ファンの反響
3月4日金曜日、午後11時40分。
二人同時にアップされた健人と雪見のブログは、その日の週刊誌と共に
週末の夜を大いに騒がせた。
街で酔って盛り上がってる若者達も、夜勤のナースステーションでも、
可哀想な事に、最後の追い込みをしてる受験生までもが、健人と雪見の
話題一色の夜を過ごしていた。
週刊誌のスクープは『斎藤健人&浅香雪見 堂々交際宣言!』と見出しが付き
二人が見つめ合い、幸せそうに微笑んでる写真が大写しになっている。
記事には「二人は浅香のマンションで、すでに同棲中。」であるとか
「ニューヨークで挙式の可能性も?」だとか「浅香は現在妊娠しておらず…。」
など、健人が実際話した内容と記者側の憶測記事とが、ごちゃまぜに並んで掲載されていた。
一方、二人が初めて公式に出したメッセージでもあるブログも、はっきり書いてあるのは
来月ニューヨークへ行くと言うことぐらいで、健人のブログに至っては
いつもの如く、抽象的な表現だけに留まっている。
その可愛い言い回しが健人ブログの人気のひとつなのだが、考えようによっては
どうにでも解釈出来るわけで、健人ファンたちはインターネット上で、
早くも色んな論争を繰り広げていた。
『二人が付き合ってるのはショックだが、どこにも結婚するとは書いてない!』
『少しの辛抱!今に夢から覚める時が来る!』
『他の変な奴よりはゆき姉の方がまだましだけど、はとこ同士ってのはどうよ?』
『健人がそんな年上好きだったとは!そっちの方がショック!』
『みんな!少しは健人を祝福してあげようよ!いっぱい悩んで発表した事なんだから。』
他に大事件が起こらなかったせいで、このニュースで埋め尽くされた週末だった。
それから一週間。
健人ら一行は全国ツアー四ヶ所目の地、福岡空港へと降り立った。
早朝便にも関わらず、健人と雪見が交際宣言後、初めてツーショットで現れるとあって、
到着ロビーには大勢の報道陣やファンが押しかけ、身動きが取れぬほどに混雑してる。
ここまでの騒ぎになってるとはと、みんなの顔に緊張が走った。
「いいか!三人のガードをしっかり頼むぞ!」「はいっ!」
当初今野は、健人と雪見を大きく離して歩かせるようスタッフに指示した。
だが、あまりに殺気だったロビーの様子に、身の危険を感じた雪見が怯えてる。
「今野さん。俺にゆき姉を守らせて下さい。お願いします!」
それを見たすっぴんに黒縁眼鏡の健人が、頭を下げて頼み込んだ。
二人でファンの前に現れた時の騒ぎを想像すると、今野は躊躇していたが
雪見の安全を守るにはその方がいいのではないか、と当麻が意見したことで
今野はそれを了承した。
健人が隣りにいる事で、誰も雪見に手出しは出来ないだろう、と。
「よしっ、行くぞっ!当麻の周りもしっかりガードしとけ!」
大勢のスタッフに囲まれた当麻が先に出ると、悲鳴にも似た歓声が上がり、
当麻はそれに笑顔で答えた。
次は健人と雪見の番。初めてのツーショットお披露目である。
離れないよう、健人が雪見の手を力強く握り笑顔を見せる。
「大丈夫だよ!俺が守ってんだから。最強のボディガードだろっ?」
「うん!ギャラが高そうなボディガードだけどねっ!」
やっと雪見も笑顔を見せる。
健人の手の温もりと眼鏡の奥の優しい瞳が、何よりも確かな安心を与えてくれた。
二人が一歩報道陣の前に姿を現すと、辺りが真っ白になるほどのフラッシュがたかれ、
ファンの悲鳴と黄色い歓声が耳をつんざく。
雪見はヤジも覚悟していたが、みんなから掛けられた言葉は思いがけず
「おめでとう!」の嵐だった。
「けんとーっ!ゆきねぇーっ!おめでとーっ!!」
「ゆき姉、健人くんをよろしくねーっ!」
「ずっと応援してるからー!!」
「ライブ、頑張ってーっ!」
祝福の言葉のシャワーを浴びながら、健人は大歓声にかき消されないよう
雪見の耳元で大声を出す。
「なんか結婚式みたいじゃね?」「ほんとだねっ!」
にっこり笑って一瞬見つめ合った二人に、一斉にフラッシュがたかれる。
報道各社はその幸せそうな笑顔を、次の誌面のトップに据えた。
そして午後五時。いよいよ開演の時がやって来た!
二千人以上を抱えたそのホールは、明らかにそれまでの三会場とは空気が違い、
雪見も健人も今までで一番緊張してる。
「大丈夫だって!みんな祝福してくれたじゃん!
今まで通りにやればいいんだよ。二人は何一つ、変わっちゃいないんだから。」
当麻が笑いながら、健人と雪見の肩をポンポンと叩いた。
「そっか…。そうだよねっ。
俺たちって、交際宣言したからって、どこも変わっちゃいないよね…。
名古屋のライブん時と俺、なんか変化してる?」
健人が真顔で雪見に聞いてみる。
「うーん、花粉症が悪化してるくらい?なんかね、今日は顔がクシャクシャしてるっ!」
そう言いながら、雪見がクスクス笑った。
「そう!かーなーりっヤバイ!…って、そんな変化かー!!」
三人で大笑いしたら、緊張なんてどこかへ飛んでった。
健人は、いつも絶妙な切り返しで自分を笑わせてくれる雪見が、大好きだと思った。
「よっしゃ!じゃあ今日も派手に、ぶちかまして来ますかぁ!」
健人と当麻がハイタッチしてから、ステージにぴょんと飛び出して行く。
『SPECIAL JUNCTION』の登場に会場中が絶叫し、デビュー曲「キ・ズ・ナ」の
イントロを合図に、福岡公演が幕を開けた。
当麻のバラードあり、健人の得意なブレイクダンスあり、二人のデュオありの
バラエティーにとんだ四曲を歌い終わり、とうとう雪見の出番がやって来る。
健人の事はなんとか笑わせて送り出せたのに、雪見自身は怖くて足がすくんでた。
空港でかけられた祝福の言葉が、本物かどうかわからない…。
そんな雪見の背中を今野がポンと叩く。
「ほら、そんな顔してたら健人が可哀想だろ。
あいつ、いつも以上にファンサービスして、お前の事も受け入れてもらえるよう、
盛り上げてくれてるじゃないか!当麻だってそうだよ。
お前はいつでも笑ってなきゃダメだ。
健人にとってお前は、いつでも太陽でいなきゃだめなんだよ!」
健人を輝かせる太陽…?この私が…?
そう…それが斎藤健人と生涯を共にする者に与えられた、使命かも知れない。
日本中のファンが、斎藤健人の更なる輝きを待っている。
それを託されたのが…私なんだ!
今野の言葉が雪見を目覚めさせた。
「はいっ!私、健人くんを輝かせるために行って来ます!」
颯爽とステージに登場した雪見は、健人たちに負けないほどの大歓声を浴び、
笑顔がキラキラと太陽のように輝いてる。
それを眩しそうに見つめる健人も、太陽からのエネルギーを吸収し、
今まで以上に輝きを増すのだった。
交際宣言後初のライブは、こうしてどこの会場よりも熱く盛り上がり、
大成功を収めて幕を閉じた。