優しいママさんの大芝居
「いらっしゃいませっ!お客様、大変申し訳ございませんが、只今あいにく
満席となっておりまして…。」
店に入って来た六人組の男性客に、受付係のイケメン店員が丁寧に詫びを入れる。だが…。
「ここに、ゆき姉が来てるって聞いたんだけど。どこに座ってんの?奥の方?」
別に食いに来たわけじゃないから、と店員を気にする様子もなく、
勝手に店の中へと進もうとする。
「お客様、困りますっ!」
「だっているんでしょ?ちょっとぐらい会わせてくれたっていいじゃん!
すぐ帰るからさぁ!」
六人組とイケメン店員が押し問答してるところへ、またしても別の客がやって来た。
ゆき姉がここで飲んでるって、ツィート見て来たんですけど…と言う、
若い女性客三人だ。
店の外にも大勢人が集まってますよ!と言うではないか。
入り口付近のテーブルに、飲み物を運んで来た店員も援護に加わり、
他のお客様にもご迷惑がかかりますから、とやんわり説明してお引き取り願おうと
二人で頭を下げる。
そんな緊急事態にも気付かないほど、忙しそうに一人で焼き鳥を焼いてるマスター。
そこへ別の店員が足早に近寄りその騒ぎを耳打ちすると、やっとマスターが顔を上げた。
「やべっ!なんか入り口で大変な騒ぎになってるぞ!
だめだ!雪見ちゃん、振り向くなっ!
トイレに行く振りして、いつもの部屋へ入んな!
由紀恵はもう少しここにいろ!雪見ちゃん、早く早くっ!」
「ごめんねっ!」
雪見は二人に謝ってバッグを手に取り、急いで奥の部屋へと消えてゆく。
すると間一髪、入れ替わりにさっきの六人組が店員の制止を振り切り、
カウンターまでやって来た。
「あれっ?ここ、ずらっと空いてんじゃん!じゃ文句ないでしょ、客なら。」
そう言って六人は座ろうとしたが…。
「あらーっ、ごめんなさいっ!ここね、私の予約席なの。
これから七人来るのよ。高校時代の友達と女子会!
急に決まったから、こんなとこしか空いてなくって。
幹事だから早くに来たんだけど、ちょっと早すぎたわねぇ。
あ、そうだ!あなた達六人?私達八人だから一緒に合コンなんてどう?
もっとお洒落なお店に移動してさ。私達全員47歳なんだけど、あなた達は?二十代よね?
こんなイケメンたちとの合コン、セットしたって言ったら、私の株が上がっちゃう!」
由紀恵が矢継ぎ早に、六人に向かって攻撃をしかける。すると…。
「い、いや、いいです!俺ら、これから行くとこあるんで…。」
なんだ?このおばさん。あんたに用はないよ!という顔をして、
まだキョロキョロと雪見を捜してる。
「えーっ!行っちゃうのぉ!?もうみんな来ると思うから、ちょっと待っててよぉ!」
由紀恵が一人の男の腕にしがみつこうとすると、その男はスッと身をかわし、
全員逃げるようにして店から出て行った。
「一丁上がりっ!」
ニコッと笑って由紀恵が得意げにマスターを見る。
「さっすが、元演劇部!シナリオが怖すぎるっ!
でも助かったよ。ありがとな!あとの奴らは俺らで何とかするから、
お前は雪見ちゃんと一緒にいてやってくれ。」
「うん、わかった。冷たいビールもらってくねっ!」
そう言って生ビールをジョッキ二つに注ぎ、辺りを見回してから奥の部屋へと消えてった。
トントン!「入るねぇー!」
雪見は誰かにメールを打ってる最中だった。
「もうさっきの連中は、追っ払ったから大丈夫よ!
辰巳ちゃんが、外の連中もいなくなるまでは、ここにいろって。
取りあえずは飲み直そっか!」
「本当にごめんなさいっ!私のせいで、ママにもマスターにも迷惑かけちゃった…。」
はぁぁ…とため息をついてから、雪見はビールを一口だけ飲んだ。
「雪見ちゃんのせいなんかじゃないでしょ!
でもさぁ、有名になるって大変なことなんだね。それなりの覚悟が必要ってわけだ…。
雪見ちゃんの彼氏なんか、どれだけ大変な思いしてるんだろね。
みずきちゃんとかも…。のーんびり花屋やってる私には、想像もつかないや。」
由紀恵がグイッとビールを半分飲み干し、あーワインも持って来ればよかったぁ!
と後悔してる。
「人って同じ立場に立たないと、判らないことってたくさんあるんだね。
今日初めて健人くんの大変さが、少しだけ判った。」
「そうだね。私も乳ガンになって、初めて判ったことがいっぱいあった。」
由紀恵が雪見を見て、ニコッと笑った。
「色々私に聞きたい事とか話したい事、あるんでしょ?
今日は何でも聞いていいよ。あ、その前に辰巳ちゃんにワインもらってくる!
お腹空いてきたから、なんか美味しい物とねっ。話はそれから、ゆーっくりしよう!」
そう言い残して由紀恵は、そーっと辺りの様子を伺ってからサッと部屋を出て行った。
そうか…。それでママは飲みに誘ってくれたんだ…。
私が母さんの事やいろんな事で、悩んでると思って…。
ほんわか心が暖かくなって、それだけで元気が出てきた。
自分の事を気にかけてくれてる人がいる…。
そう思うだけで安心して前を向けるし、安心して弱音も吐ける気がした。
雪見を気にかけてるのは、もちろん由紀恵だけじゃない。
最大にして最高に気にかけてる健人からの、突然の電話が鳴った。
「もしもし、健人くん?仕事は終ったの?」
まだ仕事中だと思い、雪見は先ほどの騒動を、メールで短く送ってあった。
思いがけず声が聞けて、雪見は嬉しくて仕方ない。
「今終ったとこ。それよりゆき姉、大丈夫!?
変な奴に、からまれたりしなかった?今どこにいんのっ!?」
健人の声の勢いがその心配さ加減を物語っていて、益々雪見は嬉しくなった。
「今?『どんべい』だよ!私なら大丈夫だから。
マスターや花屋のママさんと一緒にいたから大丈夫っ!
それに私のファンの数なんて、たかが知れてるよ!そのうちみんな帰るでしょ。
もーぅ、健人くんも心配性だなぁ!」
そう笑って答えると…。
「俺、これから迎えに行くからっ!部屋から出ないでそこにいて!じゃ!」
「え?えっ?健人くんっ!ちょっと待って!じゃ!って…。健人くーん!!」
うそでしょーっ!?この状況に健人くんなんか来たら、どんな騒ぎになるのよぉ!!