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月と太陽

開演十分前。

サポートメンバーやスタッフと共に組んだ大円陣が、ライブの成功を誓い合う

気合いの入った雄叫びと共に解き放たれ、再びステージ袖には緊張と慌ただしさが戻った。


何度も深呼吸を繰り返す雪見。それを隣で気遣うみずき。

健人と当麻はさすが場数を踏んでるだけあり、クイズを出し合ったりじゃれたりして

緊張感を逃す方法を知っていた。


「ねぇ!ゆき姉とみずきも一緒に考えてよ!健人の出す問題、めっちゃ難し過ぎ!」

当麻が笑いながら側らの二人に助けを求める。

だが健人は、雪見がまったく笑顔を見せない事に気付くとスッと近付き、

肩にぽんと手を乗せた。


「大丈夫?」


「うん、大丈夫…だと思う。歌い出せば緊張なんてすぐ解けるんだけど…。」


雪見は終始うつむいたまま、顔も上げずに小さな声で呟いた。

しかし、緊張するのも無理はない。

なぜなら、今日のライブは歌以外にも重要な事が待っていた。


リハーサルにはない項目が、先ほど急遽追加されたのだ。

それは…ファンに向けての結婚宣言だった。


当麻とみずきは今日入籍した事をファンに報告。

健人と雪見は来月渡米し、6月にニューヨークで挙式する事を当人達の口から

直接みんなに伝えるのだ。


マスコミに発表した以上、これは動かしようのない決定事項。

ならば外部から耳に入るよりも先に直接ファンに報告しなければ、

騒ぎはさらに拡大してしまうだろうという事務所サイドの見解だった。

なのでマスコミには一切の報道を、明日早朝5時から解禁する旨の紳士協定を結んでもらい、

まずは今日来てくれたファンに報告。

その他のファンに向けてはライブ終了と同時に、健人、当麻それぞれの公式サイトから

連名の結婚報告をする手はずが整っていた。


そして明日の朝には、マスコミによって大々的に発表されるだろう。

どこの局のワイドショーも、この二組のビッグカップルの電撃発表に

早朝から大賑わいになるはずだ。


自分らで決断し事務所の承諾を得、全面的なバックアップを受けるにしても、

この発表が途轍もない緊張を伴うものである事実は変えようがなかった。


「ゆき姉、俺を見て。」


健人が雪見の正面に立ち、小首を傾げて顔を覗き込む。

上目遣いに恐る恐る顔を上げた雪見に、ニコッと健人が微笑んだ。


「俺は月でゆき姉は太陽だって、前に話したことあるよね?

太陽が俺を照らしてくんないと、俺は光れないんだよ。

真っ暗な月で、ゆき姉は平気?」


「平気なわけない!健人くんはいつだって、輝いてなくちゃダメっ!」


健人の瞳に向かって雪見が必死に訴えた。

その真っ直ぐな眼差しに、健人は思わず雪見を抱き締めそうになる。


「そう。だったらゆき姉も笑って!太陽らしくね。

大丈夫だから…。俺がゆき姉を守ってる。何にも心配はいらないよ。

それにみんなはきっと俺たちを祝福してくれる。俺はそう信じてる。

だからいつもみたいに笑って。じゃないと俺、頑張れないっ!」


健人は最後に茶目っ気たっぷり、すねて甘える振りをした。

普段滅多に見ることのない健人の可愛い芝居に、思わず雪見の顔がほころんだ。


「なにそれ!?ロミジュリの舞台でそんなお芝居あんの?

今のめっちゃ可愛かったよ!も一回やって!」


「んなこと、出来るかっ!」

やっと二人で顔を見合わせて笑えた。


「あーあぁ!まだまだ私も経験値が足りないなー。こんなに長く生きてんのに。

やっぱ健人くんは凄いや!尊敬する!カッコイイ!」

雪見はそう言いながらケラケラ笑ってる。


その笑顔は、太陽に向かって真っ直ぐに咲く向日葵のようでもあり、

一瞬で健人の心を明るく輝かせ、内なるエネルギーを沸々と湧き上がらせた。

雪見を元気づけるつもりが、反対に自分の方が勇気をもらってることに気付くのだった。


そう、ゆき姉は俺の太陽。ゆき姉無しじゃ俺は輝けないんだ…。

改めてそんな思いを強くした。



「本番5分前です!スタンバイお願いしますっ!」

スタッフの大声で、いよいよ三人が決戦の場へと移動を促される。


「よっしゃあ!んじゃ、張り切って行きますか〜!」


当麻が自分に気合いを入れるように威勢良く声を上げ、みずきに向かって

「行ってくる!」としばしの別れを告げて先に歩き出す。

みずきはその頼もしい後ろ姿を「行ってらっしゃい!」と笑顔で見送った。

胸には二つの写真立てを抱えて。


健人も雪見に「行こっ!」と明るい声で促し歩き出した。

その後を雪見が「うんっ!」と嬉しそうに返事して小走りで続く。

が、思い出したようにはたと立ち止まり、みずきを振り返って慌てて言った。


「あ、みずきっ!うちの父さんの写真、その辺に置いといていいからねっ!

じゃ、行って来まーす!あとでねーっ!」


雪見が笑顔で手を振ってる。

その横顔を眺めながら健人は、ステージまでの薄暗い足元をやけに明るく感じていた。



揃ってオープニング曲の定位置にスタンバイ。

目の前に垂れた薄いオーガンジーのカーテンの向こうから、会場の熱気と興奮が

肌にビンビン伝わってきて、否が応でも三人の緊張感が高まった。


『母さんもちゃんと見ててね。私、最後まで頑張るから…。』

雪見は、娘以上に客席で緊張してるはずの母に、テレパシーを送るつもりで

強く念じ心を静めた。



さぁ!ツアー最後の東京公演初日が幕を開ける!


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