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幸せの花園

「もぅ、めっちゃ腹減って倒れそう〜!みずきぃ!俺、飯食う時間あるぅ?」


午後三時半。昼食も取らずにノンストップで続いたリハーサルをやっと終了し、

ガヤガヤと楽屋へと戻る狭い廊下。

健人と並んで歩いていた当麻は、雪見と話しながら前を歩くみずきの背中に

大袈裟にドカッと倒れかかる仕草で覆い被さり、甘えた声で後ろから顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ!まだ一時間半あるから。

さっきいつものお店に行って、当麻の好きなシーフードマリネとアンチョビサラダ、

大量に作ってもらって来たよ!お弁当ばっかじゃバランス悪いしね。

スタッフさんにも差し入れておいたから、あとはみんなで食べて。」


「やった!さすが俺の奥さん!気が利くぅ〜♪」


当麻が抱き付いた肩越しに、みずきのほっぺにチュッ♪とキスをする。

それをみずきはとがめる訳でもなく、いつもの事という風にニコニコ笑って受け入れた。


「お、お前らさぁ…。少しは人目とか気になんないの?

自分んちならともかく、みんなが見てんだけど…。」

健人の方が恥ずかしそうに、キョロキョロ周りをうかがいながら

当麻に小声で聞いてみる。


「え?なんで?俺ら結婚してんだよ?

やっとコソコソ生活から解放されたのに、なんでまた気ぃ使わにゃならんの。

健人だって結婚宣言したんだから、遠慮しないでベタベタすればいいじゃん!」


「んなこと、出来るかっ!!」

力一杯否定したあと、まずかったかな?と思ったのか、健人が後ろから

雪見の背中を指で突いた。


「いや、別に嫌だって言ってるわけじゃないからっ!」


「わかってるよ。私だってこんなのされたら困っちゃう!」

雪見が笑いながらみずきを見たので、健人はホッとした表情を浮かべた。


健人の愛情表現は、人前じゃいつもぶっきらぼうで素っ気ない。

でもねっ。二人きりになったら、ねっ。ちゃーんとわかってるから安心して。



雪見の楽屋には、リハーサルで留守してた間にそれはそれはたくさんの

お祝いの花が届けられていた。

ドアを開けた瞬間、むせかえるほどに華やかな香りに包まれた雪見とみずきは、

花園に迷い込んだかのような幸せに満たされる。


「すっご〜いっ!こんなにたくさんのお花!ゆき姉ってみんなに愛されて引退するんだね。

ゆき姉の歌、みんながいっぱい大好きだったんだね…。」


みずきが、所狭しと置かれた花々をぐるりと見渡して、しんみりと呟いた。

雪見も、花かごに添えられたカードを一枚一枚手に取りながら、届け主の名前と

添えられたメッセージに目を通す。


一番目を引く花は思った通り、どんべいマスターの弟さん夫婦がやってる

大好きなお花屋さんからだ。

他のどのアレンジメントよりも斬新で、花のチョイスもひと味違って

みんなに見せて歩きたくなるような素敵さだった。

たくさんのミニ向日葵がメインのアレンジメントは、一足早く楽屋に

夏の太陽を運んで来たかのよう。

『どうぞあなたの笑顔がこれからも 輝く向日葵のようでありますように 由紀恵より』


ママさんに言われた事を思い出した。

「あなたは健人くんにとって、いつも輝く向日葵のようでなくっちゃね。」

同じこと、今野さんにも言われた気がする。あれ?常務だったかな?

なんだか可笑しくってクスッと笑ったら、ジワッと涙が滲んだ。


こっちは真由子と香織からだ!随分と奮発したなぁ!

まさか真由子が会社経費で落としたとか?

『ほろよいトーク くれぐれも飲み過ぎて醜態晒さぬよう祈ってる 真由子&香織』


どんなメッセージよっ!失礼な。

でも真由子らしいや。笑わせてくれようとしたんでしょ?ありがとう。

そう思うとやっぱり涙が滲む。


うわ!あのお笑い二人組からもある!

『俺たち諦めてまへんで!NYから帰国したら再びアタ〜ック!!』

えぇ〜っ!まだ諦めてないって…。半年延長してこの業界にいるとか知れたら

速攻来そう。どうしよ…。

涙が思いっきり引っ込んだ。


あっ!翔平くんからも来てる!

『ゆき姉お疲れ!最後のライヴ行きたかったよぉぉ!香港より 苅谷翔平』

今頃翔平くんも映画の撮影、頑張ってるかな。

もしライヴに来てたら緊張してる私達のこと、一生懸命笑わせてくれたんだろうな…。

またしても鼻の奥がツンとした。


他にもいっぱいいっぱいメッセージや差し入れが届いてる。

「ありがたいな。どうやったらみんなに恩返しが出来るのかな…。」

雪見がぽつりと呟いた。


「最後の一曲までゆき姉らしく歌うこと…。それをみんなが望んでるんじゃないのかな。

きっとそうして欲しくて、お花で和ませてくれてるんだと思うけど。」

みずきが振り向いて、にっこり微笑んだ。


「そうだよね…。うん、そうする。ありがとね、みずき。

一緒にいてくれるから心強いよ。私、最後まで頑張る!」

雪見にもやっと笑顔が広がった。それはパッと咲き誇る向日葵のような明るさだった。


トントン♪ 「入るよー!」


ノックと同時になだれ込んで来たのは、ヘアメイクの進藤とスタイリストの牧田であった。

「雪見ちゃん、お疲れっ!さーて、大至急『YUKIMI&』を仕上げなくちゃね!そこ座って!

あ、みずきちゃん、ありがとね!私の代わりに囲み取材前のメイクしてくれたんだって?」


「あー!出過ぎた真似してゴメンナサイっ!」

みずきが首をすくめて鏡前の進藤に謝ると、進藤は忙しく手を動かしつつ

笑いながらみずきを見た。


「なんで謝るの?みんな誉めてたよ!いつもと同じメイクだったって。

メイキャップアーティストの資格、向こうで取ったんだってねっ!

凄いなぁ!忙しいのに。みずきちゃんはどうして資格取ろうと思ったの?」


「私ですか?私…そのうち女優を辞めて、当麻のサポートに入ろうと思って。

当麻の活躍を一番近くで見ていたいから。

もっと腕を磨いて、ゆくゆくは専属メイクになれたらいいなって。」


「うそっ!辞めちゃうのっ!?」

雪見と進藤が大声を上げ、お互いに「シィーッ!」と戒める。


「あ、まだ自分で思ってるだけだから、ここだけの話ねっ。」

照れ笑いを浮かべたみずきの顔は、実に少女のようだった 。


自分の地位も名誉も惜しくはない。大好きな人の力になって共に同じ夢を見る。

それ以上に素敵な事ってこの世にある?そう少女の瞳は語っていた。


私は…私は健人くんと、これからどんな道を歩いて行くのだろう…。



衣装に着替えヘアメイクも完了。準備の整った健人と当麻も雪見の楽屋に集合。

四人でおしゃべりしながらドキドキな気を紛らわせ、その時を待つ。


トントン♪「そろそろ移動をお願いします!」スタッフが呼びに来た。


「よしっ!行こ、ゆき姉!」 「うんっ!」


健人が雪見の手をサッと取り、長い地下通路をずんずんと力強く前を歩く。

その背中はたくましく自信に満ち溢れ、キラキラと輝くオーラが見えるようだった。


大丈夫。私もこの背中だけを追ってればいいだけ。

迷うことなど何もない!


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