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事後報告のつけ

健人と当麻、二人の広い楽屋前にて。


「失礼します…。」


恐る恐る健人を先頭にドアを開け中に入る。

自分の楽屋に入るのに失礼も何も無いのだが、今日ばかりはそんな屁理屈もまかり通らない。

自分らは、たぶん説教されるために楽屋に戻って来たのだから…。


神妙な面持ちで中に入った途端、コーヒーの芳しい香りが鼻をくすぐる。

その途端コーヒー好きな雪見は反射的に「いい匂いっ!」と叫んでしまい、

当麻ら3人に白い目を向けられた。


楽屋中央にある応接セットの一人掛け椅子に、お待ちかねの小野寺常務が座ってる。

小野寺は、入ってきた4人の顔を一通り眺めた後、「そこに座れ…。」

と一言言っただけで腕組みをし、瞑想にでも入るかのようにそっと目を閉じた。


常務の斜め後方では、見覚え有る後ろ姿の女性がトレーにカップを並べ、

コーヒーのスタンバイをしてる。

それは『YUKIMI&』をキャラクタープロデュースした小野寺の右腕とも言うべき人物、

今は常務秘書を務める小林夏美であった。


ゆったりと大きな3人掛けソファーの一番奥に健人がまず座り、雪見、

当麻、みずきが順に詰めて腰掛ける。

いくら大きなソファーとは言え、3人掛けに大人4人で座れば無論窮屈に決まってた。

細身のこのメンツだから、ギューギュー詰めでもなんとか4人座れたが、

もしもこのうちの一人が『ヴィーナス』の巨漢カメラマン、阿部だったとしたら…。


なぜに突然阿部を思い出したのかは不明だが、そんな妄想をこんな緊迫した局面で想像し、

必死に笑いを堪えてる不届き者がいた。雪見だ!


常務がまだ目を閉じ、夏美も後ろを向いてるから良いものの、口元を手で押さえ

肩を震わせてるのが、密着してる両隣の健人と当麻にはすぐに振動として伝わってきた。

この、どこにも笑いの要素など転がってない真面目な場面で、何に対して雪見が

そんなにも笑いを堪えているのか。

想像出来るはずもなかったが、雪見を知り尽くす二人は『また始まった!』

と言わんばかりに、ほぼ同時に雪見に軽い肘鉄を食らわした。


時に大人であったり子供であったりする天然系の雪見は、常に常識的に

生きてる健人からすると、ハラハラドキドキする場面も多く目が離せない。

一体どっちが年上なんだ?と思うこともしばしば 。

でも、だからこそ健人も当麻も、自分が年下であることを意識することなく、

雪見に説教できるし甘える事もできるのだった。


笑いをとがめられた雪見は、『ご・め・ん!』と両手を合わせペコリと頭を下げる。

みずきがそれを不思議そうにチラリと見た。

そこへ夏美がコーヒーを運んでやって来る。


「あなたたちって人は…。まぁ次々と色々やらかしてくれるわね。

コーヒーなんか飲んでる場合じゃないけど、リハーサルは30分待ってもらってるから。

とにかくこれ飲んで、少しは落ち着きなさい。」


久しぶりに会った夏美は、相変わらずの冷静沈着美人であった。

いつも通りダイナマイトボディを格好良いスーツで武装し、背筋もシャキッと伸びる

ハイヒールを履いている。

全身抜かりなく磨き上げられた彼女を、雪見は自分とはまったく別の生き物を見るように

惚れ惚れと眺めていた。…と、その時である!


テーブルの向い側から前屈みになり、健人の前にコーヒーカップをコトンと置いたその胸元に

4人の目が釘付けになった。

雪見もみずきも持ち合わせてはいない、夏美のダイナマイトな胸の谷間が、

見る気は無くとも視界に飛び込んできたのだ!


突然の出来事に遭遇した時こそ、その人の本性が表れると言うが、まさしくそうだった。

何も見なかったかのように、スッと視線を外す健人と雪見。

…に対して当麻は…凝視していた。

本人的にはそれでも見て見ぬ振りをしたつもりかも知れないが、明らかにその目は

夏美が4人にコーヒーを配り終えるまで、さり気なく胸元を追いかけていた。


ドンッ! 「痛っ!」


勿論当麻は、みずきから肘鉄を一撃お見舞いされた。

それでなくともみずきはヤキモチ焼きなのに、大丈夫か?この夫婦。


夫婦…?そうだ…。当麻とみずきは結婚したんだった。それも今朝…。

そして私達まで…結婚宣言をしてしまったんだ。

だから今、こうして常務に呼び出されて…。


やっと雪見は我に返り、背筋を伸ばして座り直した。

それとほぼ同時に、小野寺も腕組みを解き目を開ける。

部屋の空気がピンと張り詰めた。



「お前達…。なんで呼び出されたかは重々承知の上だよな?

こんな大事なライヴ前に、俺だって説教なんて垂れたくもない。

だがな、言うべき事は言っておかねばならん。

わかってるよな?今回の事後承諾は相当なルール違反だぞ!当麻っ!」


「は、はいっ…。すみませんでした…。」


突然当麻が名指しで叱られたが、それは暗に他の3人も同罪だぞ!と言ってる気がして

健人ら3人も神妙な面持ちで「申し訳ありませんでした!」と頭を下げ、

再び背筋を延ばした。


「今は時間がない…。本来ならじっくり話を聞かせてもらうとこだが、

ツアーの締めくくりを台無しにするわけにはいかないからな。

簡潔に事務所側の見解だけを伝えよう。」


小野寺の言葉に皆が息を呑んだ。

後ろに控えてるマネジャーの今野や及川でさえも、まだその内容を知らされてはいない。

それほどまでに緊急事態で、急遽重役だけの電話会談で決まった話のようだ。


「まずは当麻たち…。これは少し前から話が水面下で進んでた事だが、

今日の入籍発表で決定事項とさせてもらう。」


「えっ!?な、なんですか…?」


当麻とみずきは、小野寺が何を言おうとしてるのかまったく心当たりがなくうろたえた。

だが重大な決定事項であるのは無論間違いなく、思わず身震いをする。

それは隣りに座る健人や雪見も同じ反応だった。


何かとんでもない事が待っている…。

もしかして、大きく人生が変るような何かが…。



「みずきが所属する津山泰三事務所を、我が社が吸収合併する事に決まった。

よって4月1日付より、華浦みずきは我が社の所属となる!」


「うそっ!?」「なんでっ!?」当麻と健人が大声をあげる 。


「ちょ、ちょっと待って下さいっ!

私、何にもおじいちゃんから聞いてませんっ!!一体どういう事ですか!

吸収合併って、おじいちゃんの会社がなくなるってこと!?どうして!?

なんで私達の結婚に関係があるの!?納得いきません!説明して下さいっ!!」


みずきが立ち上がり、凄い勢いで小野寺に食ってかかる。

それを隣りの当麻が手首をつかみ、「落ち着けって!」となだめて座らせた。


雪見はというと…みずきの後ろ姿を茫然と見つめながら、なぜか自分の身にも

大きな波が押し寄せてくる気配を感じていた。


ただ漠然とした不安…。こころ落ち着かない自分…。



あと6時間ほどでライヴが幕を開ける。

母も見に来る『YUKIMI&』最後のステージが…。


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