俺と結婚しろっ!
「あー喉乾いた!ビール飲も!ビール!
しっかし、あいつらおっせーな!とっとと来いってメールしよっか。
せっかくこのハイスコア、自慢しようと思って待ってんのに。」
健人が上機嫌でボウリング場の片隅に置いてある冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出し、
一つを雪見に手渡した。
「サンキュ♪ねぇ、また絶対勝負しようね!今度は私のお願い聞いてもらうよー!」
お疲れ!と乾杯しながら雪見が、不覚にも負けた事を悔しそうに言う。
「いいよ!受けて立っちゃる!てか、ゆき姉のお願いって何よ?
別に今だって聞いてやるのに。言ってみ言ってみ!
この斎藤健人さまが何でも叶えてやるから。
あ…でも結婚したくない!ってのだけは速攻却下だからねっ。」
健人が冗談めかして笑って言ったが、それが冗談ではないことぐらい
表情を見ればすぐわかる。
「そんなんじゃないよーだ。もっと凄いことお願いするもん!」
「だーかーらっ!もっと凄いことってなに?って話!
めっちゃ気になって寝れないっつーの!」
「健人くんの幸せ…。なーんちゃってね!これは神様へのお願いだな。
じゃあ、稼いでる健人くんには新しい車でもおねだりしちゃおっかなーっ♪」
一瞬真顔で言った雪見を、反射的に健人は抱き寄せた。
片手にビールを持ったまま、嬉しいような悲しいような顔をして。
なぜか雪見の言葉が切なくて、強く抱き締めてないと涙が出そうだった。
「なんでそんなこと言うのさ…。俺、幸せに決まってんじゃん。
ゆき姉と毎日一緒にいられるんだよ。大好きな人と暮らしてんだよ。
幸せに決まってんだろーが…。」
嘘ではないが100%ホントでもない。
それが証拠に、口では幸せと言いながら、その幸せがスルリと腕の中から逃げてく恐怖に
腕の力を緩めることが出来ないのだから。
「私ね…いつも健人くんの幸せ、神様に祈ってるんだよ。
どうか健人くんが今日も笑顔でいられますように。
健人くんが悲しい思いや辛い思いをしませんように、って…。
こんなに頑張ってお仕事してるんだもん。それが報われて欲しいって心から願ってる。
大好きだから…。」
健人の腕の中で、雪見はゆっくりと言葉を紡いだ。
自分の願いが神様にも健人にも届きますように、と…。
その言葉が健人の胸にダイレクトに伝わって、どうしても涙が堪えられなかった。
ぽとん、ぽとんと雪見の肩にしずくが落ちる。
「やっべ…。何でいっつも俺を泣かすかな、ゆき姉は…。」
そう言いながらゆっくりと雪見から身体を離し、手の平で涙を拭う。
はぁぁ…と溜息をついた後、まだ潤んだ大きな瞳で真っ直ぐに雪見の目を見つめ、
頭の上にポンと手を置いた。
「俺は…ゆき姉さえそばにいてくれたら、どんなことだって耐えられるって言ったろ?
何回言わせんの。俺の幸せを祈るんなら…ちゃんと俺と結婚しろっ!」
「…うん。」
そううなずく以外に今どんな解答があると言うのだろう。
健人によってすぐにふさがれた唇に、違う答えは与えられなかった。
約束をより完全なるものにしたくて健人は熱いキスを繰り返す。
しかし、それでもなお自分の意志では支配しきれない何かが間に立ちはだかり、
二人の仲を邪魔してるようにも思えた。
心とは裏腹に、もどかしいキスの応酬…。
と、そこへ、ドアの向こうから賑やかな声が近付いてきて、抱き合ってた二人は
慌ててパッと離れる。
間一髪ドアが開き、当麻とみずき、翔平や、みんなの共通の友人で俳優仲間の優が
ドヤドヤとなだれ込んできた。
「あーいたいたぁ!お前ら遊びに行くの早過ぎだっつーの!」
「お、お前らが来るのがおっせーんだよっ!
見てみ!俺が叩き出した今世紀最高の点数!凄くね?
もっと早くに来たらストライクの連続技、目撃できたのにねぇ!」
翔平の言葉に、健人が平静を装いながら大袈裟にはしゃいで見せる。
が、そんな健人を見て、当麻とみずきだけは全てを見透かしたようにクスッと笑った。
「えーっ!?てか、ゆき姉のスコア、途中まで凄くね!?
俺、ゆき姉と勝負したいっ!やろやろっ!!」
「だめーっ!ゆき姉と勝負できんのは俺しかいないのっ!
翔平は優とやればいいじゃん!俺らもう終わったからバスケコート見てくる。
行こっ、ゆき姉!」
「でもぉ…。せっかくみんなと合流したんだから、みんなで遊ぼーよ。
そーだ!バスケの試合で翔平くんチームが勝ったら、ボウリングの相手
してあげてもいいよ。」
自信満々の雪見のひとことで決定したバスケの3on3対決。
みんなでボウリング場を出て、その先にある小さな体育館へとワイワイ移動した。
「ゆき姉ってバスケ部にも入ってたんだ!それも初耳。
俺ってまだまだゆき姉のこと、知らないことだらけなんだな。」
健人が、みずきと並んで前を歩く雪見に話しかける。
が、振り向いてにっこり笑った雪見はこう言った。
「いや、やったことないよ。」 「え?」
またしても天然炸裂の雪見チームはじゃんけんの結果、健人をキャプテンに優と雪見で構成。
一方の翔平チームは当麻をキャプテンにみずきが加わった。
「良かったぁ!オーナー室に着替え置いといて。あんなドレスじゃ遊べないもん。
私ね、こう見えてもバスケは得意!
ハリウッドじゃ休憩時間にみんなで3on3ってよくやるよ♪」
「よっしゃあ!当麻も俺もバスケ部だったもんねー!神チームの誕生だぁ!
へへっ、残念ねー!またボウリング場に逆戻りしなきゃねー!」
翔平の勝利宣言に、負けず嫌いな健人と優は燃えていたが
言い出しっぺの雪見だけはニコニコと、ただ嬉しそうにみんなを見回してる。
足元には、遠くの猫カフェエリアからついてきた白い猫がゴロゴロと喉を鳴らし
身体をすり寄せてた。
ここは幸せがあちこちに散りばめられてる店。
そう、幸せの魔法がかかった『秘密の猫かふぇ』