最後のプレゼント
「と、とうまぁあ!?」
「なんでぇ!?なんで当麻くんがそんなカッコして、ここにいるの!?
てゆーか、いつから…いたの?」
「え?俺?『私も外人さんになっちゃった。えへへっ♪』の少し前からかなぁ?」
「あははっ!そうなんだ…。」
当麻は平然と答えたが、店のスタッフならまだしも当麻に目撃されるなんて!
雪見は恥ずかしさを笑って誤魔化した。
「で、そのカッコは何?みずきとここで働き出したとか!?」
健人も、キスに関して突っ込まれる前に話題を変えようと焦ってる。
「んなわけ、あるかーっ!撮影だよ、撮影っ!
みずきが、うちの事務所に移籍して初めての写真集を出すわけ。
で、その撮影を朝からここでやってんのっ!」
「なるほど。この店、うちの事務所の物になっちゃったもんな…。
あ、そんでみずきが忙しいから当麻が店を手伝ってるんだ。お疲れっ!」
「なんでやねんっ!どーしても俺をここで働かせたい?
執事役で写真集にスペシャルサンクスしてんのっ!
どーよ!イケてると思わね?自分じゃこのカッコ、相当気に入ってんだけど。」
当麻はご満悦である。どうやら先程目撃したキスシーンも頭から消え去った様子。
健人と雪見はさりげなく目を見合わせ、ホッと胸を撫で下ろした。
「ヤベッ!そんなことより、早く二人を連れて来いって言われてたんだ!
俺が1個持ってやるからついて来て!」
「えっ?連れて来いって…誰を?私達、猫を預かってもらいに来ただけなんだけど…。
え?ねぇ!どこ行くの?ちょっと待って!
えーっ!執事のくせにバッグ1個しか持ってくんないのぉ〜!?」
「だーかーらっ!俺はここの執事じゃねえっつーのっ!いーから急げ〜!」
当麻はキャリーバッグ1個をサッと手にしたと思ったら、雪見の質問にも振り向きもせず
早歩きで店の奥へと足を進めた。
二人は何が何だかサッパリわからず。
とにかく残りの猫たちを連れ、当麻の後ろを追いかけるより仕方ない。
「ねぇ!まだ撮影の途中なんでしょ?当麻くんは戻っていいよ。
猫の部屋は通りがかりのスタッフさんに聞くから。」
何度も通ったことのある長いトンネルを、当麻はなぜか無言でひたすら歩く。
こうなったら当麻の手から、猫をふんだくってやろうかと思ったが
なんせ両手のキャリーバッグの重さが歩みを遅くした。
「当麻、ちょっと待てよっ!…え?な、なんだ!?」
「うそっ!な、なにっ?」
トンネルを抜けた当麻にやっと追いついた健人と雪見。
しかしそこに待ち受けてたのは、この店に有るはずのない空間と思いがけない人達だった。
「よぉ!やっと到着したか!待ちくたびれたぞ。」
小野寺常務と今野さんが、どうしてここに?みずきの撮影を見に来たの?
「雪見ちゃん、久しぶりっ!あらま、今日は一段と変身し甲斐のある格好ね(笑)
でも私達に任せといてっ♪」
『ヴィーナス』スタイリストの牧田さんに、ヘアメイクの進藤さんも!
なんで?みずきの写真集って『ヴィーナス』とのタイアップなのかな?
「雪見ちゃん!今日はビシバシ撮らせてもらうからねっ!健人くんもヨロシクっ!」
わぁ!カメラマンの阿部さんまでいる!久しぶりだなぁー。
…って、え?今、ビシバシ撮らせてもらうからねって言った?…何を?
それにこれって、どう見ても教会のセット…だよね?
「どーゆーこと?」
健人と雪見は、いまだ重たいバッグを両手にポカンと突っ立ってる。
そこへ隣室のドアが開いて、純白ウエディングドレス姿のみずきと、
タキシードに急いで着替えたであろう当麻が、みずき専属ヘアメイクさんと共に
ゆっくりと現れた。
「おぉぉ!」
撮影スタッフたちがどよめき、大きな拍手が湧き起こる。
「みずき、めっちゃ綺麗…!!お人形さんみたい!
そっか、結婚記念の写真集でもあるんだね!素敵だよ、とっても!」
目を潤ませ、いつまでも見とれる雪見の前に、そのお人形が立ち止まる。
「さぁ、次はゆき姉が着替えてきてねっ♪」
「…え?」
にっこり微笑んだみずきの言葉を合図に、二人をヘアメイクスタッフ達が取り囲む。
「ちょ、ちょっと何なんですかっ!?常務ーっ!どーいうことですかぁ〜!?」
「えーっ!?まさかの仕事ぉ〜?俺ら今日からオフじゃね?」
それから40分。
当麻とみずきの撮影がまだ続いてる中、隣室のドアが再び静かに開いた。
中から出てきたのは、何ともまるで王子様のような麗しきタキシード姿の健人と、
どこかの国の王女みたいなウエディングドレス姿の雪見である。
健人にエスコートされて恥ずかしげに微笑む雪見に一瞬時が止まり、みんなが見とれた。
「やだ、そんなに見ないで下さい。心の準備がまだ出来てないから…。」
雪見は、自分に突然もたらされた状況に戸惑いながらも小野寺の前に進み出る。
「あの…。進藤さんからお話聞きました。みずきさんが常務を説得したって…。
私の母に写真を贈るために、皆さんが集まって下さったって…。」
言葉にした途端、その心遣いに涙がポロポロとこぼれ始めた。
「おいおい!せっかく綺麗にしてもらったのに泣くんじゃないよ!
勘違いしなさんな!お袋さんのためだけじゃない。
うちの看板俳優が結婚するってのに、お前たちが写真も撮らないって言うから。
みんなが『それはジョーダンじゃないっ!』て怒って集まったんだぞ!」
怒ってと言いながらも小野寺は笑ってた。
「あ、ドレス姿は神父さまにでも撮ってもらおうと思ってたんですけど…。」
「それはスナップ写真だろっ!?しかも神父さまにって、お前ねぇ(笑)
カメラマンのくせに、なんで自分の写真にはこうも無頓着なんだ?
一生に一度の晴れ姿なんだから、お袋さんにもちゃんとした写真を贈ってやれ!
それが親孝行ってもんだ。健人もだぞっ!」
小野寺が呆れ顔で二人を見たが、その瞳はどこまでも優しい。
「じゃあ撮影を再開するぞーっ!次は2組揃ってのスチールだ!
機会を見てドカーンと公開する、とっておきの一枚だから阿部ちゃん!
最高なのをよろしく頼むよっ!」
「任せといて下さいっ!いやぁ〜こんなの撮せる名誉に指が震えますよ!」
「じゃ、私が代わりましょうか(笑)」
さっき泣いてた雪見が、もう今はケラケラと笑ってる。
その眩しい笑顔は、つい健人を見とれさせた。
「おいっ!健人も当麻も、だらしない顔で自分の嫁さんを見過ぎだっ!」
撮影現場が幸せな笑いで溢れてる。
みずきは、自分の起こした行動が誰にも怪しまれず、上手く事が運んだことに安堵した。
「さぁ、これを早くお母さんに届けてあげて。アメリカに旅立つ前に必ずねっ!」
着替え終わり、猫を無事預けて帰ろうとした時である。
カフェのオフィスで阿部がプリントした写真を、みずきが綺麗なフォトスタンドに納め
「はいっ!」と雪見に差し出した。
それは阿部会心の出来の、健人と雪見の2ショットである。
「みずきも阿部さんも本当にありがとう!母さん、これ見たら病気治っちゃうかも♪
だって実物より十倍は綺麗に写ってるもん!」
「あれ?俺、百倍綺麗に写したつもりだけど?」
「ひどっ!阿部さんっ!これはゆき姉の実物通りですっ!」
「いいから健人も、早くこれ持って行きなさ〜いっ!」
みずきに追い立てられ再び母の病室に立ち寄ると、母は寝息を立てて眠ってた。
起こさぬよう静かにベッドサイドに写真を飾り、二人はニコッと笑い合う。
そして寝顔に向かって小声で「行って来ます!」と頭を下げ病室を後にした。
息をしてる母の寝顔が見納めになることは、みずきだけが知っている…。