助けに来た王子様
雪見が急いで健人に折り返し電話して、来なくていいからっ!と訴えても、
健人は頑として言う事を聞かなかった。
どうやらすでにタクシーで、こっちに向かってるらしい。さぁ、大変!
店の内にも外にも人がいっぱいいるのに、バレないで入って来れるとは思えない。
でも私、そんなに心配かけるような事、メールに打ったっけ?と考えてるところへ、
由紀恵がワインと料理をトレーいっぱいに乗せて戻って来た。
「ママっ、大変なの!これから健人くんが私を迎えに来るって!」
「ええーっ!?ここへ来るって言うのっ?まだ店の中、超満員だよ!
どうすんの?見つかったら確実に大騒ぎでしょ!」
由紀恵も思わぬ事態に大慌て。
二人で、どうしよう!どうしよう!とバタバタしてる。
「やっぱり…私がお店から出るよ!健人くんが着く前に。
これ以上、みんなに迷惑かけられない。
ごめんね、ママ。女子会の続きはまた今度でもいい?」
「それは構わないけど、まだ外に人が集まってるんじゃない?
大丈夫かなぁ。私も一緒についてってあげる!」
「いいの、ママはここにいて!私なら一人で大丈夫!どうにかするから。
せっかくマスターが作ってくれたご馳走だし、ゆっくり食べて行って。
お会計は私がさせてね!今日は本当に迷惑かけちゃったから。」
「なに言ってるの!私が誘ったんだし、私が食べるんだから雪見ちゃんは
払わなくていいのっ!そんな事、気にしないで。
次はゆっくりお母さんの話、聞くからね。またお見舞いに行く時は寄ってよ!
今日より、もっと素敵なアレンジを考えておくから。」
「ほんとっ!?母さんね、すっごい喜んでくれたの、あのお花!
看護師さんたちにも『おっしゃれぇー!』って言われて、私も鼻高々だった!」
どうして女という生き物は、こうもお喋りが好きなのだろう。
この緊急事態に、どうでもいい事を次から次へとしゃべり出す。
一応、気持ちだけは急いでるらしく早口ではあるのだが、それにしたって
今じゃなくてもいいだろっ!と突っ込みたくなる話ばかりだ。
そういや、よく食事をした後の会計カウンター前で、こういう光景を目にはしないか。
後ろに会計待ちの人が並んでるにもかかわらず、私が払う、いや今回は私に払わせて!
と押し問答してる人達を。
やっと会計が終ったかと思えば今度は出口付近で、永遠の別れを惜しむかのように、
最後の最後まで喋り続ける人達を。
若い子たちではまず見かけない光景。そう、ある年齢から上の世代の光景だ。
いわゆる「おばさん」と呼ばれる世代の…。
その時だった。
「雪見ちゃん、開けるよー。お客さん!」
マスターの声と同時に目に飛び込んで来たのは、なぜか笑顔の健人と
憮然とした顔のマスターだった。
「早っ!!もう来ちゃったのぉ!?来なくていいって言ったのにぃ!」
あなたたちがいつまでも、くだらないお喋りをしてるからでしょっ!
「頼むって!健人が来るって判ってたんなら、早く伝えに来てくれよっ!
いきなりだったから、焦ったのなんのって!
しかもこの人、なんにも変装してないから、客にバレちまったし…。」
「この人…?」
「よっ!ゆき姉!元気だったぁ?」
なんと、マスターの横からひょこっと顔を出したのは、翔平だった!
「うそっ!翔平くんまで連れて来たのぉ!?なんでぇ?」
「だってこいつ、ゆき姉と一緒に飯食いたいって、きかないんだもん!
この店も、前から行ってみたいってずっと言ってて。
で、ゆき姉を迎えに『どんべい』行くって言ったら、俺も行く!って。」
「いいじゃん、いいじゃん!
だって健人から一緒に飯食いに行こう!って誘ってきたのに、急に俺を振って
ゆき姉を迎えに行くって、それひどくね?
だから俺も行く!って付いてきたわけ。ゆき姉にも久々に会いたかったし。
ねーねー、それより女子会会場はこの部屋じゃないの?
何人集まってんの?女子会。可愛い子とか、いるっ?」
翔平がキョロキョロと、隣の部屋辺りを見回した。
「私と雪見ちゃんの二人だけですけど、なにか?」
由紀恵の引きつった笑顔に、マスターが大爆笑した。
「あーっはっは!そりゃいいや!いいねぇー、若者は!
そうでなくっちゃいかんよなぁ、男は!
いついかなる時も、女に飢えてなくちゃ人類は滅びるっ!
君みたいな肉食系が、この地球を救うんだ!気に入った!
さぁさ、とっとと中入って!今ビールと美味いもん、持って来てやるから!
あ、由紀恵はもう用が済んだから、あっちで店を手伝えよ!
今日は猫の手も借りたいくらい忙しいんだ!じゃ、ごゆっくり!」
マスターに手を引っ張られ退場する由紀恵に向かって、雪見は後ろから
「ママーっ!ごめんねぇー!」と最後に叫ぶ。
耳を澄ましてみると、店内は健人と翔平に気付いた客らの声で騒然としていた。
「俺、なんか悪いこと言ったぁ?」
相変わらず、あっけらかんと憎めない顔して聞いてくる翔平に、雪見は
「いいよ、もう。」と答えるしかない。
程なくしてマスターがビールと料理を運んできたので、そこから三人の
思いがけない飲み会がスタートした。
「俺、めっちゃ腹減ってんの!飲むより先に食うからねっ!
いっただっきまーす!うんめっ!なにこれ!めちゃウマなんだけど!」
子供のようにはしゃぐ翔平を見てると、こっちまで自然と笑みがこぼれる。
さっきまでは『なんで来たのよっ!』と思ってたけれど、今は『よく来てくれたね!』
と歓迎の意を表したい気分だ。
「健人くんも、お疲れ様っ!」
一人で飲んで食べて喋ってる翔平は、取りあえず好きにさせといて、
雪見は隣りに座る健人と見つめ合い、静かに乾杯をした。
「ねぇ。私がみんなに騒がれて、店から出られないとでも思った?
助けに来てくれたの?」
なぜ、超満員だとメールした店にわざわざやって来たのかを、健人に聞いてみる。
来ればさらに騒がれて、益々店から出にくくなるのは目に見えてたのに。
「そう!お姫様を助け出しに行かなきゃ!って思った。
っつーか、ただ単純に、ゆき姉に早く会いたくなっただけ。」
健人は表情をあまり動かさずに、キュンとくるセリフだけを吐いた。
「こいつねぇ、普段はポーカーフェイスを装ってるけど、実際は相当な心配性と言うか、
やきもち焼きだと俺は見たっ!」
食べるのに夢中で、聞いてないと思ってた翔平が口を挟んだ。
「んなことないわっ!」
翔平の言葉を健人が全力で否定して、照れ隠しのようにビールを一気に飲み干した。
それがまた可愛くて、雪見はクスッと笑みがこぼれる。
「今日はね、芸能界を堂々と生きるお手本をゆき姉に見せに来たの、健人と二人で。」
そう言って翔平は、にかーっと笑って見せた。
「えっ!?どーゆーことっ?」