恋愛記念日
「ゆき姉が俺の仕事知らなかったのはホントの話。
この人、昔っから天然なとこあって、今もぜんぜん変わってない。」
健人が私の方を見て、笑いながらそう話す。
だが隣の女は、まだ健人の腕を離す気はないらしい。
「やだぁ!浅香さんって、見た目はしっかりしてそうなお姉さまなのにぃ、そんなに抜けてるんですかぁ?」
お姉さまなのに抜けてるだとぉ?
ほんとは、おばさんなのにって言いたいんじゃないの?
それに、なに?そのしゃべり方。
健人くんが来た途端、声が変わったじゃないの!
この女、完全に私にケンカ売ってるよね。
上等じゃないの。宣戦布告よ!受けて立つわ。
この若い女性スタッフがあからさまに仕掛けてくるので、私は早々に次の一手を打つことにした。
「あ、そうだ、健人くん!
昨日の写真、さっき大至急焼いてきたの。見て見て!
みんないい顔して写ってるでしょ?
お母さんもつぐみちゃんも、すごく楽しそう。」
それは昨夜つぐみに頼まれ、チゲ鍋を食べながら自動タイマーで撮った二枚の写真であった。
食卓でそれぞれポーズを取ってるのだが、みんなの笑顔が弾けてる。
もちろん健人と私も、二人並んで写ってた。
いい感じに酔いが回り、健人がふざけて私の口にキムチピザを押し込んでる一枚。
もう一枚は、私が健人の顔を引き寄せ無理矢理ビールを飲ませてる。
いまシラフで見返すと、結構恥ずかしい写真だ。
「ちょっと!これ見せたらアカンやつだろ。俺のイメージってもんが(笑)。」
「ごめんごめん(笑)。でもバカやってる斎藤健人も、イケてるから大丈夫。」
「ま、楽しかったから、いっか。」
二人のやり取りに、まったく入ってこれないそのスタッフはスッと健人の腕から手を離し、何も言わずにその場を立ち去った。
第一ラウンドは、私の勝ち!
「ねぇ、けさ河川敷でおじさんに写してもらったやつは?」
「あぁ、あれ?あれは恥ずかしいから置いてきた。」
「えーっ!あの写真、楽しみにしてたのに。明日必ず持ってきてよ。」
「まぁ、忘れなかったらね(笑)。」
あの写真だけは、人には見せずに大事にしまっておきたかった。
私と健人の、恋人記念日の一枚。
その日最後の仕事は、健人の新CMのポスター撮り。
私はここではほぼカメラを構えず、ただ撮影の様子を見守った。
そこにいるのは人物撮りのスペシャリスト達。
みなそれぞれの役割を、きっちり手際よくこなしてる。
同業者の仕事ぶりは、見ていて大変勉強になった。
最近、私も人物撮りが楽しくなってきた気がする。
これって健人くんのお陰だな。
天下の斎藤健人を任されたんだから、もっともっと頑張らなくては。
やっと撮影がすべて終わり、本日の仕事はこれにて終了。
健人に花束が手渡され、みんなが拍手でねぎらった。
「ありがとうございます。お疲れ様でした!お疲れ様でした。」
四方に頭を下げる健人。
常に感謝の心を忘れず仕事するから、関わる人たちはみな斎藤健人を好きになる。
「腹減ったぁ。」
健人は、もらった花束を私に手渡しながら明日の迎え時間を今野に聞き、足早に控え室へ。
メイクを落としてコンタクトを外し、戻ってきた。
「目が痒くて辛かったぁ!さ、飯食いに行こ。」
戻ってきた健人は、眼鏡をかけてすっぴんで、今朝の健人と同じになってる。
それがなんだか嬉しくて、気恥ずかしくもあった。
「ねぇ、また『どんべい』に行きたい!
あそこのポテトピザが食べたい気分。あと、つくねも!」
「そうだね。ここからタクシーでわりと近いか。
じゃあ決まり!行こ行こ。」
二人はタクシーに乗り込み、店を目指した。
「マスター、こんばんは!また来ちゃった。」
私が挨拶したあと健人が店の中に入り、ぺこっと頭を下げる。
「おお、健人くん!よく来たね。仕事帰り?
また美味いもん食わせるから、楽しみにしててよ!
最初はビールだね?すぐ持ってくから、いつもの部屋に入んな!」
カウンター席にいた若いカップルが、一瞬こっちを振り向いた。
が、大きなマスクに眼鏡姿の男が、よもやあの斎藤健人だとは思いもせず。
また二人見つめあって、楽しそうにおしゃべりを再開した。
初めて健人を連れて来た時と同じ部屋に入り、すぐ運ばれてきたビールで二人は乾杯した。
「今日も一日お疲れ様!カンパーイ ♪」
私がそう言いながらジョッキを合わせようとすると、健人が不満げな顔をした。
「それだけ?」
「えっ?」
「今日は俺たちの記念日じゃないの?」
「そうだった!じゃ改めまして、二人の…恋人記念日にカンパーイ♪」
ジョッキを合わせながら、二人ともかなり照れた。
照れ隠しに生ビールを一気飲みした。
お互いの気持ちを告白し合った今朝。
すぐに忙しい日常が舞い戻り、余韻に浸るどころではなかったが、今あらためて確かめたかった。
「ゆき姉。本当に俺のこと、好き?」
「大好きだよ。これから私はいつでも健人くんのそばにいる。
健人くんのこと見守ってるから。」
「俺も大好きだから。ゆき姉は俺が守る。」
「ほんとに?守ってくれるの?頼もしいアイドルさん。」
「アイドルって言うの、今日から禁止(笑)。」
二人はお互いの気持ちを確認し合い、安心して食事を楽しんだ。
これからの未来を夢見て……。