祝杯
大好きな人と食べるご飯って、なんて幸せなんだろう。
身体の隅々にまで美味しさが行き渡る感じ。
二人とも、昨日までの食事と今日の食事の違いを心から実感してた。
そしてまぁ、なんてお酒の美味しいこと!
「健人くんは明日もたくさんお仕事あるんだから、あんまり飲みすぎないでよね!」
「俺が忙しいってことは、ゆき姉も忙しいってことなんだから、そっちこそ飲み過ぎんなよ。」
「私は、楽しいお酒じゃ二日酔いになんないのっ。
仕事の付き合いとかで、大して親しくもない人と飲むことあるでしょ?
そーすると、なぜかビール一杯でも頭痛くなっちゃう。」
「俺は二十歳になって酒飲んでみたら、これが結構飲めたわけ。ぜんぜん酔わない。
で、彼女になる人は、俺につきあえるぐらい飲める人が理想だったの。
その点、ゆき姉は大合格!」
「え、そうなの?なんかめっちゃ嬉しい。酒飲みで良かった…。
ってことで、次はワインいっちゃう?(笑)」
「いいね。お祝いだから、赤ワイン頼もう。」
つまみは何にしよう?とメニューを見てると「雪見ちゃん、開けるよー!」とマスターの声が。
手には赤ワイン一本とグラスを三つ持っている。
「え?まだ頼んでないのに。もしかしてマスター、今の話、聞いてたの?」
「なにが?これは俺からのプレゼント。お祝いだよ。」
健人と私は訳がわからず、顔を見合わせた。
「お二人さん…付き合い出したでしょ。恋人同士になったでしょ?
だから、そのお祝いのワインをお持ちしました!
あ、もちろん俺のおごり。二人へのプレゼントだよ。
だから一緒に乾杯させて。」
私は大慌てでマスターを問いただす。
「な、なんで知ってんのっ⁈ 誰から聞いたの?
って、まだ誰にも言ってない気が…。」
「誰にも言ってないこと、誰が教えてくれるかっ(笑)。
そんなこと、二人の様子見てたらすぐわかるわい!
ま、半分は山かけたけども。」
「え?誘導尋問に引っ掛かったってこと?ひどーい!」
「でも当たりでしょ?俺の勘も、まだまだ捨てたもんじゃないねぇ。
店に入って来た時から、この前とはなんか違うぞ?と思ったんだよ。
一体この俺様を誰だと心得る!」
「ほんっと、マスターにはかなわないなぁ。
さすが恋愛マスター!お見それしました。」
私達はまた顔を見合わせ、クスッと笑った。
マスターが、ワインボトルにソムリエナイフを当てながら話し始める。
「俺ね、雪見ちゃんが健人くんを初めてこの店に連れて来た時、この二人、付き合えばすごくいいカップルになるなぁって思ったんだ。
それは何故かと言うと、姉弟みたいだったから。
あ、気を悪くしないでよ。二人はそこを気にしてると思うけど。
恋愛ってさぁ、育った環境もまったく違う二人が出会って、何かに惹かれて付き合い出すんだけど、所詮他人同士なわけ。
で、付き合い出してすぐはお互いの何もかもが好きで、すべてを受け入れられるんだけど、段々と嫌な部分とかが見えてくると、少しずつ相手に対する思いやりの気持ちが減ってきちゃうんだよね。
けどお互い、どこか姉弟みたいな感情も持ってると、相手を思いやる気持ちってのは減らないの。
本当の親子や兄弟って、そういうもんでしょ?
だからね、雪見ちゃんと健人くんは、きっといいカップルになる。うん、俺が保証する。」
マスターの言葉が嬉しくて、私は泣きそうになった。
「おいおい!雪見ちゃんを泣かすために言ったんじゃないからな?
俺は自分の体験で、心からそう思ってるからアドバイスしただけで。」
「え?マスターも年の差カップルなんすか?」
「そうそう!マスターんとこは十九も年下のお嫁さんなんだよ。下手したら娘だ。」
私が泣き笑いしながらそう言うと、マスターが嬉しそうに話す。
「そうなのそうなの!もう娘みたいに可愛くてねぇ。幸せな毎日よ。」
「はいはい、わかりました。鼻の下、伸びてるよ(笑)。さ、早くワイン飲もう!」
三人はワイングラスを手にし、乾杯!とグラスを合わせた。
「あ-うまいっ!おめでたい酒って、どうしてこうも美味いんだろ。
雪見ちゃん、健人くん。ここの部屋は二人のために、いつでも空けておくからね。
これだけの人気者を彼氏に持つと、これから色々大変なこともあると思うけど、俺はいつでも二人の味方だから。
なんかあったら、いつでもここに逃げ込んでおいで。
俺に出来ることがあったら何でもする。だから、いつまでも仲良くいろよ。
ってことで、おじさんは退散します。ラブラブな二人の邪魔は野暮だからね。
あ、2本目のワインは自腹でお願いしまーす!
じゃ、なんかあったら呼んでね。」
私達は温かな気持ちに包まれて、幸せが何倍にも膨らんだ気がした。
「本当にマスターって、いい人。」
「うん。俺たちの味方でいてくれて心強いね。」
「有り難いことだよ。いつでもこの部屋を使っていいって。
じゃあ、マスターへのお礼に、もう一本ワイン頼んじゃう?」
「いいね。お次は白ワインに鯛のカルパッチョなんてどう?」
「賛成!お祝いにはやっぱり鯛だよねー。」
こうして二人の祝いの会は、まだまだ終わりそうもなかった。
その夜は、いつまでもこの部屋から笑い声が聞こえてた。
明日待ち受けてる困難など、想像もしないで…。