告白
「おばさん、本当に楽しかったです。ご馳走さまでした!
帰ったら早速、聞いた材料買ってキムチに加えてみますね。」
「是非やってみて。あとは完璧だから、それで斎藤家の味になるはず。
完成したら健人にも食べさせてやってね。」
「はい。頑張って美味しくします。
あ、健人くんのことは心配しないでくださいね。ちゃーんと私が監視してますから。」
「要注意人物かよ、俺。」
健人が苦笑い。
「ある意味そうでしょ!お兄ちゃんのこと、全国の人が見てんだよ?
お兄ちゃんがなんかやらかしたら私、お嫁に行けなくなっちゃうんだからねっ!」
つぐみが眉間にシワを寄せて訴えた。
「俺が何やらかすっての。
お前はそれ以前に、生意気な口をどーにかしないと嫁になんか行けんわ!
んなこと考えてないで、勉強すれっつーの!」
ほーら、また始まった!と健人の母が笑った。
私は、兄妹喧嘩する時の兄貴ぶった健人が好きで、知らぬ間にニコニコ見つめてたらしい。
すると、それを見逃さなかったつぐみが私の手を取り「ふつつかな兄ですが、どうかお願いしますね!」と母親気取りで言ったのでビックリ。
「ばっかじゃねーの!」
健人が反撃したものの、妹が何もかもお見通しのような気がして、それ以上は何も言えなかった。
「さぁ、行きなさい!仕事に遅れちゃうよ。
また休みになったら二人でおいで。美味しいもの作って待ってるから。」
健人の母が、名残惜しさを断ち切るようにそう言う。
「じゃあ、行こうか。」
「うん。」
健人と私は二人に見送られ、楽しかった故郷をあとにした。
二人きりの車内。
さっきまでと違って、ぎこちない空気が充満してる。
このたった一日の休みで、お互いの意識が確実に変わったことだけは間違いなかった。
「あのさ。」
沈黙を破るように話し出したのは健人だった。
「コタとプリンって、ほんと、ゆき姉のこと好きだよね。
俺んとこより、絶対ゆき姉んとこ行く回数の方が多かったもん。ちょっと悲しい…。」
運転しながらチラッと横を見ると、健人が悲しげに目を伏せてる。
「え?そんな顔しないでよ。
私は仕事柄、猫の扱いがうまいだけで、本当にコタとプリンが好きなのは健人くんに決まってんでしょ!」
私が慌ててそう言うと、健人が「うっそぴょーん!」と舌を出した。
「なにそれ?健人くんを悲しませちゃったって、こっちの方が悲しくなったのに!」
「ごめんごめん! でもゆき姉って、いつも俺のこと考えてくれてんだね。
俺が悲しまないように、苦しまないようにって。それって、どうして?」
突然の問いかけに、私は戸惑った。
その答えを口にするのが怖くて、今まで心が逃げ回っていたのに…。
でも今、答えを出さないと、ずっと後悔するような気がした。
「好き、だから?」
私が言おうかどうしようか迷ってる言葉を、勝手に健人が口にした。
「俺のこと、好き?」
好きか?と聞かれて嫌い!とは言えない。
「ずるいよ、健人くん。
そんな風に聞かれたら、嫌い、なんて言えるわけがない。ずるいよ。」
「だったら、好き、って言って。」
健人が、ハンドルを握る私の方を向き、真顔で言ってるのが空気でわかる。
「…好き。…大好き。私は斎藤健人が大好き!」
前を見たまま半分ヤケクソ気味に言う。大きな声で叫んでやった。
どう?これで文句ある?という風に。
「ありがと。嬉しいよ…。
って、やったぁ!ほんとに?ほんとに俺のこと好き?好きなの?」
健人の喜びようは予想外だった。
さっきまでの静寂さが嘘のように、一気に騒がしい車内になる。
私は、しまった!やられた!と、今頃気付いた。
イケメン俳優の演技にまんまと引っかかり、自分からは決して言うまいと思ってた言葉を口にしてしまった。
「ずるいよ健人くん!私にそんなこと言わせるなんて。
今、お芝居したでしょ?俳優の斎藤健人になってたでしょ?」
「だってゆき姉が、今日から仕事だからウォーミングアップしないとって言ったんだよ?」
「私は真剣に告白したのに!
絶対に自分からは言わない、って決めてたのに!」
私が怒ってそう言うと、健人はさらっと口にした。
「俺もゆき姉のこと、好きだから。」と。
「えっ?私のこと、好きって言った?」
心臓がバクバクして、正常な運転ができてるのかどうなのか。
でも健人の命を預かってるのだから落ち着け、雪見。
「言ったよ。俺もゆき姉が、ずっと好きだった。 たぶん俺の初恋の人はゆき姉だと思う。
でも今までそれが恋なのか身内に対しての愛なのか、自分でよく解らなかった。
けど一ヶ月前に再会してから、確実に毎日好きになっていくのが自分でよくわかったよ。
ごめん、俺から言い出せなくて。自信がなかったから…。
俺は好きだけど、ゆき姉が俺のこと弟みたいに思ってるのかと、ずっと不安だった。」
「健人くん…。」
「もう一度聞いてもいい?
本当に俺のこと、好き? 弟みたいにじゃなく、男として好き?」
小さい子供が母親に、自分への愛情を確かめるように「僕のこと好き?」と聞くかのように。
健人は何度も何度も自分への愛を私に確認した。
「大丈夫。本当に好きだから。誰にも負けないくらい好きだから。
健人くんが私のこと、お姉ちゃんみたいって思ってたとしても、私は健人くんが大好き。」
「良かった。」
やっとお互いの気持ちを確認し、健人は安心したように隣で目を閉じた。
信号待ちの間、私はその彫刻のように美しい寝顔を横目で見て、本当にこの人が私の彼氏になったの?と、不思議な気持ちになった。
これから待ち受けているであろう幾多の困難。
私が必ず健人を守ってみせると心に決め、今日からの戦場へと車を走らせた。