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先輩の教え

「ねぇ、なんなの?芸能界を堂々と生きるお手本って?

意味わかんないんだけど…。」


「まぁ、いいからいいから!まずは飲もうぜっ!せっかく久しぶりに会ったんだし。

ほんとは女子会に突然登場して、『キャーッ!翔ちゃんだーっ!』

ってのを想定してたんだけどなぁー。

おっ!ワインもあるじゃん!次これ飲んじゃお!」


「悪かったわねっ!こんな女子会で。

あとでママに謝ってから帰りなさいよっ!」

相変わらずこの二人の会話は、クレヨンしんちゃんとみさえのようだ、

と健人はクスッと笑いながら眺めてた。


「そうだ、ねぇ!最初のメールはなんだったの?初の単独ライブって。

どこで歌って来たわけ?」

健人が突然思い出して雪見に聞いてみる。


「そうそう!母さんのお見舞いに行ったのに、大変な事になっちゃって!」

雪見は病室に入ってから、ライブが終って病院を出るまでの一部始終を、

健人と翔平に興奮気味に話して聞かせた。


「へぇーっ!凄いじゃん!そんなに騒がれるなんて、ゆき姉も完璧芸能人だ!

やっぱネットって凄い威力だよね!

たった一日で、日本中に顔や名前が知られたりするんだから。

まぁ良くも悪くも、ってとこがミソなんだけど。

今だってきっと、店の外は大変なことになっちゃってんだろうなー。」

他人事のように平然と言いながら、翔平はワインをみんなに注いだ。


「そうよ!だから来なくていいって言ったのに!

益々出られなくなったでしょ!今日はこの店に泊まりってこと?

しかも翔平くん、なんでそのまんまの顔で来たのよっ!

だからバレちゃったんでしょ!?」


「うわっ!人の顔にまでケチつけるわけぇ!?

あのねぇ!俺、指名手配されてる訳でもねーのに、顔隠したり変装するのって嫌なのっ!

たかが飯食いに行くだけで、なんでコソコソしなきゃなんないの?

俺だって芸能人である前に人間なんだから、飯ぐらい食うでしょ!」


あ…前にも同じようなセリフ、聞いた事がある。

そう、初めて健人くんと二人でご飯を食べに行った時…。



「お!翔平も、たまにはまともな事言うね!

じゃそろそろ、堂々と店を出るお手本の実践といきますかっ!」


「えーっ!もう早帰っちゃうのぉ!?まだ飲み足りないのにー!」

翔平が口をとがらせて、ぶーたれた顔をする。


「今日は飲むのが目的で、ここ来たんじゃないだろっ?

ゆき姉に、ファンに囲まれた時の対処の仕方を伝授する!って、

お前も張り切ってたじゃん!

それに俺らは大阪帰りなの。今日は早く帰って休みたいのっ!」

健人がコートを羽織り、お気に入りのハットを被って、早々と帰り支度完了。

翔平と雪見を急かし始める。


「それ、早く帰って、えっちしたいってこと?」

翔平が、真面目な顔で健人に突っ込みを入れた。


「キャーッ!何てこと言うのよぉーっ!」

「アホかぁーっ!そんなこと思っとらんわっ!」


雪見が赤くなったであろう顔を隠すため、そそくさとコートを着てバッグを持ち、

急いで部屋のふすまを開けてブーツをはき始める。


「ねぇねぇ、図星だったの?」

後ろから追い打ちをかけるように、ククッと笑いながら翔平が雪見をからかった。


「いいから早くコートを着なさーいっ!

私、先に行って、マスターとママにお礼言ってからお会計してくるねっ!」


「あ、俺も行くっ!」

健人も急いでブーツを履き、雪見の後を追いかける。

と、二人がホールに姿を現した途端、大きなどよめきと女の子の悲鳴が当然上がった。


「よっしゃ!じゃあここらで翔ちゃんも、登場といきますかっ!」


先に行った二人の騒がれてる声を聞きながら、ブーツの紐をキュッと結んだ翔平は、

たんっ!と立ち上がり、颯爽と奥の通路から広いホールへと出て行った。

が…しかし、視線はすでに健人と雪見に釘付けで、誰も翔平の登場に気付かない。


みんなの視界に入るよう、慌てて健人と雪見に合流しマスターの前に立つ。

すると翔平に気付いた周りから、さらに大きな悲鳴が上がった。


「ごめんね、マスター!本当に今日はお騒がせしましたっ!

この二人、私に芸能界の生き方を、わざわざ教えに来てくれたらしいの。

みんなに囲まれても、毅然とした態度でいなきゃダメなんだって。

そうしないとプライベートが無くなるから、って…。

そうだよね。私達職場が芸能界にあるってだけで、あとは普通に暮らしてるんだもん。」


「そりゃそうだ!飯食わなくても生きてける、サイボーグじゃねーもんなぁ!

酒だって飲みてーし、買い物にだって行きたいわなぁ!

だったら、次も遠慮なんかしないで来てくれよっ!待ってるからなっ!」


「ありがと、マスター!また来ます。

ママもゴメンねっ!今度また仕切り直しで女子会しようねっ!

あ、お会計は私がして行くから、ママはゆっくり飲んでって!」


「なに言ってるの!今日は私が払うって言ったでしょ!」


「だめっ!私達だって散々食べたし飲んだもん!私が払う!」

またしても由紀恵と雪見が押し問答になる。すると…。


「おばさんたちっ!早くしてっ!」


後ろでしびれを切らした翔平が、言ってはならないことを口にした。

その瞬間、じろりとみんなに無言で睨まれ、翔平は逃げるようにその場を退散する。

「ごちそうさまでしたーっ!」


キャーキャー言われながら翔平が出口まで進むと、雪見らを振り向いて

『早く!』といわんばかりに手招きをする。


「さぁ行きなさい!またねっ!」

「雪見ちゃんも健人も、また来いよっ!仕事頑張れ!」

二人はいつもと変わらぬ優しい笑顔で、健人らが無事出口から出て行くのを見送った。



ビルの外に出た途端、待ち構えてた大勢のファンにあっという間に囲まれた三人。

相変わらず「サイン下さいっ!」「写真撮ってもいいですかぁ!」と声が掛かり

手が伸びるのだが、もう雪見の態度に戸惑いはない。

健人と翔平が店内で示した通り、毅然とした態度と言葉で「ごめんなさい!

プライベートな時間だから。」とはっきり断る事が出来た。


よしよしっ!と言う顔で微笑む健人と翔平。

新しく人気者の仲間入りを果たした雪見を、タクシーに乗り込んでから

二人の先輩が誉めてくれた。


「やれば出来るじゃん!」健人が雪見の頭をよしよしする。

「これでゆき姉も一人前だねっ!」偉そうな口ぶりで翔平が言った。


「やだやだ!私これからずっと翔平くんに、先輩づらされちゃうの?

早くカメラマンに戻りたーい!」


「早く人間になりたーい!じゃなくて?」

「なにそれっ?意味わかんないし。」



雪見と翔平のやり取りは、いつもビミョーにずれていて、やっぱり

みさえとしんちゃんを見てるみたいだと、笑いながら健人は思った。


窓の外には雨上がりのぼんやりした月が、あくびでもしたそうにこっちを見てる。


さぁ、帰って寝よ寝よっ!


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