやるよ!」
「ありがと♪♪」
こうして二人の米国留学はやっと今、スタートを切った。
イエローキャブに乗り込み行き先を告げた後、素晴らしい活躍を果たした可愛いSPに
健人からご褒美の熱いKISSが真っ先に贈られたのは言うまでもない。