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二人だけの大人な夜に

「ねーねー、その荷物、一旦ホテルに置いて来ようよ!」


雪見が、「ひとつ持ってあげる!」と言うのも聞かず、健人が三つの

大きなペーパーバッグをぶら下げて歩いてる。

たった30分いたセレクトショップで、バッグ二つ分の買い物をし、

次に行ったショッピングモールで、二人の今夜の着替えを買った。


でもこんな事なら、タクシーで家に着替えを取りに帰ってもよかったんじゃ…。

で、健人の買った大量の服も、ついでに置いてくれば良かったような…。


この時間にこんな大荷物をぶら下げてて、目立たぬ訳がない。

「あれって斎藤健人じゃね!?」

「じゃあ隣りにいるのは、ゆき姉!?健人、すんごい荷物持たされて、かわいそー!」

そんな声が案の定聞こえてくる。


『濡れ衣だって!勝手に健人くんが持ってんのよー!

私が持たせてる訳じゃないからっ!』と叫びたかった。

こんな時、どこまでも女子に優しい男は、かえって仇となる。


「ほんっと、お願いだからひとつ持たせてっ!

こっちのバッグは、私のブラとかも入ってんだからっ!」

思わずデカイ声で「ブラとかも」と言ってしまい、赤面してバッグを引ったくる。


「もういいや!このお店でご飯食べよっ!」

一刻も早くこの場所から消え去りたくて、すぐそばにあった居酒屋に、

健人の腕を引っ張って飛び込んだ。が…。

夜十時半を回った居酒屋がひっそりしてるはずもなく、突然飛び込んで来たアイドルと

今話題の彼女に、レジ前で会計の順番を待ってた酔客達が騒然となってしまった。


「やっぱり、また今度にします!ごめんなさーい!」

またしても健人の背中を押してそそくさとUターンし、慌ててタクシーに飛び乗る羽目になる。

完璧な普通のデートなど、やはり今の二人には難しい。

ましてや、この目立つ大荷物をぶら下げたままでは…。



結局、ホテルに戻って来てしまった。

部屋に入るなり荷物を床に降ろした健人は、大きなソファーにバタッと倒れ込む。


「疲れたし腹減ったぁ!もう動けない。晩飯はルームサービスでいいや…。」

少しふて腐れてるのか、本当に歩き疲れて面倒になってしまったのか。

さっきタクシーの中で、雪見と約束した事を健人は覆した。


「えーっ!夜景の見えるビストロがホテルにあるから、そこで食べようって言ったのにぃ!

もう何食べるか、決めてたんだよーっ!」


口を尖らせた雪見が、ソファーに寝ころんで目を閉じてる健人の顔を覗き込み、

肩をわしわしと揺らす。

すると、薄く片目を開けた健人が雪見の首筋に素早く手を回し、グイと引き寄せキスをした。

そして唇を離した後にギューッと抱き締め、耳元で

「もう離してやんない!俺はゆき姉だけ食ってれば生きてけるから。」とささやいた。


「ちょ、ちょっと待ったぁ!ね、まずはご飯食べに行こ!ワイン飲んでからにしよ!

ここのビストロ、牛肉の赤ワイン煮込みがめっちゃ美味しいんだって!

ねーねー、それ絶対食べたいでしょ!?ねっ、食べたいでしょ?

ラストオーダー前に早く行かないと、明日後悔するってば!

ねっ?まずは離して!」

雪見の必死な説得が可笑しくて、健人が堪えきれずにひゃははっ!と笑い出し、

抱き締めた手から雪見を解放する。


「あー、めっちゃウケるっ!今のゆき姉の顔っ!

ゆき姉って俺の芝居にすぐ引っかかるから、めちゃ面白いっ!」


「ちょっとぉ!!また私をからかったわけっ!?もーぅ!」

雪見が一層頬を膨らませ、バシッ!と健人の肩を叩く。

だが健人はもう一度雪見を抱き寄せて、「そーいうとこも、全部大好き!」

と愛しげに頭を撫でた。


12歳も年下の男にそんな事を言われ、愛しそうな眼差しで頭をよしよしされる。

一体彼の瞳に私は、いくつに映っているのだろう。

まぁいいや。大好きな彼が大好きと言ってくれるのだから、 いくつであろうとも。


「おしっ!じゃあ飯食いに行こ!ほんっとに腹減ったぁ!」

二人仲良く肩を並べて、エレベーターに乗り込んだ。




「うわーっ!見て見てっ!宝石みたいにキラキラ光ってる!めちゃ綺麗!」

夜景が一望出来る窓側の席に案内され、座った途端に雪見がはしゃぎ出す。


だがここは高級ホテル。ドレスコードの無いビストロと言えども、周りの客は

それなりの服装をしているし、すでに食事を終えて静かにワインを楽しむ

大人の客ばかりであった。


そんな中、カジュアルなファッションを身にまとった若いカップルの席は、

明らかにその場所だけ醸し出されるオーラが違い、光輝いていた。

それはまるで、外から拾ってきた夜景を、二人の周りにばらまいたかのように…。


二人ともコンタクトを外し眼鏡こそ掛けてはいたが、ひと目見て健人と雪見だと判る。

皆の視線が集まり、あっ!と小さく声を漏らす客もいた。

だがそこはさすがに高級ホテルの客らしく、それ以上騒ぎ立てるわけでもなく、

かと言ってジロジロ見るわけでもなく、二人の存在を良い意味で無視してくれた。



注がれた赤ワインでまずは乾杯。

「お疲れっ!うーん、おいしーっ!

やっぱ、こんな夜景を見ながらのお酒って、最高に気分上がるよねっ!

なんか…初めて健人くんとご飯食べに行った時の事、思い出しちゃう。」

雪見は前菜を口に運びながら、窓の外に視線を移した。


「あの時の、何を思い出してんの?」

健人も、あの時の事はよく覚えてる。

だが、素知らぬ顔して雪見の答えを聞いてみたかった。


「全部だよ。あの日の事を全部思い出す。

朝からずっとドキドキしてたことも、健人くんを待ってた空港で見た青空も、

健人くんからもらったメールも、初めて健人くんがアイドルだって判った時の衝撃も!」


「気付いてもらえるまでが、長かったなー!俺もまだまだだな!って思ったもん。」

そう言って健人は笑ってる。


「この夜景も綺麗だけど、私はあの日見た夜景を一生忘れない。

だって健人くんからもらった、初めての大事なプレゼントだから…。」


大切な物を見つめるように、頬杖をつきながら窓の外をジッと眺める雪見の横顔。

健人はその横顔にドキッとしてキュンときて、身体がカッと熱くなる。

綺麗で可愛くて、目の下の泣きぼくろが妙に色っぽくて…。


「ね、ねぇ、早く食べちゃって、続きは部屋でゆっくり飲もう!

なんかさ、みんなに注目されてる気がするから。」

早く二人きりになりたくて、健人は急いで料理を平らげる。


雪見はさりげなく周りを見回したが、誰もこっちを見てる様子はなく、

健人の魂胆に気付いてクスッと笑い、グラスのワインを飲み干した。



もうすぐ健人の誕生日がやって来る。

まだまだ22歳の誕生日。


当日の夜、今日買ったペンダントと自分にリボンを付けて、「はい、プレゼント!」

って言ってみようか。


そんなことを想像してる自分が可笑しくて、雪見は一人、クスクスと笑い続けた。


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