打ち上げゲスト?
「偶然…なわけ、ないですよね!
だってここ、私達の貸し切りなんだから!」
健人と当麻の間を抜け、前に出た雪見が腕組みをしながら
悪ふざけをした生徒を叱る先生のように、キッと睨みを利かせる。
それを見たお笑い二人組は、雪見に嫌われては大変!と
慌てて本当のことを白状した。
「ごめんなさい!ごめんなさい!
ほんまは、うちのプロデューサーに聞いたんです!
この店に口利いたの、うちの番組のプロデューサーやから…。」
「えっ!?そうなんです…かぁ?」
雪見は『しまったぁ!』と思った。
なんだか、また厄介な打ち上げになりそうな流れだぞ、と…。
だが、そうとなれば二人を邪険に扱うことも出来ず、取りあえずは謝ることにする。
「ごめんなさい!なんにも知らなくって…。
あ!今日のライブはどうでしたか?楽しんでもらえました?」
自分でも、取って付けたような豹変ぶりが、いやらしいよなぁ!
とは思ったが、まぁこうなってはしょうがない。
隣で当麻が、クスクス笑ってはいるが…。
「めっちゃいいライブでした!ホンマ、凄かった!
笑えたし泣けたし、めちゃめちゃ良かった!」
「笑えたし泣けた?笑えたっていうのは…どの辺が?」
興奮冷めやらぬ表情からは、満足ゆくライブだった事は伝わってきたが、
今イチこの二人のツボが、よく解らない雪見だった。
「まぁ、まずは中入りぃ!喋りたいこと、いっぱいあんねんて!
ここ、座って座って!
あ、斎藤くんと三ツ橋くんは、奥に偉い人達座っとるから、
まずはそっち行った方がええんちゃう?」
サル顔の背の低い方が、さっそく雪見引き離し作戦に出てきた。
分かりやすい人!
「あ、じゃあ私も挨拶してこなくちゃ!
お二人もこんなとこに座ってないで、もっと奥に行きましょうよ!」
そう雪見が言うと、二人はブンブンと首を横に振った。
「めっそうもない!あんなとこ行かれへん!
僕らは下座でええんです!気にせんといて下さい。
さぁ、主役は行った行った!けど、後から必ずここ来てくださいよ!
浅香さんと飲むの、めっちゃ楽しみにして来たんやから!」
どうやらこの二人は、完璧に打ち上げに参加するつもりらしい。
仕方ない…。二人だけをここに放置しておくわけにはいかないから、向こうを一回りしたら戻って来るか。
例のテレビ出演の話も、はっきり断らないといけないし…。
「じゃあちょっと失礼して、向こう行って来ますね。また後で!」
雪見はニコッと微笑みを残し、健人と当麻と三人で店の奥へと進んで行った。
「おーっ!本日の主役三人が到着だぞー!」
盛大な拍手で迎えられ、三人は恐縮しながら上座に座る。
まだ作業中で来てないスタッフもいるが、時間も遅いことだし先に始める事にした。
テーブルの上には、食い倒れ大阪の名にふさわしい美味しそうな料理が、
これでもかと並べられていた。
「じゃ、健人!乾杯の音頭を頼む!」
「えっ!俺ですかぁ?じゃあ…今日は皆さん、お疲れ様でしたぁー!
皆さんのご協力の下、ツアー二ヶ所目の大阪公演も無事に終る事が出来ました!
ほんっとに、ありがとうございます!
えー、あと残り三ヶ所になりましたが、最後まで全力で行きたいと思いますので、
どうか僕たちに力を貸して下さい!よろしくお願いしまーす!
では…今日のライブの成功を祝って、カンパーイ!」
「乾杯っ!!」「お疲れぇ〜!」
あちこちからグラスを合わせる音が鳴り響き、宴のスタートを告げる。
健人や当麻も、雪見とグラスを合わせ、お互いに健闘をたたえ合った後
スタッフを一人ずつ周り、労をねぎらって乾杯を繰り返した。
「あー、ほんとーに美味しいっ!生き返ったぁ!」
雪見が一足先に席に戻ってビールを一気に飲み干し、ふぅぅ…とため息をつく。
そしてエネルギーが全身に行き渡るのを感じてから、目の前のご馳走に箸を伸ばした。
「いっただっきまーす!もう、お腹がペッコペコ!
うーん!めっちゃ美味しーいっ!シアワセー!!」
雪見がしばし目をつむり、ウットリと幸せを噛み締めている。すると…。
「な!美味いやろ!?大阪の食いもんは、なーんでも美味いんや!
大阪で仕事すると、毎週こんな美味いもんが食えるんやでぇ!」
「えっ!?」
驚いて目を開けると、なぜか隣りにあのお笑いコンビが座ろうとしてるではないか!
しかも、旧知の友人かと勘違いされそうなほど親しげに…。
「すんませんねぇ!みんな俺らに気を使うてくれて、ありがとう!
いや、みんなええ人やー!カンパーイ!!」
どうやら誰かが気を回して、二人組を雪見の隣りに案内したらしい。
そこは健人と当麻の席だったのに…。
「まずはお疲れさんですっ!あ、浅香さんはビールでええんですか?
ちょっとー!お兄さーん!ここにビール、ようけ持ってきてやー!
あ、これ、うんまいですよー!この店のイチオシ料理や!
ここね、うちのプロデューサーとよう来るんやけど、どれ食っても美味いです!
店もお洒落やろ?絶対気に入ってくれる思うて、僕がこの店推薦したんです!」
通りで我が物顔してる訳だ、と雪見は聞こえないほど小さなため息をついた。
どうもこの手のテンポにはついて行けない。
グイグイ押しまくられるのも、どちらかというと苦手。
関西人が苦手な訳ではないが自分のリズムとは違い過ぎて、 話していて
どうしていいのか解らなくなる。
となると…絶対一緒に仕事など、無理に決定だ!
「あのぅ。お仕事のお返事、まだでしたよね?
どう考えても私には無理なので、お断りさせて下さい。ごめんなさい!」
「ええーっ!?いきなりですかぁ!?
これから飲んで喋って、じっくり説得しよう思うたのに、それはあんまりやわ!」
「ほんまや!まだ何にも俺らのこと知ってもろてないのに!
そんな急いで返事せんでもええから、まずは飲みましょ!
ええから飲みましょ!!ほな、カンパーイ!お疲れさんでしたぁ!」
二人組は、強引に雪見とジョッキを合わせた。
これは果たしてライブの打ち上げと呼べるの…か?
捕らわれの身となった雪見は、遠くで健人と当麻が、大笑いしながら
楽しそうにスタッフ達と飲んでる姿を、恨めしそうに目で追った。
ちょっと二人とも!早くこの状況に気付いて、助けに来なさいよっ!!