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不確かな約束

「うわ、すっげ!ボウリング場まであったなんて!どんだけ凄いの、この店。

けど、こんな設備を維持するんじゃ赤字にもなるかな…。」


「あ…!オーナー室に飾ってあった写真って、ここで撮ったんだ!」


洞窟を模したトンネルの向こうに隠し扉があって、そこはたった2レーンだけだが

プライベートボウリング場になっていた。

そう言えば以前雪見がオーナー室を一人で訪れた際、宇都宮と津山が

楽しげに二人並んで写ってる写真が本棚に飾ってあったのを思い出した。

その写真がここで撮られたものだということを、たった今知る。


「きっと宇都宮さんと津山さんの、大事な思い出の場所なのよ。

このお店で無くしていい場所なんて、多分どこにもない…。

このまま丸ごとで引き継がなくちゃ意味が無いんだ…。」


雪見は、自分の担った明日からの任務に改めて責任を感じる。

そして、この店の存続に尽力する事こそ、自分が宇都宮と津山から受けた

恩に報いる唯一の方法だと思い込んでしまった。


うちの事務所はこの店に、いや私に一体いつまで猶予を与えてくれるのだろう…。

私が事務所から契約の延長を言い渡されたのは半年間だけ。

もしその間に結果が出なかった場合、この店に未来はあるの…?


雪見は勝手に最悪のシナリオを思い浮かべてた。事務所は何も明言などしてないのに。

そしてあろう事か自分のニューヨーク行きに、わずかながらの違和感を感じ始めてた。

半年しか猶予はないのに、その内の二ヶ月間も海外なんかに行ってる場合なのか?と…。


雪見の悪い癖。

目の前の事が気になり出すと徐々にその事で頭が一杯になり、それ以外は

どんどん薄れて行ってしまう。

たとえそれが大好きな人との大事な約束であろうとも…。



「…ゆき姉!ゆき姉ってば!なに難しい顔してんの?

みんなが来る前に早く勝負しよ!俺はスタンバイOKなんだけどー。」


健人は靴を履き替え、すでにボールを手にしてレーンの上で待っている。

人目を気にせず二人遊べることが嬉しくて仕方ない様子で。

雪見が何を考えていたかなど知るよしもなく…。


「あ…ごめんごめん!よしっ、勝負しますか!

言っとくけど、やるからには真剣勝負だからねー!わかった?」


「おっ!俺を本気にさせちゃってもいいの?ハンデあげようと思ってたのに。

よしゃ!なんか、めっちゃ燃えてきたぁ〜!」

健人が珍しくはしゃいでる。


そうだね、ほんと久々だもんね、二人で遊ぶの。

ここ何ヶ月もずーっとお互い忙しかったから。

今日はやっと終わったツアーの打ち上げだもんね。よしっ!


少年のように無邪気な健人を見て我に返った雪見は、今夜だけは何も考えずに

頭をからっぽにして遊ぼう!とボールを選びながら考えた。


「ね!ゆき姉とボウリングって、一回もしたことないよね?

俺、結構はまって友達と真夜中に行ってた時期があるよ。だから負けないもんねー!」


「私だって負ける気はないよーだ!そだ!せっかくだからルール決めよ!

2ゲームトータルで勝った人は負けた人に、何かひとつ命令できるってのはどう?」


「おっ、いいねいいねー!随分強気じゃん!受けて立っちゃる!

よしゃ、じゃあ先攻後攻ジャンケン!」


「最初はグー!ジャンケンチョキ!やった!私の勝ちー!

じゃあ私が後攻ねっ。まずは健人くんのお手並み拝見といきますか。いざ勝負!」


健人の第一投目は、さすがに凄い破壊力でピンを弾き飛ばしたが、惜しくも9ピン。

それを見て雪見が後ろで小躍りしてる。


「スペア取れるかな?ガターかな?あれ難しいよねー。うーん、落ちそうだな。」


心理作戦に出た雪見が背後から近付き、健人の耳元でささやく。

くすぐったがりの健人は、わざと雪見が吹きかけた息に身をよじりながら

「やめろー!」と叫びつつ第二投目を投げる。

が、雪見の狙い通り、ピンの横をかすめて無情のガターとなってしまった。


「やったやったぁ♪作戦成功!」


「うっそーっ!?マジでぇ?そんなのありかよぉー!

まぁまぁ、まだ1フレーム目だし、今のはレーンコンディションを見たわけよ!

じゃ次はゆき姉の番だよ。」

健人はまだ余裕の表情で笑っていれた。次に投げる雪見の球を見るまでは。


雪見はボールを構えて真剣にレーンを見つめたかと思うと、スッと静かに

一歩目を踏み出した。

それはまるでプロさながらの綺麗なフォームで、健人が『えっ!?』

と思う間もなく

なんとストライクを叩き出したではないか!


「ウソだろーっ!?なに今のぉ!?すんげぇ球が曲がったしぃ!

まさかゆき姉って、ボウリングもプロだったとか言わないよね?

俺、ひとっこともそんな話、聞いてないけど!?

てか、今のは練習ボールだよね?ね?ここからが本番でしょ?

今のはノーカウントねー!はい、ここからが本番でーす!」


雪見が運動音痴だとばかり思い込んでた健人は、まさか一投たりとも

自分が負けるなどとは夢にも思ってなかったらしく、子供みたいにゴネて

必死に食い下がってくる。

その負けず嫌いで大人げない姿がおかしくて、雪見はお腹を抱えて笑ってた。


「あー笑えるぅ!やだ、お腹いたーい!

今の健人くんの顔思い出したら次はガターかもー!もしかして作戦?」


こんなに屈託なく笑うゆき姉を見たのはいつ以来だろ…。

猫カメラマンから突然アーティストになって、疾風の如く駆け抜けた時間に

いったい笑う時間はどれほどあっただろう。

良く今日まで頑張ったね…。


そう思うと胸がキュンとした。

急に雪見が愛しくてたまらなくなり、健人はスッと椅子から立ち上がると

いきなり雪見を抱き寄せキスをした。


誰が入って来るとも判らないけど、今はとにかく二人きり。

ちょっとのスリルも手伝って高まった二人は、お互いをむさぼるように

キスし抱きすくめる。


しばらくしてやっと落着いた健人は、きつく抱き締めた手を少しゆるめ

雪見の目を見て言ったのだ。


「俺と絶対結婚してね。約束だから…。」



健人は雪見から瞳をそらさずにいた。

雪見から絶対の確信を取り付けるまでは瞬きもしないつもりで。


だが、絶対の…永遠の愛などないことも知っていた。


雪見の愛は…どうなんだろう…。



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