一歩前進の時
結局二人は映画鑑賞をやめにして予定変更。
ベッドの中で裸のまま、おしゃべりを楽しむことにした。
ベッドサイドにワインと軽いつまみを用意し、飲んでは話し、話しては飲み、
今まで話したこともない雪見の恋バナに、健人がやきもち焼いたり
じゃれあったり。
はたまた翔平のドジ話や当麻の舞台の話など、
それはそれは上機嫌に酔いながら語り合った。
気付けばすでに午前1時。ベッドサイドには赤白2本の空き瓶が。
「こんなにおしゃべりしたのって久しぶりだよねっ!
ツアー前からずっと忙しかったもん。
ベッドに入ったら毎日バタンキューでさ、
ぜんぜん健人くんとおしゃべりした記憶がない!」
「ほんっと!あの頃は全然ゆき姉にかまってもらえなかった(笑)」
「だから今日は、いーっぱいかまってあげてるでしょ?」
笑いながら雪見は健人の頬にキスをする。
すると健人は雪見を捕まえ、強引にくちづけた。
「もっと…かまって欲しい…。」
雪見の目を、潤んだ大きな瞳がジッと見つめる。
口角のキュッと上がった健人の唇から、吐息のような言葉が漏れた。
しばし妖艶な沈黙の後、雪見がクスッと笑う。
健人の形良い唇を人差指でなぞり、そのままその指先は喉仏から鎖骨、
身体の中心線をツーッと下に降りた。
「しょうがない人。どうなっても知らないから…。」
真剣な目で訴えた健人の願いは聞き入れられ、雪見からの熱いキスを合図に
二人は再びベッドの海へと、深く深く沈んでいった。
酒の行き渡った頭と身体は羞恥心を取り除き、本能だけを剥き出しにする。
お互いを求め合う欲求に際限はなく、昼間とは異なる淫らな男女がそこにいた。
酒とは、普段どうしても取り外すことの出来ない最後の一枚の仮面を、
あるところを境にして事も無げに外してしまう。
健人からは『男は常に女をリードするもの』という格好良い男のルールを。
雪見からは『女は常に淑女であれ』という貞操観念にも似た女のルールを。
それらが剥がれ落ち、健人は雪見にされるがままに甘え
雪見は大胆に健人を支配した。
健人に出会うまで、年上男にしか興味が湧かなかった雪見。
一回りも年上女性との恋愛関係など、想像したこともなかった健人。
今この関係の、なんと新鮮で居心地良いことか。
いつまでもいつまでも浸っていたいと、お互いをむさぼり続けた。
「はぁぁ…どうしよう…離れたくない…。ずっとこうしていたい…。
朝も昼も…夜も…。」
雪見とひと繋がりの健人がキスを繰り返しながら、うわごとのように呟く。
「わがまま言わないの…。私はどこへも行かないよ…。
明日も…あさっても…ずっと一緒でしょ…。
もうすぐ…二人だけのとこに…行け…る…。」
それから間もなく二人は、きつく指を絡ませたままエネルギーの昇華を迎え入れ、
そのまま地に叩き付けられるようにして気を失った。
朝6時。ケータイの目覚ましが雪見の耳元で鳴っている。
『え?なに…?もう起きる時間なのぉ?痛ーっ!ヤバ…最悪だぁ…。
また二日酔い…。なんか最近すぐ二日酔いになっちゃう。
年取ると、お酒も弱くなっちゃうのかな…。
…って、ええーっ!何にも着ないで寝ちゃったのぉ?うそーっ!?
またそんなに飲んじゃったってこと!?』
素っ裸の自分に驚き、慌ててベッドサイドに目をやると
赤白一本ずつのワインの空き瓶とグラス、それに缶ビールの空き缶が
3本放置されたままだった。
どうやら食事時と合わせると、昨夜は二人で3本のワインと
3缶のビールを空けたらしい。
『あちゃー!どーりで頭が痛いはずだぁ!しかもなんか喉も痛いし最悪…。』
雪見はまだ隣りで寝てる健人を起こさぬよう、そっとベッドから降り
急いで着替えて空き瓶などを抱え、寝室を後にした。
きっと健人も二日酔いだろうから、固形物の朝食はやめにして水分だけにしよう。
新鮮野菜と果物で作ったフレッシュジュースとカフェオレ、
それと冷たい水を用意してから健人を起こしに行く。
「健人くん、朝だよっ!起きて!健人くんっ!仕事だよっ!」
一向に目覚める気配がない。
寝起きの悪い健人は、無理矢理大声で起こされるのを嫌うので
あくまでも優しくソフトな声で起こすのだが、それだと即効性はゼロ。
なのでこの場合、奥の手を使うしかない。
「健人っ!大好きだよ♪早く起きないとくすぐっちゃうよっ!」
雪見がそーっと布団をはがし、くすぐり体勢に入った時だった。
いきなり健人がガバッと雪見を抱き締め、キスの嵐を浴びせた。
「ゆき姉、今俺のこと『健人!』って呼んだぁ!
やった!今日から俺は『健人』に昇格したんだね!めっちゃ嬉しい!
さー起きよっ!ゆき姉、一緒にシャワーする?」
健人のはしゃぎように茫然とする。
てか、頭に大声がギンギン響く。
てか、二日酔いじゃないの!?
え?あのお酒、ほとんど飲んだのは私ってこと?
今、私そんなこと言ったぁ!?