一周忌の置き土産
「あ、来た来たっ!おかーさーん!お兄ちゃん達、着いたよーっ!」
猫のプリンを抱きながら、人待ち顔で窓の外を眺めてたつぐみの顔が
パッと明るさを増す。
キッチンに立つ母も嬉しそうに微笑みながら、温めておいたカップにコーヒーを注いだ。
打ち上げから3日後の日曜午後2時。
命日より少し早いが、祖母の一周忌法要が健人の実家で執り行われる。
そこになんとか都合をつけ、二人で駆け付けたのだ。
「ただいまー!あー爆睡した。
おぅ、つぐみ!うまいケーキ買ってきたから、ばあちゃんにも上げといて。
よーし、プリンこっち来いっ!元気だったか?
あれ?虎太郎は?コターっ!どこ隠れてるーっ?来ーいっ!」
健人は居間に入ってくるなり背伸びして、ケーキの箱と引き替えに
つぐみからプリンを受け取り、愛しそうに頬ずりをする。
少し遅れて雪見も花かごを抱えて入って来た。
「こんにちはー!お邪魔しまーす。車、あそこに止めて来たけど良かったですか?」
「ゆきちゃん、いらっしゃい!忙しいのにわざわざ来てくれてありがとね!
あ、車はあそこで大丈夫!あとはお坊さんが来るだけだから。
まぁ綺麗なお花!おばあちゃん、喜ぶわ〜♪」
「あ…今日は母が来れなくてごめんなさい!
本人は来たがってたんですけど、ここ何日か調子悪くて…。」
「今朝お母さんからお電話いただいたわ。何も気にすることじゃないのに。
だって実の息子でさえ来られないんだもの。」
健人の母は笑って言ったが、それとは逆に健人は一瞬顔を曇らせた。
「父さん、また帰って来れないのかよ…。」
「仕方ないでしょ。お父さんも忙しいのよ。ほら、新年度に入ったばかりだから。
人事異動なんかもあって、バタバタしてるんでしょ。
どうせ一周忌って言っても、おばあちゃんの遺言通りお経あげてもらうだけだし。
それにあんたも、すぐ戻らなきゃなんないんでしょ?
二人とも忙しいんだから無理して来なくても良かったのに。」
「そうはいかんでしょ!
線香の一つもあげてからアメリカ行かないと、向こうでバチ当たったらどうすんの。」
「なに言ってんの!おばあちゃんが孫をそんな目に遭わすわけないでしょ!
さ、いいから雪見ちゃんも座って!カフェオレどうぞ!お土産のケーキも頂いちゃお♪」
「ありがとうございます!でも先にお線香上げさせてもらってもいいですか?」
そうだった!というような顔をして、健人も抱いてたプリンを床に放す。
そして雪見と共に仏壇前に正坐し線香をあげて手を合わせ、大好きだった祖母に
米国での無事と冥福を祈った。
一通りお願い事をしてから目を開けると、隣の雪見はまだ目をつむり
心の対話の真っ最中。その横顔が、何だかとても嬉しかった。
しばらく祖母と二人で話させてやろうとそっと立ち上がり、再び居間に戻った途端
つぐみがグイッと右手を突き出す。
「は?俺と握手したいわけ?サインも欲しい?」
「なーんでお兄ちゃんと握手しなきゃなんないのよ!
あ!でもサインは後でちょうだい。友達に頼まれてたんだった!
…って違うでしょ?お祝いよ!お・い・わ・いっ!
まだお兄ちゃんから大学合格祝い、もらってないもん!」
「そうだっけ?」
「やだぁ〜しらばっくれてる!
いっぱい稼いでんだから、可愛い妹の合格祝いぐらい弾んでもいいでしょ!?」
噛みつかんばかりのつぐみの勢いに、健人は笑いながらSOSを出した。
「ゆきねーっ!こいつどうにかしてー!!」
雪見がニコニコしながら仏壇前を離れ、居間に戻ってくる。
「ごめんね、つぐみちゃん!まだ直接おめでとうって言ってなかったもんね。
本当におめでとう!私は絶対合格するって信じてたよ。
それなのに健人くんはねぇ…めっちゃ心配してた(笑)」
「いやいや、心配するでしょー普通!
ゆき姉の自信がどこから来るのか、さっぱりわからんかった。」
「だって、私と健人くんの妹だよ!大丈夫に決まってんじゃない。」
「えっ…?」
思いがけない言葉が、健人とつぐみの心を同時にキュッと包んだ。
本当に雪見がこの家の一員になる…。俺たちと…家族になるんだ!
改めて溢れる嬉しさに、この兄妹はもちろんその母も顔がほころぶ。
「これ…未来の看護師さんに私達からのお祝い!
選ぶ時間がなかったんだけど、私も健人くんも一目見てこれだ!って思ったから。」
雪見はそう言いながら、つぐみにピンクのリボンが結ばれた長細い箱を手渡す。
「え?うそうそっ!これって…お兄ちゃんと二人で選んでくれたの?
キャー嬉しいっ!ありがとっ!ね、開けてみてもいい?」
パッと満面の笑みに変化したつぐみは、矢継ぎ早に雪見に聞いてリボンを解く。
中に入っていたのは超人気高級ブランドのネックレス。
二重になったハート型ペンダントトップに、小粒ダイヤ3石が埋め込まれてる。
「うそ…こんな高い物もらえないよ。うん、ダメダメっ!もらえない!」
悪い物を見てしまったと言うように、慌ててパタンと箱を閉じたつぐみは
その箱を雪見に突き返してよこした。
「お前ねぇ。今さっき俺に、いっぱい稼いでんだから高い物よこせ!
って言っただろーが!
あ、言っとくけど、これ3年分の誕生プレゼントも兼ねてっから。
ダイヤ一個が一年分だから、あと3年は何も請求すんじゃねーぞ!
いや、大学卒業まで無しだっ!…ったく、お前の誕生石がダイヤなばっかりに
マジ高くついたわ。」
健人が照れ隠しにわざとぼやいてるのがわかったので、雪見はクスッと笑った。
いつも妹を気に掛けてるくせに、ほーんと素直じゃないんだから。
「つぐみちゃん。これはね、私と健人くんからのお守りでもあるんだから受け取って。」
「お守り…って?」
「つぐみちゃんが大学でしっかり学んで、立派な看護師さんになれますように、って。
自分の誕生石を身につけておくとお守りになるのよ。
ダイヤはね、その人の才能を引き出して目標を実現するために強力にサポートしてくれる。
あとね、永遠の絆を守ってくれるんだって。」
「永遠の絆…?」
つぐみが聞き返した途端、健人が慌てて言葉を繰り出した。
「ゆき姉っ!俺のあげたダイヤの指輪、ちゃんと持ってるよね!?」
「えっ…?持ってるに決まってるでしょ。私のデスクの引き出しに…」
「ちゃんと付けといてっ!」
本当は即座に笑って突っ込むべき場面だったに違いない。
だが、あまりにも真剣すぎる兄の顔は冗談とも本気とも判断つかず
突っ込むのを躊躇してしまったことを、つぐみは後で後悔した。
もしかして本当に笑えない状況…じゃないよね…?
つぐみが気付くことを母が気付かぬ訳はない。
しかしその時、玄関のインターホンがふいに鳴った。どうやら僧侶の到着らしい。
図らずも法要の場にふさわしい神妙な顔はすでに出来上がってる。
そして一周忌は滞りなく終了し、健人と雪見はまた風のように去って行った。
この家に、良からぬ不安を置きみやげにして…。