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念願の普通デート

期間限定アーティスト『YUKIMI&』最後の雑誌対談が終わり、編集部スタッフや

マネージャーらが部屋からガヤガヤと引き揚げて行く。

最上階のスイートルームには、健人と雪見だけがぽつんと取り残された。


「なんか…部屋が広すぎて、落ち着かないねっ!」


二人きりになり、雪見はなぜか急に気恥ずかしさに襲われた。

恋人同士になる前の段階でもあるまいし、すでに一緒に暮らしてるというのに

なんでこんなにドキドキしてんだろう。

これじゃまるっきり、初めてのデートではないか。


ドキドキしてるのを健人に悟られないよう雪見は、部屋の中をあちこちうろつき始める。

「うわっ!めっちゃ広いバスルーム!しかも夜景が見えるしー!」


「一緒に入ろっか 。」


瞬間移動したかのように、後ろに健人が立ってて驚いた。

「えっ?い、いや、今日は着替えも持って来てないし…。

もーう、ちゃんと言ってくれたらお泊まりの準備して来たのにね。

いきなり一泊プレゼントされても困っちゃう!

あ!めめ達のご飯どうしよう?やっぱさ、今日は帰ろっか!

また今度、泊まりに来よう。私が招待してあげる!」


「だーめっ!泊まってくよ!絶対もう来る暇なんてないんだから。

それにめめ達なら大丈夫。俺、カリカリ山盛りにして出てきたもん。」


「あっ、そ…。それはどうも…。」

健人はどうにも帰る気など、更々ないらしい。

雪見も諦めて、気持ちを切り替えるしかなかった。


「しょうがない。せっかく真由子や吉川さんがサプライズしてくれたんだもんね…。

帰ったんじゃ申し訳ないか。」


「よっしゃ!じゃあさ、買い物行こう、買い物!まだ八時半だし。

こんな早く仕事終ったのって、いつ以来?すっげー嬉しんだけど!

俺、服買いたい!ずーっと忙しくて全然買ってないし、腹も減ったぁ!

パンツとか着替えもついでに買って来よ!ゆき姉のやつ、俺が選んであげよっか?」


「ウソだぁ!絶対女子の下着売り場なんて、行けないくせにっ!」


「バレた?」


健人がいつになく、はしゃいでる。

「ひゃははは!」と少年のように屈託無く笑い、そのあと不意にキスをした。

たった今、恋人同士になったかのような初々しいキスを…。


もう、誰の目を気にする事なく二人で街を歩けると思ったら、それだけで嬉しくて。

たとえファンに囲まれたにしても、「ごめんね、今プライベートだから。」

とニコッと笑って言える。

写真誌に撮られたってへっちゃらだ。だって二人は、正々堂々恋人同士。

どこへ逃げ隠れもしなくていい。


「さ、行こ行こ!時間がなくなっちゃう!」

健人が雪見の手を取って、二人はホテルを飛び出した。




「えっ!?今のって、斎藤健人と『YUKIMI&』じゃなかった!?」

「うそっ!?マジでぇ?」


すれ違いざまそんな声が聞こえ、そのカップルが振り向いた気配を感じる。

だが健人は、可笑しそうに下を向いてクスクスと笑うだけで、

繋いだ手を解こうとはしなかった。

それどころか子供のように、その手をブンブン大きく振り出した。


「ちょっと!健人くん落ち着いてっ!目立ち過ぎだってば、もう!」

今にもスキップまでしそうな勢いに、慌てて雪見が注意する。


「だって、超楽しいじゃん!デートだよ?普通のデートっ!」


普通のデートと言うより、幼稚園の遠足みたいなんですけど…と口から出かかったが、

あまりにも楽しそうに街を闊歩する健人を横から眺めて、まっ、いいか!

と雪見も負けずに手を振り回した。


それから二人は、お腹が空いたのを少しだけ我慢して、まずはホテル近くにある

健人行きつけのセレクトショップに立ち寄る。

閉店まであと30分もなかったが、どうしてもここで服が見たいと言う健人に付き合った。


「こんちわーっ!」


閉店間際の健人の来店に、顔なじみの店員が驚きの表情を見せる。

が、その驚きは、健人の隣りを見てのことだった。

なんせそこには、今話題の彼女がいるのだから…。


「いらっしゃい!久しぶりだね。めっちゃ忙しそうじゃん!」


場所柄、芸能人は他にもよく来るのだろう。

健人とは違うタイプのイケメン店員は、学生時代の同級生にでも話しかけるように、

ごく普通の態度で健人を迎え入れる。

そしてすぐ隣りの雪見に視線を移し、柔らかな微笑みで「いらっしゃいませ。」と会釈した。

雪見はなんだか恥ずかしかったが、「お邪魔します。」と笑顔で頭を下げた。


「わりぃ!ちょっとだけ見ていい?どーしてもここ来たかったの。

今日、ひっさびさに早く終ってさぁ、ダッシュで来た!」

笑いながらそう言う健人の手はすでに、ハンガーに掛かった春色のカットソーに伸びている。


「ねー、ゆき姉見てっ!これ、めっちゃ良くね?

この水色感、あんま見た事ないっ!すっげー肌触りもいいし。

なんかね、今年の春は、こーゆー綺麗めな色が気分!キープしとこ。」

幸せいっぱいな顔して、次から次へと服に手を伸ばす健人の様子は、

見ているこっちまで顔がほころんでくる。


「彼、服の好みが随分変わりましたよね。

以前はハードなイメージのタイトな服ばかり選んでたけど、去年からガラッと変わって。

肌触りや着心地の良さを重視するようになったし、ゆるい感じのナチュラルな服を

着るようになりました。

それはきっと、あなたの影響だったんですね。」

健人の少し後ろに立つイケメン店員が、にっこり笑って雪見を見た。


「え…?あ、そうなんですか?私、以前の健人くんをよく知らなくて…。

でも、そう言われればクローゼットの中に、黒い服がたくさん入ってたような…。」

あなたの影響、と言われ、なんだかくすぐったい気がした。


「よーし、決めたっ!次いつ来れるかわかんないから、こんだけ全部買っちゃお!」

両腕に抱えるだけ抱えた服やら帽子を、喜々としてレジ前にどかっ!と乗せた健人。


「えーっ!?これ全部ぅ!?どんだけ服好きなのよ、まったく!」

呆れ顔の雪見に健人は、「へっへっへー!」と満足そうに笑ってみせた。


イケメン店員が健人とのお喋りを楽しみつつ、商品をラッピングする。

その間、雪見はフラフラと店内を一周して歩いた。

と、ある飾り棚の前で、はたと足が止まる。


「あ!これ…!なんかいい感じ。」


それは象牙のクロスがついたペンダントだった。

以前の健人は、アクセサリーと言えばシルバーばかり。

だが今の健人には、こんな優しい乳白色のペンダントが似合う気がした。

隣の棚には、同じデザインのプチクロスペンダントもある。


「可愛いっ!そうだ、これにしよう!!」


雪見はその大小二つのペンダントを棚から下ろし、大事に手に隠して

違う店員にこっそりラッピングをお願いした。


やっと買えた、健人の22歳のバースディプレゼント。


喜んでくれる顔を想像し、そっとバッグにしまい込んで大満足でその店を後にした。


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