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一足遅かったチャンス

「えーっと…。おっしゃってる意味が、あんまり良く解らないんですけど…。

今野さんも今、仕事のオファーがどうのって言いました?」


こんな場面なのに、おっとりのんびりした口調と、ぽわんとした表情でたたずむ雪見は、

お笑い二人組のツボらしい。


「それや、それっ!絶対浅香さんの中に、二人の人格が入っとるでしょ!

今の浅香さん、実にアホっぽい!

カメラ構えとる時や、歌うてる時の目つきとは別人やもん!」


「はいっ?私が二重人格だとでも?」

サル顔の背の低い方が言った言葉に、少しカチンときたらしい雪見。

その語気に気付いた相方が、慌てて釈明しフォローする。


「いや、違いますっ!誤解ですって!そーゆー意味やない!

お前なぁ〜!この大事な話をぶち壊すつもりかぁ!?

ほんま、すんません!もう時間もないし、単刀直入に言います。

浅香さん。僕らの番組のレギュラーに、なってくれませんやろか?」


「えっ?ええーっ!?私が…ですかぁ?」



みんなが立ちすくむこの場に、なにも状況を把握しない健人と当麻が

ノックをして入って来た。


「えっ!?あ、お疲れ様です!本当に来てくれたんですねー!

お忙しいのに、ありがとうございますっ!」

健人は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにニコニコして二人組に礼を言う。

それに続いて当麻も頭を下げた。


「おはようございまーす!すみませんでした、今日は!

せっかく番組に呼んで頂いたのに、都合つかなくて…。

あ、お二人がライブに来てくれるらしいことは、さっき健人に聞いてました。

なんか、ゆき姉ファンだとか?初耳でビックリしたーっ!」

何度も共演したことのある当麻が、親しげに話しかける。

だが…。


「君たちねぇ!間が悪いよ、間がぁ!

なんで顔はええのに、間が悪いの?今入ってきた時、なんか感じんかったぁ?」


「え?いや、別に…。」健人と当麻が顔を見合わせる。


「も、ええわ!ほな二人もゆき姉を説得して!

全国放送のレギュラー番組は、絶対いい経験になる!って。」


「はいっ!?」



それからお笑い二人組は、唖然としたままの健人らはもうほっといて、

時計を気にしつつ、早口に猛スピードで説明と説得に取りかかる。


雪見に、今日出演した番組の金曜日レギュラーになって欲しいこと。

もちろん番組のプロデューサーが、正式に雪見の事務所にオファーしたが、

推薦した自分らも直接説得したいと志願して、こうしてやって来たこと、などなど。


「番組に、新しい風を入れたいんですぅ!

こないだの企画会議じゃ、誰も『うん』とは言うてくれなんだけど、

今日浅香さんに出てもろた30分で、全員納得してくれました。

プロデューサーには、約束を取り付けるまで戻ってくな!言われてます!

どうかお願いしますっ!浅香さんと一緒に仕事がしたいんですっ!!」


この全国区の人気者二人が、無名に近い雪見に最敬礼で頭を下げている。

その光景を周りの者が、息を呑んでボーッと見てた。



しばらくの沈黙のあと、雪見が小さく口を開く。

「すぐ…。すぐ出れるなら…やります。」


「えっ!?すぐ?すぐは無理です!四月の改編からの話やから…。」

背の高い方が、頭をかきながら笑って言った。

それに対して雪見は…。


「じゃあ、私も無理です。四月にはこの仕事、辞めてますから。」

淡々とあっさりと断る雪見に、二人組は慌てた。


「ちょ、ちょーっと待って下さい!

浅香さんが三月一杯で芸能界を引退することは、もちろん知ってます!

けど、それでええんです!

芸能人として出てもらうんやなく、浅香雪見という個人で出てもらうんやから、

職業がカメラマンだろうがフリーターだろうが、関係ないんです!

あ!事務所を出るからマネジメントが大変って意味で、無理や言うてますのん?

そやったら、四月からうちの事務所に籍置きませんかぁ?

うちの事務所、何でもアリな事務所やから…。」


「そうじゃありません。四月だと遅いんです。今からじゃないと…。

あ、でも…。どっちにしろ無理です。

たとえ今から出れたにしても、四月には皆さんに迷惑をかけてしまう。

私…。四月になったら健人くんと一緒に、ニューヨークへ行くから。」

雪見はもうはっきり断ってしまおうと思い、意を決して正直に話をした。


「えっ?ええーっ!?うっそやん!うそやろーっ!?」


「ほんとです。ごめんなさい!わざわざ来て頂いたのに…。

もっと早くお伝えするべきでしたね。

でも、健人くんがニューヨークへ行くと言う話し自体、まだ外部には

公表前だったから…。

ごめんなさい!健人くん!今野さん…。

あの…。健人くんのために、この話は聞かなかった事にしていただけませんか?」


「そんな…。いや、もちろん斎藤くんのニューヨーク行きは黙ってますよ!

そやなくて、浅香さんまで一緒に行かはるなんて…。

ファンとして、めっちゃショックや…。」

うなだれる二人に、慌てて雪見は弁解した。


「あ、あの、私は通訳として帯同するだけです!

健人くんが二ヶ月間演劇の勉強に集中出来るよう、言葉と食事の面で

サポートするのが私の役目なんです!六月の中頃には戻って来ますから。

戻ったら私、今度こそカメラマン一本でやっていこうと思います。

それが天職だって、やっと確信持てたから。」

そう言って雪見は、二人に向かって微笑んだ。


「ほんまですかっ!?じゃあ、七月からならOKしてもらえますか?

カメラマンとして出て下さい!それでええんです!」

雪見の言葉に息を吹き返した二人は、どこまでも食い下がる。

しかし、どうしたって雪見の返事はNOだった。


七月からじゃ、意味が無い。

今すぐじゃなきゃ、ダメなんだ…。

ニューヨークへ旅立つ前に、有名にならないと…。



トントン!


そこへスタイリストの牧田が戻って来て、何も準備が出来てない楽屋の

さっきと同じ状況に大声を上げた。


「雪見ちゃん!衣装…!って、まだぜんぜん用意してないのぉ!?

ちょっと、あんたたちっ!一体、今何時だと思ってるわけぇ!?

もう30分前なんだよっ!?今野さんがいながら、何やってたんですかっ!

男どもは出て行けぇーっ!みんな、大至急用意しなさーいっ!!」



牧田が落とした雷に、お笑い二人組は小さな声で「怖えぇ…。」と言い残し、

そそくさと楽屋を退散した。


雪見からの返事は、もらえぬままに…。


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