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深い愛

午後七時。

みんなが食卓について、チゲ鍋パーティーが始まった。


八月の終わりのチゲ鍋は、ただひたすら暑い!けど旨い!

エアコンをガンガンにしても、次から次へと汗が噴き出す。


「うちってさ。昔からこの時期、必ずこれやるよね。

前から疑問に思ってたんだけど、なんで?」


健人が鼻の下の汗を、親指の背でスッと拭いながら母に尋ねた。


「暑い時期に熱いもの食べるっていうのが、いいんじゃない!

インド人だって、暑い所で辛いカレー食べてるでしょ?」


「どんな理由(笑)」


「違うよ健人くん。おばさんは夏バテする家族のために、食が進んでスタミナつく物をって考えてるんだから。

ねっ、おばさん。」


「まぁね(笑) でも、みんなでまぁるくなってお鍋囲むのって、なんだか幸せだなぁ〜って思わない?

見てるだけで充分幸せになれる。」


「いいから見てないで食えよ。」


「だって、辛いんだもん。」


「え?いまさら?」



みんなの笑い声が居間いっぱいに広がる。

健人は、隣りで雪見が一緒に笑ってることが嬉しかった。

とても満ち足りた、安らかで幸せな時間だった。






「あ~腹いっぱい!母さん、張りきって作りすぎ。俺、太ったかも。」


「おばさん、本当に美味しかったです!ごちそうさまでした。

あとは私達が片付けるから、休んでてくださいね。」


みんな満足して後片付けに取りかかる。

私が皿を洗い、つぐみが隣でそれを拭き、健人が棚にしまう。

その様子を健人の母は、ソファーに座ってニコニコしながら見守った。



「ねぇねぇ。お兄ちゃんたちってさぁ。付き合ってんの?」



突然のつぐみの発言に、健人と私は大慌て。


「なにバカなこと言ってんの!んなわけ、ねーだろっ!」

「ほんとにもう!なんてこと言うのよ。」


「だってさ、お互い見る目がなんか違うよ?」


「高校生のブンザイで大人からかいやがって!また蟹つけてやるぞ!!」



キャーキャー逃げるつぐみを健人が追いかけて行く。

「どっちも子供じゃない。ねぇ。」と笑いながら健人の母が私の隣に立った。


「ありがとね、雪見ちゃん。いつも健人のこと気遣ってくれて。

あの子、ああ見えて結構傷つきやすいところがあったり、頑張り過ぎちゃうことがあるから私、心配なの。


お陰様で、今は皆さんにとても応援して頂いてるけど、こんな人気がいつまでも続くとは思ってないわ。

でもね。私は健人の母親として、あの子のここまでの努力は全部見てきたから、その過程をうんと誉めてあげたい。」


「私もそう思います。健人くんはよくやってますよ。毎日見てて、本当にそう思います。

だから私に出来ることで、少しでも健人くんの助けになれたらいいなって。」


「お願いね。健人をよろしくお願いします。」


健人の母は私に頭を下げ、キッチンを出て行った。





午後10時。

つぐみと母が「もう二階へ上がるからね。じゃ、おやすみ。」と居間を出る。

それとすれ違いに健人が風呂から上がり「寝酒、寝酒。」と言いながら冷蔵庫から冷えた白ワインを取り出した。


「ゆき姉も、飲む?」


「あ、いいねぇ!じゃ、二次会といきますか。

ちょっと待ってて。今なんか、おつまみ作る。」


私は、キッチンにあった先ほどの残り物をアレンジし、手早く簡単なつまみを作った。


「お待たせ。じゃ、改めてカンパーイ!」


「おつかれー!あーうまっ♪ このつまみも旨そう!

ゆき姉って、ほんと料理うまいんだね。さっきの難しそうな名前のやつも、ゆき姉が作ったんでしょ?」


「いいお嫁さんになれそう?」


「なれるなれる。俺もこんなうまい飯、毎日食って暮らしたい。」


「えっ?」


「え??あ、あぁ。男なら誰でもそう思ってる、ってことだから。」


そう言って健人は、慌ててワインをグイッと飲み干した。

私も鼓動を鎮めるためにグラスを空けた。




「なんか、やっと疲れが抜けた気がする。

ここんとこめっちゃ忙しくて俺、結構弱ってたから。」


「そうだね。カメラ覗いてて私もわかった。大丈夫かなぁって心配だった。

本当はね、このお休みも今野さんから、オフの写真撮ってくるよう言われてたんだ。

けどそれじゃ気が休まらないから、撮影は止めといた。

ま、帰ったら叱られるだろうけど(笑)。」


「そゆことか。なんでカメラ出さないのか不思議だったから。

ありがとね、ゆき姉。」


「だって健人くん、カメラ向けるとすぐかっこいい顔するから(笑)。

イケメン俳優にだって完全休養日は必要です!

私は少しでも、健人くんが健人くんらしくいられるよう、お手伝いしたいだけ。」



完全オフ日に実家でワイン飲んでる斎藤健人なんて、レア中のレアだけどね。

それを写せる状況にいながら写さないんだからダメなカメラマンだよね、とワインを注ぎながら頭の隅で思った。



「俺さぁ。なんか最近、俺が俺でなくなってきた感覚なんだよね。

ほんとの俺って、どんなのだっけ?って感じ。よくわからなくなってきた。」


「そう。この前もそんなこと言ってたね。」


「みんな、カッコいいカッコいいって言ってくれるのは嬉しいけど、カッコ悪いとこだっていっぱいあるのが俺なのにな、って…。」


「そうだね。でも、わかってくれてる人は絶対いるよ。

健人くんが気づいてないだけで、ちゃんといる。

少なくとも私は、健人くんの強いとこも弱いとこも、ぜーんぶ知ってる。


だから大丈夫だよ。健人くんは今のままで大丈夫。このまま進んでいいんだよ。

私が後ろで見ててあげるから。もし道に迷ったら、後ろを振り返って私を見て。

健人くんの行く道を、私が教えてあげる。」


「ゆき姉…。」


「さ、寝ようかな。なんだか最後のワインが効いてきた。

健人くんも、また明日から忙しくなるんだから、今日は早くに寝てね。

明日は、朝七時半出発だよ。じゃあ、おやすみ。」




私が客間へ入ったあとも、健人は一人で飲んでいた。


さっき雪見が言ったことの意味を、じっと噛み締めてみる。

それは確かに、自分への愛情を感じる言葉だった。

だが、それが「愛」なのか「身内の愛情」なのか、まだ解りかねてる。


たったひとつ解ったことは、今、自分が雪見に対して、深い「愛」を感じてる、ということだけだ。


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