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泣き笑いの意味

またしてもバタバタと始まりバタバタと終った、大阪公演ラストのライブだった。


「終った…。もうどこにもエネルギーが残ってないや…。」


三度のアンコールに応えた後、健人らと共にステージ裏へと引き上げた雪見は

ヘナヘナとそばにあった椅子に座り込む。

その側らで健人と当麻は、スタッフ達と大はしゃぎでハイタッチして、

ライブの成功を喜び合っていた。


会場からは、衰えることを知らないアンコールの大合唱が聞こえる。

しかし、ファンにとっては無情のアナウンスがライブの終了を告げ、

場内に明かりがついた。


がやがやとファンが引き上げる声や、スタッフが慌ただしく撤収作業を

開始する音を耳にしながらも、雪見は抜け殻のようにそこにいる。

その姿を目にした今野が静かに歩み寄り、真横に立ってポンと肩を叩いた。


「お疲れ様。いいライブだったよ。うん、いいライブだった。

ほんっと、お前って不思議な奴だよな。

歌ってる時はあの二人組が言った通り、まるで別人に変身するもんな。

リアルな仮面ライダー見てるみたいだよ。いや、ウルトラマンか?

戦い終ったらフラフラになって、立ち上がるエネルギーも残ってないんだから…。

さ、楽屋へ戻るぞ!早くエネルギーを補給に行こう!

大阪のエネルギーは、なに食っても美味いぞー!!」


そこへ健人と当麻もやって来て、雪見の頑張りを心からねぎらった。


「ゆき姉、お疲れっ!二回目のライブ、めっちゃ気合い入ってたね。

俺ら、テンション合わせるのに必死だったから!

けどそのお陰で、スタッフさんみんなに誉められた。

近年稀に見る、いいライブだった!って。」

当麻が嬉しそうにニコッと微笑み、健人の顔を見る。


「俺も、スッゲー楽しかった!

この三人でツアー出来るって、よく考えたら奇蹟だよね!

今回のツアーが終ったら、もう二度と起こらない奇蹟なんだなって思ったら、

絶対いいライブにしたかったし、もっと楽しんでやろうと思った。

ゆき姉も…そう思って全力出したんだよね?」


健人の言葉を聞いた途端、雪見の瞳からは大粒の涙がポロッと溢れた。

一粒ポロッ。二粒ポロポロッ…。


「あれ?おかしいな…。何で涙が出てくんだろ。悲しいわけないのに…。

みんなからいっぱい応援してもらって嬉しいはずなのに、なんで涙なんか…。」


雪見の泣き笑いの意味は、みんながなんとなく解ってる。

健人が言う通り、このメンバーでの仕事は、ツアーが終ったらもう二度とないのだ。


あと三ヶ所のライブで終ってしまう…。

あと一ヶ月半ほどで、この世界ともおさらばだ…。

カメラに専念できる日を楽しみにしながらも、この仲間たちとの

別れのカウントダウンが始まった事が無性に悲しくて、雪見の心は素直に反応した。


健人が、よしよしと雪見の頭を優しく撫でる。

それを眺める当麻と今野の瞳も、同じように優しかった。



ひとしきり泣いた雪見は、猛烈にお腹が減ってることに気が付いた。


「あー、お腹減ったぁ!よく考えたら私、サンドイッチしか食べてないんだよねー!

どーりで電池が切れるわけだ!さー打ち上げ、打ち上げっ!」

いきなり椅子からガバッと立ち上がった雪見に、三人は驚かされる。


「なっ、なんだよっ!ゆき姉、立ち直るの早っ!

ま、いいや。俺も腹減ったぁ!とっとと着替えて、飯食いに行こ!

今野さん、打ち上げどこでやるんですか?すっげー楽しみ!」

当麻が今野と話しながら、足早に楽屋へと引き揚げる。

その後ろを健人が、雪見を気遣いながらゆっくり歩いた。


「疲れた?大丈夫?」

「うん、大丈夫。あーあぁ!私も体力落ちたなぁ!最後はバテバテだったもん。

猫、追っかけなくなってから、めっきり運動不足になっちゃった。

東京戻ったら、少し走ってみるかな?」

「うそだー!ゆき姉、走るの嫌いじゃん!」

「あれ?バレた?言ってみただけー。」


さっき泣いてたと思ったらもう笑ってる。

猫の目のようにクルクル変わる雪見の表情は、いつまで見てても飽きることがない。

きっと、この人と過ごす人生は、毎日退屈しない楽しい人生なんだろうな…。


そう思ったら、新生活の始まる四月が楽しみで仕方ない。

ニューヨークでの毎日を想像し、顔がにやけたのを誤魔化すために、

雪見の頭をポン!と叩いて、楽屋まで駆け出した健人であった。




「そうだ!ねぇ、ニューヨークから帰ったら今日のテレビの話、引き受けるの?」

打ち上げ会場である洋風居酒屋の通路を歩きながら、当麻が雪見に質問した。


時計はすでに十一時半を回っていたが、店に顔が利く地元テレビ局の

プロデューサーの口利きで貸し切りにしたため、他に客は誰もいない。


「テレビ?あぁ、あの話?受けない受けない!やらないよ。

帰って来たら私、本当にカメラに専念するから。

もうこの業界になんの未練もないし、充分経験させてもらったしね。

まぁ、かなり先まで写真集とかポートレートの予約もらっちゃったから、

まったくこの世界に縁が無くなる訳でもないけど。」

後ろから聞こえてきた雪見の言葉に、先を歩いてた健人もなんだかホッとする。


「本当にカメラマンに戻るんだ…。なんかもう一緒に仕事出来ないのは寂しいね…。

けど、俺はずっとゆき姉のこと応援してるよ。」


「やだ!なんで今からしんみりしてんの?これから楽しい打ち上げでしょ!?

さぁ、今日は飲むよーっ!!って健人くん、早く中に入ってよっ!」


雪見が飲む気満々で部屋へと入ろうとしたが、なぜか健人が前へと進まない。

どうしたの?と肩越しに前を見て、当麻と雪見は同時に叫んだ。


「ええーっ!?」「うそっ!?」


「あれーっ?奇遇やなぁ!こんなとこで会うなんてぇ!

あ!もしかして、打ち上げってここでやんの?そりゃ、知らなんだ!」



見え見えの芝居とニコニコの笑顔で三人を出迎えたのは、もちろん

あのお笑い二人組であった。


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