和尚の予言
「いつでも居るって言ってたから、大丈夫だとは思うけど…。
とにかく行ってみよう。今日会えなかったら、もう無理だもん。」
「うん!俺も色々占ってもらいたいっ!めっちゃ楽しみ♪」
「ちがーう!占い師さんじゃないからねっ!
何でもお見通しなんだから、変なこと考えてるとバレちゃうよ!」
「うそっ!?やっべ!さっきまで考えてたことバレちゃう?キスの続きとか!」
日本を旅立つ日まであと4日。
健人は前日まで仕事があり、雪見も渡米準備に追われてる。
これが本当に最後のチャンスだった。
寺の境内入り口付近に車を止め、そこからはザクザクと玉砂利を進んで行く。
ヒールのある靴では歩きづらいなと思ってると、健人がサッと手を繋いでくれた。
「ありがと♪ねぇ私達、お参りに来た夫婦に見えるかなぁ?」
「見える見える!二人とも法事帰りの格好だもん。ちぃばあちゃん、グッジョブ!」
顔を見合わせて笑った。こんな場所で嬉しくなるのは不謹慎だろうが
雪見と健人は束の間のデート気分である。
二人揃って人気者になってしまった今、大手を振って街中をデートすることは叶わない。
そんな不自由な恋人同士にとって、ここは別天地に見えた。
大都会にありながら、うっそうと茂る大木たちが二人の周りをぐるりと取り囲み
誰にも見つからない秘密のデートコースを歩いてるようだった。
実際すれ違ったのも二組の老夫婦だけ。
いずれも健人らを気にも留めず、穏やかな顔をして通り過ぎた。
「このお寺って、ずいぶん大きいんだね。
奥の方にお墓が見えるよ。きっとみんな墓参りの帰りだよ。」
「ほんとだ!前に来た時はもう暗くなってたから気付かなかった。
けどさぁ、偶然止まったのがここの前って、凄くない?」
「誰かに呼ばれたのかなぁ?あ!きっとキスの神様がまつられてんだよ!
俺が急にチューしたくなったのもそのせいだ!いっぱいすれば御利益あんじゃね?」
「違うよ。神様が奉られてんのは神社でしょ?ここはお寺っ!
ちょーっとぉ!ダメだってば、こんなとこで。バチが当たっても知らないからっ!」
周りに誰も居ないのをいいことに、健人が悪ふざけして唇をとがらせキスを迫る。
雪見は「やだやだーっ!」と笑いながら顔をそむけてると突然、後ろから声がした。
「そこのお二人さん!ずいぶんと楽しそうね。写真に撮っちゃうよー!」
「えっ!?」
心臓が止まりそうだった。しまった!と思った。
浮かれすぎを後悔しながら、二人揃って恐る恐る振り返ると…。
なんとそこに立っていたのは、笑いながら花束を抱えるみずきであった。
「やっほー!こんなとこで会うなんてビックリ!
けど、おっしいなぁ!もうちょっとでキスシーン目撃出来たのに。
声掛けるのが早過ぎちゃった!」
「おどかすなって!マジ心臓止まるかと思ったわ、まったく!」
健人が、はぁぁ…とため息をつきながら胸をなで下ろす。
雪見は思いがけないところで会ったのが嬉しくて嬉しくて
キャーキャー言いながらみずきに走り寄り、ピョンと抱き付いた。
「みずきこそどうしたの!?花束持って。誰かの…お墓参り?」
「そう!ここに父のお墓があるのよ。菩提寺なの。
こないだの月命日に来られなかったから、今日お参りに来たってわけ。
あ…私、話したことあったっけ?父があの猫かふぇ始めたのって
このお寺に捨てられる猫を救済するのが最初の目的だったのよ。」
「うそっ!そうだったの!?知らなかった…。なんか凄い偶然が重なりすぎてて驚くな。」
雪見は今日この寺を訪れた経緯を説明した。
するとみずきは「なるほどねぇ。」とうなずきながらニコッと微笑んだ。
「あ、和尚さまがお待ちかねよ!私は父さんが待ってるから行くねっ。じゃあまた!」
そう言えば住職もみずきも、同じような能力を持っている。
そこに吸い寄せられるように関わる私も、何か関係あるのだろうか…?
確かにみずきが言った通り、住職はこの前と同じ本堂前で待っていた。
ニコニコと出迎えた住職に対し健人は緊張の面持ちで「初めまして。」と頭を下げる。
「何でもお見通しなんだから。」と言うさっきの雪見の言葉が頭をよぎり
目を合わせるのに勇気がいった。
「よぅいらっしゃったな、斎藤くん。
ほぅ!どうやら今日は宇都宮さんが呼んで下さったようじゃ。
チュウの神様はまつっておらんぞ(笑)。
わしは占い師ではないが、君の事は良く見えとるよ。
さぁ時間も無いようだ。早速本堂へ参ろう。」
大きな目を更に大きく見開いて、言葉もなく驚いてる健人が可笑しくて
雪見は長い廊下を歩いているあいだ中、クスクスと笑い続けた。
線香の香りが漂うひんやりとした本堂で、住職と向かい合わせに正坐した二人。
これから何を告げられるのか、心臓が痛いほど早鐘を打つ。
しばし目を閉じてた住職が、ゆっくりと目を開いた。
背筋をピシッと直し、居住まいを正した健人をまずは見る。
雪見も住職が何を健人に告げるのか、緊張し過ぎて胃が痛くなってきた。
「君は、わしが前に見た通りの若者じゃったよ。素晴らしい才能の持ち主だ。
この先、必ずや成功をおさめるから楽しみにしてなさい。
だが…努力無しの成功など、人生の何の役にも立たん。
才能にあぐらをかかず、常に精進を続ける者の成功だけが自分を幸せにする。
そして…雪見さん。」
「は、はいっ!」
突然振られてビックリした雪見も姿勢を正し、真剣な目を住職に向けた。
「前にわしが言った言葉を覚えておいでかな?」
「はい…。」
どの言葉を指しているのかと、あの時の記憶をフル回転で再生する。
「彼の成功には、君の手助けが必要不可欠なのじゃよ。
陰になり日向になり、彼を支えていかねばならん。
たとえ何があろうとも…じゃ。それだけは忘れてはいけない。わかったね。」
たとえ何があろうとも…。
住職はそう言ったあと、一瞬怖いほどの瞳で私を見据えた。
何が待ってるの?何かが見えてたの?
その先を教えて欲しくて「はい…。」と返事しながらも目で住職に訴える。
だが住職はお見通しであろう雪見の心を見ない振りして、ただ穏やかな瞳を向けるだけ。
「さぁ時間だ、行きなさい。アメリカでの生活を楽しんでおいで。
おぉ、そうだ!留守中、猫かふぇは心配しなくてよろしい。
わしの寺から行った猫達が、しっかり店を守ってくれるであろう。
どういう訳か、魔よけの黒猫と幸福を呼び込む白猫が多いからのぅ。
ちゃんと役目を果たして、雪見さんの帰国を待っとるよ。」
そう言って微笑みを二人に向けた。
これ以上は何も詮索するな、と語るように…。
外へ出ると、日の落ちてきた境内に猫たちが集まってきた。
きっともうすぐご飯の時間なのだろう。
さぁ、健人を送って私も夕飯の準備に取りかかろう。