『ヴィーナス』のサプライズ
「なんで?なんで健人くんがここにいんの!?」
「ゆき姉こそ、何しに来たの!?えっ?え?どーゆーことっ!?」
雪見と健人が互いを見つめたまま、目をまん丸にして突っ立ってる。
まったく思ってもなかった事が突如起きると、イケメンアイドルって
こんな表情するんだぁ!と、傍観者たちは笑いを堪えながら眺めてた。
カメラマンの阿部がそのレアな瞬間を、逃してはたまるかと急いでシャッターを切る。
「ねーねー、お二人さん!まだ気付かない?」
牧田がしびれを切らして口を開く。
「……え?うそっ!?まさか俺のインタビュー相手って…ゆき姉のことぉ!?」
「じゃあ、私のインタビューのライターさんって、健人くんなのーっ!?
なにこれっ!どうなってんの??」
その時だった。
周りのスタッフたちが「おめでとーっ!!」の祝福の声と共に、一斉にクラッカーを
パンパンと打ち鳴らす。
そして進藤が、真っ赤なバラのブーケを雪見に手渡し、健人の胸ポケットには
紫のバラを一輪挿した。
「驚いてくれて良かったーっ!バレたらどうしようって、もうドキドキしたよ!
これね、実は『ヴィーナス』編集部からのお祝い特別企画!
最近二人とも忙しすぎでしょ?
だから仕事をしつつも、ゆっくりお酒を飲みながら語らってもらおうと思って。
二人のスケジュール調整に、めちゃ今野さんにはご苦労お掛けしましたっ!」
進藤が後ろを振り向いて、今野に頭を下げる。
「でねっ!二人共これが本日ラストの仕事にしてもらったから、対談が終ったら
なんとこのまま、この部屋に一泊しちゃってくださーい!
明日の朝は、豪華なルームサービスの朝食も頼んであるって!
どう?驚いた?お休みは無いかも知れないけど、いい仕事でしょ?
うちの編集長渾身のお祝い企画なんだよっ!」
「まぁ、アイディアのほとんどは、編集長の娘さんが出したみたいなんだけどねっ!
ちょっと早いけど、健人くんの誕生日祝いと雪見ちゃんへの感謝の意味も込めてるから、
あとからは何も出てこないでーす!」
牧田がそう言いながら、進藤と手を取り合って作戦の成功を喜んでる。
「うそ…。みんな私達のために…?」
雪見は、思いもしなかった出来事に驚き感動し、今にも泣きそうだった。
親友の真由子までもが、この素敵なサプライズに一役買ってるとは…。
「今までずーっと二人のこと、応援してきたから…。
私達みんなが、身内の事のように嬉しいの!二人には幸せになってもらいたい。」
牧田の言葉に、周りの全員がニコニコとうなずいてる。勿論今野までもが。
みんなの顔を見て雪見は、泣かないでいられるはずなどなかった。
きっと進藤に、メイクが崩れると叱られるのを覚悟しながら。
「あーあー、泣いちゃったよ!これから仕事なのに。
進藤ちゃんに怒られるから、泣かない泣かないっ!
けどよ、今回の『ヴィーナス』は、とんでもない売り上げになるぞ!
なんせ交際宣言後の対談なんて、うちだけの掲載だからなぁ!
ツアースポンサーで良かったぁ〜!って社長もきっと思ってる。
俺らに特別ボーナスとか、出ないかな?」
「あ、出たらおごって下さいよっ!半分は俺たちのお陰なんだから。
ねーっ、ゆき姉っ!」
雪見には、阿部と健人が泣いてる自分を笑わせようとしてるのがわかった。
その優しさに、また仲間との別れがつらくなり涙が溢れる。
「はい、ストップストップ!時間が無くなるから仕事にかかろう!
雪見ちゃん、メイク直しっ!」
涙で滲んだメイクを進藤が綺麗に直し、牧田が胸のリボンをふわりと整えて
ポンッ!と雪見を健人の前に押し出した。
「はいっ!22歳の誕生日プレゼント!
判ってくれた?雪見ちゃんの衣装、プレゼントの箱をイメージしてるの。
さっき、その花束に付いてたリボンをほどいて、急遽ドレスに縫いつけたんだから!
だって雪見ちゃん、健人くんのプレゼント、買いに行く暇がなーい!
って嘆いてたから、よーし!って思いついて。
すっごい可愛いプレゼントになったでしょ?」
スタイリストの牧田が、我ながら上出来!と、どや顔をした。
「えーっ!そうだったの?知らなかった!」
雪見が照れ笑いを浮かべて健人の顔を見る。
すると健人は、雪見の手を取ってグイッと引き寄せ、
「ありがと!今までもらったプレゼントの中で、一番嬉しいプレゼントだよ!」
そう言って、みんなの前で雪見をハグした。
ヒューヒュー!とみんなが二人をはやし立てる。
人前では滅多にしない健人の愛情表現に驚きつつも、雪見は健人の喜びが
それだけ大きいという事を知り、素直に嬉しかった。
「はいはい!ラブラブの続きは、仕事が終ったらゆっくりどうぞ!
じゃ、急いでスタンバイしてくれー!始めよう!」
阿部の一声で全員仕事モードに切り替わり、それぞれが準備を整える。
雪見も健人と共に、広いスィートルームの中央にある大きなソファーに腰掛けて、
スタートの合図を待った。
「やべっ!俺、めっちゃ緊張してきたっ!
だってインタビューなんて、したことないもん!される方が絶対気が楽だって!
ゆき姉と交代しちゃダメ?ねーねー、このカンペ見ながらでいいんでしょ?」
いつもは緊張さえも楽しむタイプの健人だが、さすがに今日はそうもいかない様子。
根が真面目な健人は、これが『YUKIMI&』最後のロングインタビューである事から、
雪見の魅力すべてを引き出して読者に伝えようと、真剣に考えていた。
それとは逆に、健人がインタビュアーだと判った雪見は、緊張などどこへやら。
「基本、健人くんの質問に答えて、あとは自由にしゃべってもいいんですよね?」
冷静に段取りを確認し、目の前のお酒のチェックも怠りない。
「せっかく二人ともドレスアップしてるんだから、最初はカクテルで乾杯といこう!
写真は最初と対談中、終わりの三場面だけにするから、あとはリラックスして
トークに集中していいよ。レコーダーのスタンバイもいい?」
「OKでーす!」
「じゃ、スタートしよう!」
ホテル最上階の贅沢な空間は静寂に包まれ、視線の先に広がる東京の夜景も
どうやらスタンバイが整ったようだ。
雪見のリボンの色に合わせたカクテル『ピンクレディ』と、健人の胸のバラと同じ色の
『バイオレットフィズ』で乾杯し、幸せな二人の対談がスタートした。