身と心の完全なる絆
「もうダメッ…健人くん…。朝からヤダぁ…こんなの…。
はぁぁ…もう我慢出来ない…。」
雪見と健人は、朝陽の差し込むキッチンにいた。
二人、身体を寄せ合って…
…朝食を作ってる。
「お願い…そこっ…!
そこのカゴに入ってる頭痛薬取ってぇ!もう頭痛くって我慢の限界っ!」
「なに今のお色気バージョン!襲いたくなるでしょ。」
健人は雪見に指示された通り、レタスの葉を千切っては冷水に浸してる。
なのに雪見を濡れた手で、後ろからギューッ!と抱き締めた。
「冷たっ!だーめっ!今、手が離せないのっ!お願いだからお薬取ってよ!
離してぇ!目玉焼きが焦げちゃうでしょ!」
「やーだよー!取ってやんない!だって今『健人くん』って言ったじゃん!
ここには『健人くん』なんて人はいませーん!」
「なにその屁理屈ー!じゃあ私に抱き付いてんのは誰なのよーっ!
もう、健人くんが私にあんなに飲ませるから二日酔いになっちゃったんだからねっ!
自分だけ平気な顔して『腹減ったぁ!』って、ズルすぎるー!
いいからお薬早く取って!」
健人が背後にべたっと身体を密着させてるのが判ったが、雪見はかまわず
コンロの火加減を気にしてる。
なんだか今日は気のせいかスキンシップが激しい。
まぁ、彼女と同居する22歳の健全なる若者の朝とは、世界共通こんなもんかも知れないが。
「ゆき姉が悪いんだよ。昨日あんなに色っぽい顔するから…。
俺もう、ゆき姉から離れられなくなったんだけど。どうしてくれんのさ。
ねぇ…あんな夜を過ごしたんだから、今日から『健人』に昇格してもいんじゃね?」
後ろから抱き締めた手を少し緩めて、健人は雪のように白い雪見の首筋に唇を寄せた。
その柔らかな唇は、うなじから鎖骨辺りまでを隙間なくはいずり回りキスを繰り返す。
雪見はくすぐったくて思わず肩をすくめるのだが、健人は更に抱き締める手を強めて
雪見が逃れることを許さなかった。
見かけに寄らず骨太な健人の右手…。
その指先が、スッと雪見の胸元に差し込まれようとしたその時だった。
我に返った雪見が一瞬の隙をついてクルリと方向転換し、健人に詰め寄った。
「ちょっと待った!今『あんな夜』って言ったの!?どんな夜よ!
私、なんかしたぁ?やだぁ!記憶にないんだけどー!」
「うっそ、マジで!?マジ記憶にないの!?あーんな事やこーんな事もしたのに?
知りたい?ね、知りたい?今日から『健人』って呼ぶんなら教えてあげる♪」
まずいっ!なんかやたらと嬉しそう!これは何か弱みを握られたパターンだ!
なに?あーんな事やこーんな事って!
だから朝からこんなにベタベタしてくんの?
もしかして私、健人くんのイロエロスイッチ、ONにしちゃった?
「いや、いいっ!やめとく!知りたくなーい!言わないでっ!
あーっ!目玉焼き焦げちゃってるー!!」
飲んで記憶をなくす。こんな恐ろしいことがこの世にあるものか!
…と何度体験しても懲りない私。はぁぁ…。
健人が、ふちの焦げたベーコンエッグと自分が作ったと言い張る野菜サラダ(ただ千切っただけ)
トーストとカフェオレの簡単朝食を、美味しそうに上機嫌に頬張る。
その向いで雪見は、やっと頭痛薬にありつきホッと一息付いていた。
「今日は遅くなりそう?私、母さんの様子見に病院行ってくるね。
その後は事務所に寄って、向こうに行ってからの最終打ち合わせしてくるから。
なんか簡単に引き受けちゃったけど、私でマネジャー業務こなせるのかな。
今頃になって心配になってきた…。」
雪見は事務所から、渡米後の健人の通訳や定時連絡業務を任されている。
いくら仕事ではなく、演劇勉強のための個人的短期留学と言えども
この間の2ヶ月が、帰国後の斎藤健人を大きく左右することを充分理解してたので
唯一の同行者である雪見の責任は、軽いはずはなかろうと今更ながら心が震えた。
「なに神妙な顔してんの。仕事じゃないって言ったでしょ。
俺個人として勉強に行くんだから、ゆき姉はただ彼女として一緒にくっついて行く、
ぐらいの気持ちでいいんだよ。
俺のそばにいてくれるだけでいいの。なーんにもしなくていいんだって。」
健人はにっこり微笑んで、不安げな顔の雪見を和ませてくれる。
「俺が腹ぺこで帰って来たら、美味しいご飯を作ってくれればそれでいい。
そんなの、今までもずっとやってくれてた事でしょ?
そんでもってちょっとだけ、俺のわかんない言葉を通訳してくれれば。
俺も結構、頑張って勉強したからねー英語。
やっぱ出来る限りは自分で言葉を受け止めたいし。
けど、どうしたってペラペラとはいかないから、話せるゆき姉がいてくれて
めっちゃ安心してる。怖いもんなしっ!
だからさ、楽しんでこようよ、二人で。絶対毎日が楽しいって!
だーれも俺たちのこと、知らないんだよ?そんな街に二人で暮らせるって天国でしょ!
もう、思いっきりベタベタするもんね!
毎日手ぇ繋いで買い物行って、街中でキスしたって誰も振り向かない。
考えただけでワクワクするでしょ!あー早く行きたくなってきたぁ!」
そう言いながら健人はガタッと立ち上がり、雪見の後ろに回って頬にキス。
そして「おいで。」と雪見の手を引いて立ち上がらせると、ひょいとお姫様抱っこをした。
「行きたくなったのはアメリカじゃなく寝室、ってこと?
ほんっと、しょうがない人!早く準備しないと迎えが来るから。」
「残念ながら大丈夫!雨で撮影スタートを1時間遅らせるって、今さっきメール来た。
俺たちのために降ってくれた雨に感謝しなきゃね。」
「俺たちのため、じゃなくて、俺のためにって訂正して。」
「じゃ、何にもしてやんなーい!」「いじわるーっ!」
二人はキスしながら寝室へと消えてった。
ドアの前では締め出しくらっためめとラッキーが、「にゃーん」と小さく鳴いている。
最近やっと慣れた首輪の鈴も、チリンと鳴った。
二人と二匹の旅立ちは、もうすぐそこだ。