バイバイ『YUKIMI&』お帰り雪見
「あ〜久々に酔ったかなぁ?なんかフワフワしてて気持ちいぃ〜♪
『YUKIMI&』今日までお疲れ〜っ!今までよく頑張ったねぇ!
だーれもヨシヨシしてくんないから、自分でするもんねーだ!」
打ち上げ帰りの午前2時半。
タクシーを拾うために大きな通りまでみんなでブラブラ歩いたが
珍しく今日一番足元がおぼつかないのが雪見だった。
『期間限定アーティスト』と言う畑違いの職業に偶然足を踏み入れ、
戸惑いながらもどうにか成功を収めて解放される安堵感。
明日から元の自分、元のカメラマンに戻れる喜び。
しかしそれと同時に訪れる、猫カフェ再建プロジェクトで担う重責。
にも関わらず、あと一週間で米国へ旅発つ矛盾。
だけど健人のそばで夢の手助けが 出来る心躍る日々。
けれど最近また調子を崩してる母の心配…。
喜びやら不安やら期待やら心配が、入れ替わり立ち替わり訪れる。
そんな自分の中の始末に負えない感情から逃れるため、雪見がいつにも増して
早いピッチで酒を空けた結果、今日一番の酔っぱらいが出来上がった。
三月終わりのまだ寒い街に、真夜中と言えども送別会帰りの人々がたむろする。
その間を雪見が大声を出して歩くのだから、そりゃ当然周りは振り向くだろう。
すると頭ひとつ飛び出してデカい優は否応なしに目に入るし、一緒に居るのが
健人、当麻、翔平、みずきの豪華ラインナップだとしたら、通行人から
悲鳴のひとつも上がるに決まってた。
「シーッ!ゆき姉、ちょっと静かにしてっ!俺らも 目立っちゃうだろっ!」
翔平に雪見が叱られる。
「なによーっ!しんのすけのくせにーっ!」
「誰だよっ!ゆき姉にこんなに飲ませたやつ。全部俺にとばっちりが来るだろーっ!?
はいはい、ゆき姉は頑張ったよ、頑張った!よしよし、いい子いい子!
お前らもやれよー!」
「うん、ゆき姉、頑張ったね!えらいえらいっ!」
「ちがーう!ゆき姉が頑張ったんじゃなくて『YUKIMI&』が頑張ったのっ!」
「めんどくせーっ!!」
街角に翔平の大声と、優や健人らの笑い声が響く。なんだか幸せな気分。
自分たちもその辺にいる送別会帰りの団体と、何も違いがないじゃないか。
そう思ったら、コソコソ歩いてんのが馬鹿くさくなった。
なんで悪いこともしてないのに、俺らだけ目を伏せて歩かなきゃなんないの!?
俺たちだって普通に生きてんだ!仲間とワイワイやって何が悪いっ!
ある意味一般人である雪見は、ともすれば忘れてしまいそうになる普通の幸せを
何気なく気付かせてくれるのだった。
「じゃあねっ!俺はもう出発前には会えないと思うけど…頑張ってこいよ!
こっち帰ってきたら式、挙げるんだろ?俺また幹事やっちゃるから指名してね!」
タクシーに乗り込んだ雪見と健人に、翔平が名残惜しそうに言う。
「うん、頑張ってくる。翔平もドラマの撮影頑張れよ!
けど、もう幹事は頼まない。また目隠しリムジンみたいなの、やりそうだから(笑)
みんなもサンキュねっ!ま、二ヶ月したら戻ってくっから、また遊ぼ!
それまでお互い頑張ろうや!じゃ、おやすみー!」
パタンとタクシーのドアが閉まり、滑るように車が発進する。
「なんか健人…すっごい幸せそうな顔してたよねっ!
やっとゆき姉と結婚できるんだもん…。私まで泣きそうになっちゃった。」
みずきがタクシーのテールランプを、いつまでも潤んだ瞳で見つめてる。
「そうだねっ!あの二人には幸せになってもらいたいよね。
俺も今日ゆき姉に会えて、ほんと良かったよ!
ずっと会いたかったのに、今までタイミングがどうしても合わなかったから。
ありがとな!当麻。俺まで呼んでくれて。」
優が当麻の肩にポンと手を置きながら礼を言うと、横から翔平が口を挟んだ。
「それ、俺のお陰っ!一応事務所の打ち上げって名目で店押さえてもらったから
ほんとは事務所の仲間だけってはずだったんだけどさ。
優がゆき姉に会いたがってたの知ってたから、呼んでやれば?って当麻に頼んだの。
幹事の気配りってやつ?」
「お前も違う事務所だろーっ!?」「あれっ?そうだっけ?」
当麻の翔平へのツッコミに、みんながお腹を抱えて大笑いした。
事務所の垣根を越えて結ばれた友情は、その真ん中で健人が繋いでくれてることを
みんなが認識し感謝している。
「はぁぁ…終わっちゃった…。」
その頃、みんなから遠ざかったタクシーの中では、雪見が健人の肩に頭をもたれかけ
目を閉じて半ば夢の中で呟いてた。
「うん…終わったね。もう今日からゆき姉は浅香雪見に戻ったんだよ。
やっと俺のとこに戻って来たんだ…。」
そう言いながら健人は繋いだ手にギュッと力を込め、反対側の手で雪見の頭をそっと撫でる。
だが雪見はすでにまどろみの中らしく、何の返事も返ってはこない。
雪見と一緒のツアーは楽しかったし、毎日が充実してた。
自信のなかった歌にも雪見が自信を与えてくれたし、何より大好きな人と
同じ場所で同じ感動を味わえた思い出は、一生忘れはしないだろう。
しかし雪見ファンが増えるにつけ、自分の中のモヤモヤも日々増殖、
感情のバランスを保つのが難しくもあった。
『俺って…こんな奴だっけ?』
今まで抱いたことのない感情をクスッと笑いながら、再び雪見の寝顔を覗いてみる。
安心しきった顔で幸せそうに眠ってる、大事な大事な宝物。
健人は可愛いおでこにそっと唇を寄せ「おやすみっ。」と小さく囁いた。
ゆき姉にあの日出会わなかったら…俺は今頃どうしてただろ?
ゆき姉が、ちぃばあちゃんを思い出して線香を上げに来てくれたから。
あの日たまたま俺も時間が空いて、実家に立ち寄ったから…。
やっぱりこれって運命だろっ?そうだよね。
俺とゆき姉はきっと昔から、赤い糸で繋がってたんだよ、絶対に。
あの日に出会うことになってたんだ。
あの日…?そうだっ!もうすぐ、ちぃばあちゃんの一周忌じゃね!?
やっべ!忘れてた!