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手放してはいけないもの

『どうして…そんなこと言うの?』


健人が目をそらさないから、雪見も瞳を見据えて心で聞き返す。

本当はどんな返事を待ってるかなんてわかってる。

でも、行きつ戻りつしていつまで経っても100%には成り切らない

自分の心の有り様もわかってた。


どうして…どうして私の心は素直に喜ばないのだろう。

大好きな人が、こんな真剣な目をしてプロポーズを繰り返すのに…。

どうしたいの、私…。


雪見は沈黙が不自然にならぬよう、ありったけの笑顔をかき集めて笑って見せた。

今はまだ本当の答えが見つからない。

自分が納得する答えに出会うまで、不用意に健人を悲しませたくはない。


「ねぇ、もしかしてもう勝利宣言なの?

しかも一個しかお願い言えないのに、そんなのに使っちゃうの?

いいよ!健人くんが勝ったら百万回でも結婚したげる!

けど私が勝ったら、もっと凄いことお願いしちゃうよ?」


一瞬健人の表情が揺らいだ。

だがそんなことはお構いなしに進まねば。


「えっ…?俺、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。

てか、結婚より凄いお願いってなんだよっ!」


「まだ教えなーい!勝負の前に言ったらつまんないじゃない!

てゆーか、健人くんが負けちゃったら結婚出来ないって、それ作戦?

最初に言っちゃって、私にわざと負けさせるようにし向けたんでしょ?

もう、どんだけ負けず嫌いなんだか。」


「ちょっ!じゃ俺がマジ負けたら結婚出来ないわけぇ!?

やっべ!チョー本気出すっから!手加減しないよ!ハンデもなーし!」


「やっぱ大人げなーい!」


雪見がゲラゲラ笑ってるのを見て、健人も笑いながらボールを構えてレーンに立つ。

真剣に言ったつもりの愛の言葉を、ゲームの景品と勘違いされて苦笑いしたが、

それは雪見が天然なせいであって、本当の結婚は揺るぎないものだと信じてた。


さっきとは別人の顔つきでボールを投げ出すと、乾いた音を響かせて

ストライクを叩き出す。


「よっしゃあ!!本気モードに入ったぞ!絶対負けねー!」


得意満面ガッツポーズをするのだが、次に雪見が軽く投げたボールも

またしても綺麗な弧を描いてストライクゾーンに入り、後ろを振り向いて

得意げにピースした。


「うそだろって!ね、なんで?昔やってたの?」


「昔ってなによー!めっちゃ年寄りみたいでしょ?

でもね、種明かしすると前にスクールに通ってた事がある。

父さんが生きてた頃、よく連れられて近くのボウリング場に通ってたんだよ。」


「それって小学生の頃ってこと?マジか!

そんな前に習ったのに今でもストライク出せるって、凄すぎでしょ!」


「健人くんだってリトルリーグで野球やってて、今でもホームラン打てるでしょ?

同じだよ。基本さえしっかり身につけとけば、幾つになっても出来るのが

ボウリングのいいとこ。

ほら、お年寄り夫婦がマイボールにマイシューズで、止まりそうにゆっくりなんだけど

パタパタパタってピン倒して高得点出してるの見たことない?

私ね、あーいう健康的な老後がいいな。

可愛いお婆ちゃんが若者の隣でストライク出してたら、めちゃ格好良いでしょ!」


目をキラキラさせて語る雪見に、健人が致命的な事を言った。

もちろん深くは考えずに…。


「おっ!いいねいいね!じゃ50年後も俺と勝負だ!」


「50年後?…って健人くんが72歳で、私が…84歳!?

さすがに無理かな、私…。」


「い、いや、じゃ40年後でもいいや。」


「40年後は健人くんが62歳で私が74歳…。30年後は52歳と64歳なんだ。

ふーん…。一番きっついのは健人くん58歳で私が70歳の時かな?

この時はさすがに絶対凹むわ。」


そう言いながら雪見は力なく笑ったが、もうそれ以上は笑い飛ばす気力さえも

生まれてはこなかった。


きっと私の方が先に死ぬ。

何ひとつ家事の出来ない健人くんを一人残して…。


初めてそんな未来までを見通した。

12歳差という変えようのない事実は、自分の中では踏ん切りをつけたつもりだったのに。

自分から振った話題で自ら凹み、健人にさえも気まずい思いをさせてしまった。


やっぱり…無理かな、結婚…。


不穏な空気を察知した健人が慌ててボールを手に取る。

そして絶対の気迫でストライクを連発させては一人で騒ぎまくった。

一方の雪見はと言うと、もはやボウリングに集中出来る心境ではなく、

どうやってもストライクはおろかスペアさえも取れなくなっていた。


気が付けば2ゲームが終了。もちろん勝者は健人である。

その喜びようときたら!


「よっしゃあ!勝ったぞ〜!勝った勝ったぁ!!

しかも人生最高得点まで叩き出しちゃったもんねー!

当麻たち早く来ねーかなぁ。この点数、自慢した過ぎる!!」


健人が全身で喜びを爆発させてるところへ、雪見が意を決したように

小さな声で話しかけた。


「…あのね、健人くん。私やっぱり…」


「無理だよ!俺が勝ったんだ。ゆき姉のお願いなんて聞いてやらない!」


「えっ…?」


健人はすべてを理解してた。雪見が今なにを語ろうとしたのかも。

だが以前とは違い、なぜか悲しい目などしてはいなかった。

むしろ挑戦的な、自信さえ身にまとった瞳で雪見の目を見据えてる。


「俺、今わかったことがある。

絶対手に入れなきゃならないものは、本気で取りに行かなきゃいけないんだって。

周りを気にしたり手加減してる時は、どうでもいいものなんだ。

けど絶対手放しちゃいけないものは、死に物狂いで守らなきゃ。

俺、今回は本気で取りに行くよ。ゆき姉を手放す気なんて更々無いから。」


ニコリともせず、雪見の瞳を射抜くほどの目力で心までも制圧する。

その吸い込まれそうなほどに大きく輝く瞳に雪見は、妖術をかけられたかのように

瞬き一つ出来なかった。


しばし声も出せずに健人を見つめ返す。

すると、フッとどこからともなく聞き覚えのある声が意識の中に聞こえた気がした。


『なぜ…彼の言葉を信じない。』


それは夏美に連れられて行った寺の老住職の声だった。

あの時の気持ちが今蘇る。

するとスッと肩から力が抜け、妖術から抜け出す隙間が出来た。


『あーっ!すっかり忘れてた!健人くんに連れてく約束してたっけ。

住職にも、なるべく早くに来なさい、って言われてたんだった!』


今思い出すはずのない事を思い出した雪見は、そんなこと気にも留めず

にっこり笑って健人に聞いた。


「ねぇ!明日忙しい?時間が空いたら、約束してたお寺に二人で行ってこようか。」


「え…??」


鳩が豆鉄砲食らったような顔して健人が驚いてる。

俺さっき、なに話してたんだっけ…?と。



どうやら妖術使いの勝負は、健人よりも目の前で屈託なく微笑む

つかみ所がないこの人の方が、一枚も二枚も上手のようだ。


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