本当の健人の取説
その部屋の眼下に広がる宝石のような夜景は、初めて二人で食事をしたあの日の夜景と
ドキドキ感を思い出させる。
きっと二人きりでこの部屋にいたのなら、窓際で寄り添いキスでもしただろうが、
なんせ今は周りにギャラリーが多すぎた。
そんな中、二人の対談がスタートする。
健人 なんか照れるよね、この格好にこのカクテル、このシチュエーション!
雪見 うん。二人でいたら絶対ないよね。それに私、このインタビューって言うか、
対談自体が超恥ずかしいんだけど。みんなの目がいつもと違う(笑)。
健人 めっちゃ見られてる!(笑)けど仕事だから仕方ない。ガンガン質問してくよー!
雪見 怖いんですけど(笑)。お手柔らかにお願いします。
健人 えー、じゃ質問その1。『二人きりでいる時の斎藤健人ってどんな人ですか?』
うそっ!?まさかこんな質問、俺が次々としてくの?勘弁して(笑)。
雪見 私も勘弁してほしい!(笑)。本人目の前にして言える訳がない。
健人 この企画ね、失敗だと思う(笑)。俺をインタビュアーにしたのが間違い。
だって、ヤバい質問のオンパレードだよ(笑)。どうすんの、これ?
雪見 それが編集部の狙いでしょ?健人くんの困った顔見るのが(笑)。
健人 そーゆーこと?でも答えられなきゃ意味がない。
じゃあさ、ゆき姉が質問に答えてる間、俺が耳ふさぐってのはどう?
で、発売されてから読んでビックリ!みたいな(笑)。
雪見 それがいい!だったら何でも答えちゃう!
健人 あれこれ暴露しないように(笑)。
雪見 さぁ、それは判らない(笑)。よし!気合い入れて答えるぞ!
健人 普通でいいです(笑)。
雪見と健人が照れくささをお酒の力でカバーしつつ、実に仲良く楽しそうに
話を展開していくので、見守る周りのスタッフにも自然と笑みがこぼれた。
雪見 じゃあ答えるから、健人くんは耳押さえて。
健人 OK!
雪見 ほんとに聞こえてないんだろうな?聞こえてたら怒られちゃう(笑)。
あのですねー。斎藤健人は私と二人きりでいると…結構甘えん坊です(笑)。
はい、答えたよー!ねぇ、ビール飲んでいい?喉乾く。
健人 こわっ!そんな喉乾くようなこと言ったの?じゃ、俺もビール!(笑)
(グラスにビールを注いで再び乾杯しながら)
雪見 これ飲んだら次はワインにしよう!
健人 居酒屋かっ!どこ向かってくんだろ?このインタビュー(笑)。
雪見 ねーねー、やっぱさぁ、普通に対談しない?せっかく二人でいるのに、
これじゃ全然話が弾まない!
健人 だねっ!俺もここにいる意味がわかんない(笑)。
雪見 よしっ!じゃあさ、そこに書いてある質問にお互いが答えるってのはどう?
健人 (チラッと編集部の顔を見て)いいのかなぁ?
雪見 いいの、いいの!次の質問から、お互いを語り尽くそう!
健人 だから怖いっての!(笑)
(赤ワインを二つのグラスに注ぎながら)
雪見 次の質問どうぞ!
健人 てか、もうワイン!?まじヤバくなってきた!なに暴露されるかわかんねぇ!(笑)
雪見 早く早くっ!
健人 じゃ質問その2。『斎藤健人を説明して下さい!』だって。なにこれ?
雪見 語り尽くせ!ってことね。いい質問だ(笑)。けど、どっから説明しよう…。
健人 お互い、今後の生活に支障をきたす話は無しにしようね!(笑)
雪見 えーっ!そんな話あるの?
健人 いや、ありません(笑)
二人の対談を見守る誰もが思っていた。
以前とは違う健人がここにいる、と…。
健人は言葉に対して、とても慎重で忠実な人だった。
自分の言葉を声にする前に、よくよく吟味してから話すものだから、
インタビューは必然的に長くなるし、間が空くこともしばしばある。
しかしそれは、自分の発信する言葉たちが一語一語、多大な影響を及ぼす事を知り、
不用意な発言はのちのち自身の足を引っ張る事を、充分よく知っているからである。
どこかで散々痛い目にでも遭ったのか…。
それともそうならないよう、用心深く神経質になっているのか。
22歳を迎えようとする若者は、もっと身も心も自由でいいはずなのに…。
そう思いながら健人への取材を続けてきたスタッフは、こんなにポンポンと
言葉のキャッチボールを楽しむ健人には、お目に掛かったことがなかった。
しかも屈託なく実に良く笑い、何の警戒心も感じられない。
雪見と一緒にいるというだけで、これほどまでに健人の心は解き放たれ
自由になれるのだ。
『良かったね、健人!』と、そこにいる誰もが祝福の眼差しを向けていた。
雪見 じゃあ語るよ!長くなるから、ソファーに横になって聞いててもいいし。
健人 そんなに?(笑)俺ってそんなに面倒くさい人?
雪見 単純にはできてない人。私と違って(笑)。まず斎藤健人という男はですねぇ、
見かけに寄らず男らしい!筋肉質!頭が良い!
健人 見かけに寄らず!ですか(笑)。まぁまぁ、よく言われる事です。そんで?
雪見 歌って踊れる。誰にでも優しい。よく食べる。お酒が普通に強い。
陰で努力家。毛虫が嫌い!猫が好き!家事が出来ない!
雪見は次から次へと、よどみなく並べ立てる。
しかしここまでは、ファンなら誰でも知ってる健人の姿。
が、「だけど…。」と一呼吸置いて話し出したのは、雪見だけにしか見えない
健人の本当の姿だった。
雪見 だけど…本当は寂しがり屋で恐がりで、世の中をちょっと冷めた目で見てて…。
本物の愛に飢えてて、心のどこかで何かに怯えてる。
けど、かっこ悪いとこ見られるのが嫌いだから、いつも飄々としていて…。
たくさんの人に囲まれてるのに、孤独を感じて生きてると思う。
健人 ゆき姉…。
部屋がしんと静まり返る。
今までどこにもさらしてこなかった、健人の真の姿を雪見があぶり出し、
健人の表情から笑顔が消え、スタッフの間にも緊張感が漂った。
雪見 だから…だから私が助けてあげたいと思った。私が側にいて、
健人くんの心を抱き締めててあげたかった。大丈夫だよ、私が一生守ってあげる、って…。
健人の瞳を真っ直ぐに見た雪見の突然の告白に、周りで見守るスタッフは
思わずアッ!と大声を上げそうになる。
健人と雪見はただじっと、お互いを見つめてた。
しばし見つめ合った後、雪見はまだ仕事が残ってるとばかりに、ソファーに
背筋を伸ばして座り直す。
雪見 『ヴィーナス』の読者の皆さんには、私の口から直接伝えたかったの。
浅香雪見はみなさんに誓います!斎藤健人を必ずもっと凄い男にして、
みなさんにお返しします。ニューヨークから戻って来た時、きっと更に
いい男になってるはず。そうであって欲しいから、私も全力でサポートして来ます。
楽しみに待ってて下さいねっ!
清々しい顔でそう言い切り、雪見は健人を見てやっとにっこり微笑む。
健人はたまらず雪見の肩を抱き寄せ、みんなの前で頬にチュッ!とキスをした。