最後の記念写真
「終ったぁ〜!とにかく初日終了!ラスト一日!メチャ腹減ったぁ〜!」
当麻がハイテンションに大声を出しながら、みずきと共に楽屋へと戻ってきた。
ガチャリとドアを開けると、そこには賑やかに談笑する女性達が。
「母さんっ!もう来ちゃったのぉ!?ちょっとは休ませてよー!」
そこに集っていたのは、当麻や健人らの母だった。
目一杯お洒落してきたであろう姿にバックステージパスを首からぶら下げ、
関係者席で揃ってライブを見たあと、スタッフに挨拶回りするために
楽屋で息子達の帰りを今か今かと待ち構えていたのだ。
「キャー帰って来たぁ!お疲れ様っ!我が息子ながら格好良かったよー!
そうだ!二人とも。ほんっとに結婚おめでとう!
まったくこの子ったら、相変わらず報告が突然なんだから。
先に電話をよこしたからまだマシだったけど、じゃなかったらみんなと一緒に驚いて、
大恥かくとこだったじゃない!
でもね、この日が来るのをずーっと待ってたのよ!
みずきさん!今日から当麻のこと、よろしくお願いしますねっ!」
今にも抱き付いて来そうな勢いで当麻の母が向かって来る。
が、当麻は寸での所でひらりと身をかわし、あとの相手をみずきに任せた。
すでに何度も会っている母とみずきは馬が合うようで、お互い手を取り合い
実の仲良し母娘のように楽しげにお喋りし始める。
その光景を当麻は、少しは親孝行ができたかな…と嬉しそうに眺めていた。
「当麻くん!結婚おめでとう。」
「あ、健人のおばさん!お久しぶりです。ご無沙汰してました!」
「いいえ、こちらこそ。いつも健人がお世話になって、ありがとねっ!
なーんにも出来ない子だから、また面倒かけてるでしょ?」
「いや、そんな事ないです。
今はゆき姉がついてるし、俺の出番はパソコン関係くらいに減りました。
あ、噂の二人が帰って来たみたいですよ!」
ドアの向こうに楽しげな声が聞こえてきた。
当麻が健人の母にペコリと頭を下げたあと、その隣に立つ見知らぬ女性にも会釈する。
と、そこへ晴れやかな顔をした二人が入って来た。
「母さんっ!大丈夫だった!?具合悪くない?
そんなとこに立ってないで、早くここに座って!」
母の体調を案じていた雪見が、心配げに駆け寄り椅子を勧めた。
「えっ!?ゆき姉のお母さんだったのぉ?あ、初めまして!三ツ橋当麻です。
いつもゆき姉…いや雪見さんにはお世話になってます!」
当麻がにこやかに初対面の挨拶をする。
「雪見さん…だって。」
「当麻くんの口から、今さら雪見さんなんて言われてもねぇ。なんか気持ち悪っ!」
顔を見合わせて笑う健人と雪見がとても幸せそうだったので、雪見の母も
幸せそうに微笑んだ。
「良かったね、あんた達。あんなに大勢のみなさんが祝福してくれて。
母さんも嬉しくて泣きそうになっちゃった。
でもね…健人くんが結婚話を切り出そうとした時、ほんとはあそこから
こっそり逃げだそうかと思ったのよ。」
「えっ…?」
本気とも冗談ともつかぬ顔で笑ってる母。だが雪見と健人は笑えなかった。
そんなにも心配させてたなんて…ごめん。
「だって、こんなに人気がある健人くんのお嫁さんが雪見だなんて、
きっとファンの皆さんが承知しないと思って…。
でも皆さん、温かい言葉を掛けて下さってホッとした。
やっと少しは安心出来たかな。これで治療にも専念出来そう。
思い残す事は、なーんにも無いや…。」
「な、なに言ってるのよ、母さんっ!」
静かな笑みを浮べてこっちを見た母を、雪見は強く叱責してしまった。
その荒げた声に楽しげな楽屋の空気は一変し、慌てて健人が取り繕った。
「あ…あのさぁ!挨拶回りするなら、そろそろ行こうよ!
あんまり遅くなると常務とか事務所に戻っちゃうし。
母さんも帰りの電車がなくなるだろ?さ、行こ行こ!」
健人が思いきり明るい声で皆を連れ出した。
当麻が先頭を歩き、その後ろをおばさまご一行様がお喋りしながらついて行く。
常務は明日最終日の打ち合わせをするため、関係者控え室に戻ったところだった。
スタッフ誰もが忙しくしてるので、恐縮しながら健人が母たちを簡潔に紹介して歩く。
ともすれば話し好きな当麻の母が、息子に対するお礼を長々と述べようとするが、
それを上手く丸め込んでは次々と挨拶を済ませ、また全員で楽屋へと戻って来た。
「あー終った終った!これで俺の任務は完了!母さんも疲れただろ?
早く帰って休みなよ。じゃーね!今日は来てくれてありがとなっ!」
当麻が母の背中を軽く押し退室を促したので、母は口をとがらせ不満げな顔をする。
そこへみずきが割って入った。
「ねぇねぇ!せっかくの機会だから、みんなで記念写真撮ろうよ!
ここに腕のいいプロカメラマンがいるんだし。ねっ!ゆき姉!」
「おっ!いいね、いいね!さすがみずきっ!ナイスアイディア!
じゃ、みんな集まって〜!」
当麻が声をかけると母たちは「ちょっと待って!」と一斉に化粧直しを始めた。
そのウキウキと嬉しそうな顔ときたら。
「直したって変わんないって!しょーがねーなぁ。早くしてよ!」
笑いながら当麻も鏡に向かって髪を直してる。
雪見がカメラを取り出し準備を始めた所へ、みずきがそっと近づいた。
「見て。ゆき姉のお母さんの嬉しそうな顔!幸せそうに輝いてるよ。
今が…一番輝いてる時かもしれないね。」
「えっ!?」
みずきはそれだけを呟くと、スッと離れて当麻のそばへと行ってしまった。
その言葉が何を意味してるのか…。雪見にはすぐに理解できた。
みずきの不思議な能力は、悲しいくらいに研ぎ澄まされているのだ。
忘れてた…。
母さんの笑顔を撮るために、カメラを持ってきたんだった。
人生最後の時を飾る、素敵な写真を撮るために…。
そう思うと同時に雪見は素早くカメラを手に取り、プロカメラマンの
凛々しい顔つきでシャッターを切り続ける。
一枚でも多く、母の輝いてる笑顔を残したかったから…。
「ゆき姉。俺が写してやるから、健人と一緒にお母さんの隣に並びなよ。」
ファインダーを覗く背後から声がして振り向くと、そこに当麻が立っていた。
柔らかく、だけど少しだけ悲しい目をして…。
「あーっ!なに?その不安げな顔。元高校写真部の腕前を信じなさいっ!」
わざとおどけた当麻の優しさに、目が潤んでしまう。
「綺麗に撮ってくんないと怒るからねっ!プロの目は厳しいんだから。
母さん!当麻くんが私達を撮ってくれるって!」
涙をこらえ母に目をやると、みずきが化粧を直してやってるところだった。
「みずきさんって、プロメイクさんの資格を取ったんですって!
凄いわねぇ!大女優さんなのに。
雪見も、プロのカメラマンだからと言って精進を怠っちゃダメよ!父さんなんか…」
「はいはい!父さんは常に色んな事を勉強してたって言うんでしょ?
もう何百回も聞きましたっ!さ、時間がないから撮って撮って!」
雪見に急かされ、当麻が真剣な表情でシャッターを切り始める。
母を真ん中に挟み健人と共に写った写真は、プロの目から見ても上出来で
後に大きく引き延ばし部屋の壁に飾っておいた。
最後の記念写真として…。