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嫌な予感の的中

「今日ね、久々に早く仕事終るから、帰りにちょっと母さんの所に寄ってこようと思って。

ほら、札幌で買って来たお土産も早く渡さないといけないし、明日から

大阪公演のリハーサルなんかで忙しくなるから。」


「俺は一緒に行かなくていいの?

って言っても、今日は遅くまで撮影があるから無理なんだけど…。」


「いい!いい!だって埼玉から帰った次の日、ちゃんと電話で報告してくれたじゃん!

母さんは健人くんが忙しいの知ってんだから、来られた方が恐縮するって!」


雪見は慌てて言った。

今日はどうしても、一人で母に会わなくてはならない。

怖いけど、みずきの言ってた事を確かめなくちゃいけないから…。




「母さん、ただいまぁ!」


夕方六時半過ぎ。同じ事務所の若手俳優の撮影を終え、真っ直ぐその足で

都内にある実家へと帰ってきた。

玄関を開けた途端、美味しそうな匂いに包まれた雪見は、一瞬で子供の頃に

タイムスリップした。


「晩ご飯、あんかけ焼きそばだ!ひっさしぶりっ!」

雪見にとってのお袋の味をひとつだけ上げるとしたら、間違いなくこれだろう。

それほどまでに、思い出と共に浮かび上がる味なのだ。


「お帰り!久々に作ってみたから、味はあんまり保証できない!」

母が笑いながら、食卓に大皿をどドンと乗せた。


「まだ取ってあったの?この大皿!一人暮らしには出番が無いでしょ。もう処分すれば?」


「年を取るとね、なんにも捨てられなくなっちゃうもんなのよ!

さぁ、熱いうちに食べよ!」


二人で食卓につく。

「いただきます!」と雪見が大皿に箸を延ばし、取り皿に自分の分だけ取る。

一口食べて「美味しいっ!」と言うと、にっこり笑ってやっと母も大皿に箸を伸ばす。

すべてが子供の頃と何一つ変わらない、一連の流れだった。


「お父さんも大好きだったよね、これ。」

雪見が懐かしそうに目を細めて言う。


「そうだね。けどお父さんの場合、あんかけ焼きそばが好きだったって言うよりも、

この大皿が好きだったんだと思うけど。」


「ええーっ!?そうなのぉ?初めて知った!なんで?」


「このお皿、お父さんが結婚してすぐに撮影で行った、中国のお土産なの。」


「えーっ!こんなおっきくて重たいお皿をお土産に買って来たの!?」

お土産と聞いて雪見は、自分が札幌から買って来た、小さくて軽いお菓子を思い出し、

鞄から取り出した。

「私ならこんなの選んじゃうのに。」と恐縮しながら。


それを見た母は「母さんもそう!」と笑い、「でもね。」と言葉をつないだ。

「お父さんはこの大皿に乗せた料理を、未来の子供達とつついて食べる姿を想像して

選んだらしい。それが幸せの風景だ、って…。」


「幸せの風景?」


中国の貧しい大家族を撮影させてもらった時、大皿に載せた白菜だけの塩炒めを

その家族は実に美味しそうに幸せそうに、みんなで箸を伸ばして食べてたそうだ。

「みんなが揃って皿を囲める事が幸せなんだ。その上の料理は大して関係ない。」と…。


「それでお土産にこのお皿を選んだってわけか…。なんかお父さんらしいねっ。」

雪見は、すぐ向いに父が座って微笑んでるような気がした。


「ね!その家族を写した写真集ってあるの?あったら見せて!」

母は「あるわよ!」と言いながら中座し、寝室から父が生前出版した古い写真集を

すべて抱えて戻って来た。


「うわぁ、懐かしい!子供の頃はたまに開いてたけど、しばらく見てなかったなぁ!

どれ?その家族が写ってるのって。」


母が指差した一冊を開いてみる。

モノクロで撮られた写真は、中国の貧しい農村風景を一層物悲しく映し出していたが、

その中に写る大皿一枚を囲んだ家族からは、今にも笑い声が聞こえてきそうな幸せが、

白菜炒めの湯気と共に立ち上っていた。


「やっぱり凄いカメラマンだったんだね、お父さんって…。

今ならそれが良くわかるよ。」


猫ばかり撮してた時は人物写真に苦手意識があって、それがコンプレックスとなり

父の写真をまともに見れなかった気がする。

だが今は、同じポートレート写真家としての目線で、尊敬の念を抱いて

じっくりと目を向ける事が出来た。


「あんたの人生、どうなることかと思ったけど、遠回りしても何しても

ちゃんといい道を自分で選んでこれたね。

あんたのことだから、結婚したって仕事は辞めないだろうけど、一番大事なのは

家族なんだからねっ!

健人くんとも斎藤家の人達とも、ずっと仲良くやっていきなさいよ!」


「わかってるって!みんなね、私のこと本当の家族みたいに思ってくれてる。

だから安心していいよ。

最初挨拶に行って、おじいちゃんから電話があったって聞いた時には、

心臓が止まりそうになったけど。」

そう言いながら雪見は笑ったのだが、母はニコリともせず話を続けた。


「このお父さんの大皿、あんたに嫁入り道具としてあげるから、持って行きなさい。

本物かどうかは知らないけど、景徳鎮の大皿だって言ってたから。

それからお父さんの写真集も全部持ってって。

カメラマンとしても、まだまだ精進しなさい。」


「母さん…!?な…に?」


ぶるっと背筋に寒気が走った。

今まで、持ち出し禁止!とまで言ってた、大事な父の写真集。

それを持って行けってどういうこと?

まだまだ精進しなさいって、遺言みたい…に!?


その時、すっかり忘れていたこの家を訪れた理由を、遅まきながら思い出した。

動悸を押さえ、今にも泣きそうになるのを堪えて恐る恐る声を出す。


「母さん…。私に何か…話しはない?」


すると母は、毅然と平然とあっさりと、雪見の目を見て言った。


「よくわかったね。まぁ今回ばかりは、いつまでも隠してはおけないから…。

再発したよ…乳がん。十年目のまさか!ってゆーやつ?」


「うそ…。」




こんな時に限って、嫌な予感が的中してしまった。

みずきが見たその先は…想像したくもなかった。


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