堂々、交際宣言!
「帰って来たぞっ!斎藤と浅香だっ!」
一人のカメラマンの声に反応し、マンション前にいた4人が戦闘態勢に入る。
そこまでの距離、三十メートルほどか。
どうやら健人と雪見の同棲をすっぱ抜いたのは、女性週刊誌一誌だけの様子。
完全なる特ダネスクープだ!
「なーんだ。どうせなら、みんないっぺんに集まって欲しかったな。」
健人は余裕とも取れる言葉をつぶやいて、雪見の顔を見た。
「ゆき姉は、何にもしゃべんなくていいからね。全部俺に任せて。
そんな顔すんなって!大丈夫だよ。ゆき姉には俺が付いてんだから!」
そう言って健人は、繋いだ手を改めてキュッと結び、完璧な笑顔で微笑んで
雪見を見つめてる。
どうして…?なぜ逃げないの?いいの?今みんなにバレても…。
一歩また一歩と迫り来る敵から逃れようともせず、健人は前を向いて足を進める。
キャップこそ目深に被ってはいたが、その奥の瞳は新しい事に立ち向かう時の
雄々しき挑戦者の目をしていた。
だが…恋人つなぎをした雪見の指は、ジンジンするほど強く結ばれている。
笑顔の裏に隠された健人の心の内が、その指先の痺れから痛いほど伝わってきた。
健人くんが…私のために行動を起こそうとしてる…。
大変な事になっちゃうのに、本当は自分だって怖いのに、私のために…。
健人の気持ちに気付いた時、雪見も覚悟を決めた。
もう健人くんを止めはしない。あなたの決めた事について行く。
私も一緒に戦うよ!だって私はあなたの彼女だもん!
そうと心を固めたら、雪見の中から恐怖は消え去り、反対にムクムクと
闘争心が湧き上がった。
「健人くん。やっぱ私も喋っていい?」
「えっ!?」
驚いて健人が雪見を見ると、雪見は隣でいたずらっぽく笑ってみせた。
さっきの怯えた目とは別人で、カメラを構えてる時と同じ挑戦的な目をしてる。
健人が優しく微笑み返した。
二人の心が重なれば、もう怖いものなど何もないと…。
「よしっ!ゾンビの中に突入といきますかっ!」
「おっ!いいねぇーそれ!ゲームみたいじゃん!
ゆき姉はあのゲーム、めっちゃ下手くそだけどねっ!」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑ってみる。
すると最後まで残ってた少しの緊張も、みんな笑い声と共にどこかへ飛んでった。
よしっ!いざ、突入!
「斎藤さーん!お帰りなさーい!ここ、浅香さんのマンションですよね!?
いつからお二人は一緒に暮らしてるんですかー?」
「お付き合いしてる事に、間違いないですよねっ!?」
「結婚はもう決まったんですか!?」
「来月、お二人でニューヨークへ行かれるとお伺いしましたけど、正式発表は?」
「もしかして浅香さん、オメデタですかーっ!?」
マイクを突き出し、矢継ぎ早に繰り出される質問とフラッシュの光。
通りがかりのおじさん達たちが、何事か!と足を止めるのも無理はなかったが、
それより何より、健人と雪見は最後の質問に大受けしてた。
「やだっ!私のお腹が出て来たってこと!?お酒の飲み過ぎ?
明日から腹筋しなくちゃ!」
「なんで明日からなの?今日からやんなさいっ!」
二人が大笑いしてるのを、カメラマンや記者達が豆鉄砲を食らったような顔して見た。
「あ、あの、お付き合いはされてる…んですよねっ?」
「見ての通りです!」
そう言って健人は、つないだ手を上に掲げて見せた。
二人の愛を誓った指輪が、みんなによく見えるように…。
「あ!ゆき姉の名誉の為に言っときますけど、オメデタはないです。」
記者らの前に並んだ二人は、実に仲良さそうにニコッと笑って見つめ合った。
その瞬間、連写でフラッシュがたかれ、特ダネ写真が完成される。
「来月から二ヶ月間、ニューヨークで芝居の勉強をして来ます!
ずっとやりたかった事なんで、やっと夢が叶ってすっごい嬉しいです。
許可してくれた事務所には、ほんっと感謝してますよ!
ゆき姉は英語が話せるんで、通訳として一緒に来てくれるんですけど、
向こうじゃ部屋を借りての自炊なんで、食事とか洗濯とか生活全般お世話になります。
僕は芝居の勉強だけに専念できる訳で、有り難いっす、マジで。」
そう言いながら健人は、雪見に向かって頭をぺこんと下げた。
その仕草が可愛かったのと、やっと自分を彼女だと公表してもらえたのが嬉しくて、
雪見はニコニコといつまでも健人の顔を見上げてる。
健人と付き合い出してから、一日も取れることの無かった胸のつかえがストンと落ちて、
やっと楽に呼吸が出来るようになった気がした。
きっとこの後、話はあっという間に広まり、報道各社が押しかけることになるだろう。
事務所にしたって、ごく限られた一部の人しか知らなかったのだから、
驚きつつも外の対応に大わらわだろうし、インターネットでも瞬時に世界中に話が広まり、
色々な人からバッシングも大いにされるだろう。
しかしそれはいつ発表したところで、どのみち同じ反応だ。
だったらもっと早くに、とっとと発表すれば良かった!と健人は少し後悔した。
なーんだ!こんなに簡単なことだったんだ!と。
当麻と違い、慎重すぎる性格がずっと雪見に苦しい思いをさせてたかと思うと、
申し訳なくて「今までごめんねっ!」と早く謝りたかった。
これで堂々と外でデートも出来るし、彼氏彼女は居ません!と言う偽りの
後ろめたさからも解放される。
離れていくファンがいたとしてもそれは致し方ないし、それでも応援してくれるファンこそ
大事にしようと二人は思う。
とにかくとにかく、あースッキリしたぁ!と言う感じ。
あとは順番にひとつひとつ対処していけばいい。そう思っていた。
安堵感と開放感に包まれた二人は、早く部屋に戻ってのんびりしたかった。
際限なく繰り出される質問を遮って、健人が終了を宣言する。
「あのー詳しい話は事務所にしておくんで、あとは事務所を通してお願いします!
これからファンに向けて、ブログも書かなきゃならないし…。
みなさんもこの後、忙しいでしょ?
今日はわざわざ来てくださって、ありがとうございましたっ!失礼しまーす!」
健人が雪見の手を引いて、その場を立ち去ろうとした時だった。
雪見が突然クルッと後ろを振り返り、記者達に向かって初めて口を開いた。
「あのっ!私が健人くんの人生の、専属マネージャーになるだけですからっ!
斎藤健人はこの先もずっと、斎藤健人のままです!
絶対凄い俳優に進化し続けるんで、楽しみにしてて下さい!」
そう大きな声で言った後、丁寧に頭を下げてニコッと健人に微笑み、
「行こっ!」とまた手をつないで歩き出した。
健人の胸が熱くなる。
「ありがと!いい締めの挨拶だったよ。」
本当はすぐにも雪見を抱き締めたかったが、まだみんなが後ろで見てる。
マンションのエレベーターに乗り込んだ途端、二人は熱いキスを交わした。