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最後のグラビア撮影

「あー、お休みが欲しーよー!

健人くんのプレゼントが買いに行けなーいっ!!」


進藤に髪をセットしてもらいながら、雪見が鏡の前で嘆いてる。

一週間後の3月21日は、健人の22歳の誕生日。

なのに雪見は殺人的スケジュールのお陰で、プレゼントを買いに行くどころか

食材さえも買い出しする暇がない。


25、26日とツアー最後の東京公演があり、そのリハーサルや準備に

追われてるせいもあるが、健人との交際宣言後一気に大ブレイクしてしまい、

あと半月で引退だと言うのに、駆け込み需要の仕事が押し寄せていた。


今から行われる『ヴィーナス』のグラビア撮影もそのひとつ。

引退前に発売されるグラビアは、各誌共すでに撮り終えていたのだが、

大ブレイクした雪見をどうしてもあと一度だけ載せたいと、吉川編集長が

娘の真由子を動員してまでの泣き落とし作戦に出て、雪見の特別グラビアと

ロングインタビューの掲載が決定したのだった。

これは、ツアースポンサーである『ヴィーナス』だからこそ、OKをもらえた企画で、

他誌からの依頼を事務所はすべて断っていた。


「でもさ、なんか恥ずかしいな。

だってこれが発売される頃には私、ただのカメラマンに戻ってんだよ?

きったない格好で猫追っかけてたりとか…。

そんな頃にこんな綺麗な衣装とヘアメイクの私が出るのって、めっちゃ恥ずかしいっ!」

雪見が今更そんなことを言う。


「ダメだよ、雪見ちゃん。これからはずっと綺麗な格好してないと!

だって日本中の人が雪見ちゃんのこと、斎藤健人の彼女だ!って認識しちゃったんだから。

芸能界を引退しても、まったく元の猫カメラマンに戻れる訳じゃない。

これからは、イケメン俳優斎藤健人の彼女であり、フリーカメラマンの

浅香雪見にならなくっちゃ!」

進藤が雪見をたしなめる。


「そうそう!間違ってもボサボサ髪にヨレヨレのスウェットなんかで、

近所のコンビニとか行ってないでしょうねっ!」

スタイリストの牧田までもが念を押した。


「ヨレヨレのスウェットはないけど、ボサボサの髪と眼鏡は…ちょっとある。ダメだった?」


「だーめっ!!」

牧田と進藤のダブルパンチで叱られた。



準備が出来て、雪見が照れながらスタジオのドアを押し開ける。

「おはようございまーす!って、なんか恥ずかしいなぁー。

こないだの撮影が最後だと思ったから、さんざん別れを惜しんで帰ったのに。

嫁に行ってすぐ出戻ってきた感じ?」


「おいおいっ!縁起でもないこと言うなよっ!

俺らは大歓迎なんだから、いつも通りにやろうぜっ!」

カメラマンの阿部が、巨体を揺すりながらガハハッ!と笑う。

いつ来ても家族のように迎えてくれて、リラックスして仕事が出来る

この現場が大好きだと雪見は思った。


「じゃ始めるよー!」

阿部の声を合図に撮影がスタートする。

雪見はもうプロのモデルそのものだった。


カメラの前に立てばプロのモデル、自分がカメラを握ればプロのカメラマン。

そしてステージに立てばプロのアーティストになるのだから、誰もが

その才能を封印して引退する事を惜しんだ。


「くどいようだけどさ、本当に辞めちゃうのかな?雪見ちゃん…。

どう考えても、もったいないよね。」

スタジオの後ろで撮影を見守ってる牧田が、隣りの進藤にぼそっとつぶやいた。


「仕方ないですって!彼女、一度決めた事は貫きますよ。

それにこれからは、健人くんのサポートが一番の仕事になるんだし…。

あの幸せそうな顔!この前の撮影とはまったく違う顔してる。」


「ほんとだねっ!なんか堂々としてるって言うか、自信に満ち溢れてる!

彼女としてお披露目されたからには、健人くんのために綺麗に撮られなくちゃ!

って感じだね、きっと。」

見ているスタッフ誰もが、同じ思いを抱いていた。


それからも撮影は順調に進み、グラビア撮影は夕方無事終了。

次は場所を高級ホテルの最上階スィートルームに移し、初のロングインタビューに挑む。

スタッフ全員、道具を車に積み込み移動する。



「うわぁーっ!すっごい部屋ぁ!見て見てっ!絶対夜景が綺麗だよ、ここっ!

こんなとこで仕事なら、毎日でもいいや!『ヴィーナス』って太っ腹っ!」


部屋のドアを開けた途端、目に飛び込んできた地上53階からの景色は、

すでに沈み掛けてる太陽が、最後の力で東京の街全体を柔らかく抱きかかえ、

完璧な夜景にバトンタッチするまでの、時間稼ぎをしているようだった。

そんな絶景を、雪見は子供のようにはしゃぎながら眺めてる。


「さっきまで、お休みが欲しいよーっ!って叫んでたのは、どこの誰だっけ?」

進藤と牧田が、腕組みしながら笑ってた。


「よーし!陽が沈まないうちに急ごう!」


雪見が大至急衣装を着替え、まずはこの絶妙な色加減の東京をバックに

阿部がシャッターを切る。

続いて、雪見がカメラを構えて窓の外を写してるシーンを、阿部が再び横から狙った。


「ほんっと、綺麗…。」

雪見は自分が被写体であることも忘れ、夢中でカメラのシャッターを切り続ける。

カメラを手にすると、際限なく幸せな気持ちが溢れ出すのだった。


「OK!あとはインタビュー中のショットをもらうから。

しっかしさ、雪見ちゃんはカメラ持つと豹変するよね。

来月からはガチで俺のライバルだしな。やっべぇ!仕事持ってかれるかも!」

阿部が冗談とも本気ともつかぬ顔で牧田を見る。


「そうね!撮られる方だって、こんなヒゲ面でお腹の出たオッサンより、

綺麗なお姉さんに写される方が、嬉しいに決まってるもんねー!」

牧田と進藤が大笑いしながら、次の仕事のスタンバイをした。



インタビュー用の衣装に着替え、雪見が身を縮めるようにして出て来る。

オフホワイトのサテン生地で出来た膝丈ドレス。

半袖のパフスリーブで、胸の前にはピンク色の濃淡二本の大きなリボンが結ばれている。

まるでプレゼントの入った箱のように。


「なんか、可愛いけど恥ずかしいなぁ、この大きいリボン!

こんなドレスでインタビュー受けるの?ライターさんに笑われない?」

雪見が自分を鏡に映しながら、うーん!と唸った。


「大丈夫、大丈夫!雪見ちゃんの特別企画だから、ライターさんにも

ちゃんと正装して来てもらってるし。

あ!言い忘れたけど、そのための高級ホテルなんだよ!

編集長が、無理言って頼んだ仕事だから、これくらいの特別企画にしないと、って。」


「えーっ!そうだったの?気を使わなくても良かったのに!後でお礼のメールしとこっ。」


「じゃあ、インタビューは隣りの部屋でねっ!ちゃんとお酒も用意してあるから。」

みんなで隣の部屋へと移動を開始する。


「良かったぁ!初めてのロングインタビューだから、めっちゃ緊張して話せないかも

って思ってたんだ!嬉しいっ!」

お酒を飲みながらと聞いて、一気に雪見のテンションは上がったようだ。

カードキーでドアを解錠し、牧田を先頭に隣のスィートルームにガヤガヤと入ると…。


「えっ…?健人くん…?」


「うそっ!?ゆき姉!?」


隣りの部屋で待っていたのは、タキシード服姿の健人であった!


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