表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
355/443

神様さえも近付けない二人

「健人くんっ!!どーしたのっ!?まだ撮影中のはずでしょ?」


突然目の前に現れた健人に、雪見は驚きながらも嬉しくて顔がほころぶ。

それは健人も同じで、弾んだ息を整えながら雪見を見つめる大きな瞳は

まるで何年も離ればなれの恋人に、今やっと再会できたかのような喜びに溢れていた。


「だってゆき姉、さっき俺に会いに来たよね?あのカフェに。

だから最速で仕事終わらせて飛んできた。」


「あ…!やっぱ…バレてたっ?」


バツ悪そうに照れ笑いし、肩をすくめた雪見が可愛くて愛おしくて。

なのに色気を感じてドキリとした。


今すぐ抱きしめてキスしたい…。


いや、それよりすぐさま雪見の手を引いてここを立ち去り、一番こころ安らぐ

自宅のベッドで、再び愛を交わしたかった。

こんなにも大好きな気持ちを、今はどうすればよいのだろう…。


ここに誰も居なければ…。常務と今野さんさえ居なければ…。

って…え?「マ、マサトさんっ!!なんでここにいるんですかーっ!?」


「遅っ!お前、まさか今頃俺の存在に気付いたわけっ!?

てか健人って、彼女といる時いっつもそんな顔してんの?

見てるこっちの方が恥ずかしくなったわ!」


「うっそ!そんな顔って、どんな顔ですかっ!?」


健人はしまった!と思った。

申し訳ないが本当に雅人は視界に入ってなかった。ここに居ること自体、想定外だ。

小野寺と今野に関しては、もはや何も気を遣わなくていい存在。

だが、雅人の前では無防備な自分を極力見せてはいけなかった。

なぜなら…ラジオのネタにされるからだ!


「いや、いい。教えなーい!

今をときめく斉藤健人のあんな顔、もったいなくて教えらんない!」


「マジ勘弁して下さいよー!!絶対ラジオのネタにするつもりでしょ!?

今度おごりますからぁ!」


「お前さぁー。生きてんだろっ?」


「えっ?」


突然まじめな顔で言った雅人を、やっぱ格好いい人と思った。

この人のカリスマ性は、こんなとこから来るんだ、と…。


「フツーに生きてんだろっ?

だったら色んな感情持って当たり前だし、感情に見合った顔して当たり前じゃん。

それが人間ってもんだろ?」


「まぁ…。」


「だったらもっと堂々としてろよ。彼女が好きなら好きで、堂々としてろっ!」


その言葉は意外と衝撃的だった。

自分の立場上、こと恋愛に関しては堂々としてはいけないと思い込んでいた。

だが雅人の言うことは、いちいちもっともで、話しをさせてもらうといつも

「なるほどっ。そーゆーことか。」とスッと心に落ちる説得力があった。


だけど…ネタにはされちゃうんだよなーいつか(笑)。

でも雅人さんなら許せるんだ。

ネタにしつつもちゃんとフォローしてくれて、みんなを納得させてくれる。

俺にとっては神様みたいな人。

よくよく考えたら、こんな雲の上にいるような人に気に掛けてもらえるって

めちゃ奇跡みたいに、すっげーことだよなっ…。


「いやー、でも興味ある!君ら二人の恋愛にガゼン興味あるっ!!

ってーことで、今夜は飲みに行こう!二人の壮行会をしちゃる!!

あ、健人さっき俺におごるって言ったよね?」


「え?ええーっ!?」




「ごめん、こんなことになっちゃって…。嫌じゃない?」


「嫌なんかじゃないよ。ただ緊張してるだけ…。

はぁぁ…どうしよう。きっと私、何にも話せないよ。緊張するー!」


午後8時。雅人の仕事終わりを待って二人でタクシーに乗り込む。

行き先は、何度か連れられて健人も行ったことのある雅人行きつけの居酒屋。

決してお洒落でも今風でもない、焼き鳥の匂いが染み込んだ古びた店。

だけど身体中の力が抜けてホッと出来る、居心地の良い店だった。


「こんばんは!」


少しベタつく縄のれんをくぐると、仕事帰りのおじさん達がすでに上機嫌で飲んでいる。

誰も入り口を気に留めるでもなく、一人で美味そうにコップ酒をちびりと飲んだり

会社の同僚と思われる少々くたびれた者同士が、愚痴をこぼしながらも

楽しそうに笑ってジョッキを傾けていた。


「雅人さん、来てますか?」

カウンターの向こうで汗だくで焼き鳥を焼いてる店主に、健人がぺこりと頭を下げる。


「あぁ、いらっしゃい!電話もらってるよー。

ちょっと遅れるけど急いで行くから、先にやっててくれってさ。

兄さん、奥の小上がり入ったことあるよね?

あそこ取っておいたから入ってて。食いもんはお任せでいいね?

あ、綺麗なお嬢さん。ビールでいいかい?」


「あ、はいっ♪」


『綺麗なお嬢さん』に気を良くしたわけでは決してないが、店の雑多な雰囲気と

60過ぎと思われる店主の、ピカピカ光る禿げ頭に日本手ぬぐい鉢巻き姿が

雪見のツボを刺激して、大いにニコニコしてしまった。


その笑顔を見て、やっと健人も安心する。

これならマサトさんが来ても大丈夫そうだ、と…。


その小上がりは『どんべい』を思い出させた。

こぢんまりしてて妙に落ち着く。

最近はお洒落なフレンチレストランでワインよりも、こんな場所が心地良い。


あれっ?それって私のオヤジ化ってこと?

やばい?いや大丈夫だよね。

だってあの天下の福原雅人でさえ、こんな店が行きつけなんだもの。


無理矢理自分を正当化してる自分に笑えてきた。

ビールをゴクゴク飲み干し、ひとり笑いを誤魔化す。

だが健人はその隣で、なぜか時計を気にしてた。


「どうしたの?さっきから時計ばっか見て。しかもまだ1杯目も飲んでないしー。」


「ゆき姉はマサトさん来る前にピッチ早すぎだよ!もう3杯目じゃん。

それじゃ来た時には出来上がっちゃう。」


「だって…緊張ほぐすためには飲むしかないんだもん…。」

そう言って溜め息をついた雪見の色っぽい横顔!


ヤ、ヤバイッ!カ、カラダガカッテニハンノウスル…


ちょっと待てっ!俺もヤバイが、マサトさんはもっとヤバイっ!!

色っぽいおねーさん、大好物でしょーっ!!!


「あ、あのさぁ、ゆき姉…。今日は帰らないっ?マサトさん、きっと遅いよ。

俺らも荷造り残ってるし、第一忙しいマサトさんに悪い。

俺たちのために時間やり繰りして壮行会だなんて。それに…。」


「それに…?」


横から身体と顔をグイと近づけ、首を傾げて瞳をのぞき込んだ雪見に

健人はとうとうノックアウト!

たまらずキスして白状した。


「マサトさんに…とられたらヤダ!」


「えっ…!?」

今度は雪見がノックアウトされた。


捨てられた子犬みたいに瞳をウルウルさせて、そんなセリフは反則でしょ!

どうしてくれるの、このドキドキ!可愛くて可愛くて、どうしよう!


「ねぇ…帰ろっか。」



かくして神様みたいな存在であっても、愛のてっぺんにいる二人には

近付けないという事実。

それを、年季の入ったテーブルに置かれた紙切れ一枚で思い知らされた神様は、

今頃意味のわからぬこの状況に苦笑いしてる頃だろう。


『めめとラッキーがお腹を空かせてるので帰ります。』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ